29.ストップする快進撃
俺は、とっさに詠唱する。
「格納、俺の上級悪魔その5」
リサとロバート君が戦っていた、さっきまでの奴らよりも一回り大きい上級悪魔が姿を消す。
迫力が増していたのは、大きさのせいだけじゃないはずだ。
このレベルの敵も収納できることに、少しホッとした。
同時に、ロバート君が崩れるように倒れた。
強烈な火炎魔法を喰らっていたようだ。
「お、おい、大丈夫か?」
ロバート君を抱き起そうとするが、鋼のヨロイが火傷しそうなほど熱くて、触れない。
彼は、攻撃魔法は使えないが魔力で体を保護している。
そのおかげで、ヨロイがこれほど熱くなる魔法を食らっても命が助かったのだろう。
だがこんなヨロイを着たままでは、全身やけどしてしまう。
ドンッと、リサが俺を押しのける。
手が焼けるのもいとわず、左手だけで無理やりロバート君のヨロイを脱がせる。
「は、はは、じ、自分の裸を、ぶ、ブク先輩に、み、見られちゃいましたね」
ロバート君が、苦しみを押し殺して笑う。
「馬鹿野郎、こんな大けがをしたやつが喋るんじゃねえ!
力を抜いて、体力の回復に集中しろ」
「わか、り、ました。せ、先輩」
リサに言われて、ロバート君が一言だけ話して目を閉じて黙る。
俺は、回復用のポーションをロバート君の体にかける。
飲むだけではなく、かけた場合火傷などにも効果があると聞いている。
ここまで順調に進んでこれたので、ポーション類はあまり消費していない。
無駄遣いと言われそうなくらい、遠慮なくジャブジャブかける。
少しは効果があるようだが、辛そうだ。呼吸が荒い。
イノリに回復ポーションを飲ませようとするが、起き上がれないのでダメだ。
少し抱き起して、ソラにもらった座布団を折って、背中にあてがう。
だが、これでも瓶から飲むのは無理そうだ。
何か言おうとしている。
耳を口に近付けてよーく聞く。
「く、くちうつ……」
まさか、口移しで飲ませろと言っているとか?
いやいや、あの真面目で堅物のイノリが、そんなことを言うはずが無い。
だが、確かに聞こえた気がする。
そんな風に聞こえてしまった以上、間違えて口移しでポーションを飲ませたとしても、事故だ。
不可抗力だから、仕方ない。
こ、これは、千載一隅のチャンスってやつじゃないか?
イノリのような、キレイで清楚な女の子の唇に触れるチャンスなんて、これを逃したら一生無いだろう。
男ブクロー、こ、ここは、行くしかない。
だが、ついこの間スライムが服を溶かす粘液を出す話で、軽蔑されたばかりだ。
この前のヌードの絵の事件の後も、しばらく口をきいてもらえなかった。
考えに考えた末にヘタレの俺は、スプーンにポーションをすくって、イノリに飲ませた。
「何か、良からぬことを企んでいる気がしたナリー」
ソラが、見透かしたように言ってくる。
挙動不審だったよな。思いとどまってよかったー。
リサは、右手が骨折していて剣が振るえない。
ロバート君は、全身やけどで命すら危ない。
イノリも、毒にやられたようで酷く衰弱している。話も出来ない。
俺とソラだけが元気だ。
イノリとロバート君は、死んだように眠っている。
ただ、ロバート君の呼吸は落ち着いてきた。
体にかけた大量のポーションが、効いたんだろうか。
二人に毛布をかけて、火を起こす。
今日は、スープにしよう。
スープを作っている間に、出口の扉を確認するが、開かないようだ。
俺は、綿のシャツを破いて包帯を作る。
ポーションを染み込ませて、リサの左手に巻いてやる。
「イテテテ
ブク、もっと優しく巻いてくれよ」
「すまない。でもこれだけの火傷しても、ちゃんと脱がしてやったんだな。
さすがリサだ」
火傷が結構酷い。
「何言ってんだ。仲間なんだから当たり前だろ。
ブクも危険な目に会ったら、アタイが脱がしてやるからな」
「なんで、まず『脱がす』なんだよ?
じゃあ、お前がピンチの時は脱がしても良いのか?」
「その度胸があるなら、構わないぞ」
俺は、一瞬(ヤッター言質いただきました)、と思った。
でも、度胸があるならか。
そんな度胸あるはずない。
「ブク、アタイは見ての通り右腕は使えない。
左手も火傷が酷くて、包帯グルグル巻きだからモノがつかめない。
さっきのイノリみたいに、アーンして食べさせてくれ」
リサが、甘えた要求をしてくる。
これは、仕方ないな。
「はい、アーン」
「アーン、むぐむぐ。美味いな。
ブク、お前のスープは絶品だ」
「そうか? それは良かった」
リサも、こうしていると可愛いな。
ロバート君とイノリがこんな状況なのに申し訳ないが、少しホッコリした。
お皿に盛った分を大体食べさせて、さあ俺も食おうかなと思った時だ。
「ブクちゃん、ボクもアーン」
ソラが、両手でお皿を持って目を閉じて口を開けている。
「ソラ、お前はどこも悪くないし、自分で食べられるだろ」
「パーティーの女の子の中で、ボクだけ食べさせてもらえないなんて、不公平ナリ」
ソラが、プリプリ怒った感じだ。
確かに、3人で食事しているのに二人が仲良くしていたんだから、気を悪くしたかもしれない。
「仕方ないな。まるでヒナに餌をやる親鳥みたいだな。
はい、ソラちゃんもアーン」
文句を言っているポーズは取るが、可愛い表情で口を開けるソラに胸がキュンキュンする。
ソラに食べさせているスプーンで、俺も一口食べてみたい欲求に駆られる。
ソラは目をつぶっているから、そんなことをしてもバレないかも。
だが、リサがしっかり見張っていた。
さっきまで上機嫌で食事していたのに、もう機嫌を損ねてしまったようだ。
やはり、俺の女性との触れ合いは、ここまでか。
しかし、ピンチに陥ったために女性陣の弱い部分が出てきて、俺は何だか訳の分からない充実感で胸がいっぱいになった。
ああ、これで俺が、もっと頼れる男だったらな。
「よし、みんな。俺がこのダンジョンのゴールを見せてやるぜ」
とか言えたら、最高なんだろうな。
翌日、俺は皆に言う。
「よし、みんな。ここで引き返そう」
「ええ? なんでだよ?」
リサは、この状況でも進む気なのか?
「いや、リサ。お前、その両手では戦えないだろ?
それに、このフロアから進む扉も開かない」
「そうだな。言ってみただけだ。
アタイは、ブクの判断には従うよ」
「それは、ありがとう。
でも、簡単には引き返せないかも知れない。
王子たちのパーティー『プリンス・プディング』も、ここからは引き返せなかったようだし」
本当に、なぜ引き返せなかったのか。これが最大の問題だ。




