27.泣きそうな夜
事前情報にしたがって、ソラとイノリが準備していた盾を持つ。
スライムが服を溶かす粘液を飛ばしてきた時に、少しでも防ぐためだ。
リサも、ここまで盾を持っていなかったが、前まで俺が使っていたタワーシールドを構えている。
前面からは、全くリサの姿が見えない。
「このブクの盾は、いいな。
重くて頑丈そうだから、アタイにぴったりだ」
ロバート君は最初から盾を持っていたが、リサの盾を見て言う。
「自分も、もっと大きい盾にすべきだったっす。
まさか、自分のヨロイが溶かされて喜ぶ人がいるなんて、想定外だったっす」
いや、それ誤解だから。
「俺は、ロバート君の裸を見て喜んだりしないから、安心して良いぞ」
「そうやって油断させるところが、まさに変態の真骨頂ナリー」
「やっぱりそうなんですね。ブク先輩、見損なってました」
「だから、なんでソラもそんな酷いこと言うかなー」
「ボクのヌードの絵を隠し持ってたことは、酷くないの?
ボク、まだちゃんと謝ってもらってないんだけどなー」
「ごめんなさい。俺が悪かったです。
許してください。ソラ様。
俺のことを、いい加減に信じて」
「私のヌードの絵もありましたよね。
私の胸は、あんなに大きくありませんけど」
イノリはあの時黙っていたけど、やっぱり根に持っていたんだ。
「ごめんなさい。俺が悪かったです。
許してください。イノリ様。
俺は、本当に美しいものを愛でたい気持ちから、あんなモノを所持してしまったんです」
「あんなモノですって?」
イノリの目がすごく鋭い。
「い、いやとても美しいモノの言い間違いです」
「ちょっと待てよ、ブク。
アタイの絵は無かったってことは、やっぱりアタイだけ美しくないと思っているんだな」
「めっそうもございません。
リサ様の現実のお姿が毎日拝めることに、感謝しながら冒険を続けさせていただいております」
「何か言葉が軽いんだよなー」
「リサ様、何をおっしゃいますか?
リサ様が前衛なのは、俺にそのキレイな後ろ姿を見せるためなんだなと、本当に神に感謝していますのに。
ハ、ハハ」
クソッ、スライムのせいで針のむしろだ。
と、前方にスライムを発見した。
「ここで会ったが百年めー。
覚悟しろ、にっくきスライムめー」
俺は、ファイアワンドを構えて、火の玉を連続で打ち出した。
ドンッ、ドンッ
だが威力不足なようだ。
ビクともしていない。
スライムは、粘液を飛ばしてくる。
「おわっ、あぶねえ。
ヨロイを溶かされたら、変態ブクの思うつぼだ」
リサがサッと避ける。
「氷魔法、超氷結」
ソラの魔法で凍らされたスライムを、リサがハンマーで粉砕する。
それを見て、ソラがホッと一息つく。
「フーッ、みんなの服が無事でよかったナリー」
「スライムは、収納せずに攻撃するんですね。ブク先輩」
ロバート君が、ジト目で俺を見る。
俺は、何も答えられない。
「危うくアタイが犠牲になる所だったよ」
リサがホッとしたように言うが、お前は余裕で避けていたじゃないか。
そんな訳でスライムは、俺の精神とパーティーリーダーとしての立場にダメージを与えてくる恐ろしい存在だ。
とは言え、それ以外のモンスターはそれほど変わり映えしない。
気力も乗っているのか、1日で32階に到達した。
「『プリンス・プディング』初挑戦の時の最高階層に到達したのに、報告しなくていいんですか?」
イノリが、真面目に聞いてくる。
確かに、妖精の石は充分にある。
だが、前の報告からたった一日しか経っていない。
「このダンジョンの様子や、王子たちの一回目の挑戦で得た情報で俺達がずいぶん助かっていることから、俺は王子たちが生き残っている気がしているんだ。
彼らの痕跡を段階的に発見した場合に備えて、妖精の石は出来るだけ取っておきたいんだ」
「確かに、大型の蛙や蛇のモンスターがいるので、食料には事欠きませんね。
泉もあるので、飲料水にも困りません。
妖精の石を取っておくというのも、あながち間違いとは言えませんね」
「イノリ、ダマされちゃダメだぜ。
ブクのやつ、スライムの粘液をアタイ達にかけようとしたことを隠したいから、報告を後回しにして、ほとぼりが冷めるのを待っているんだ」
リサのやつ、何てことを言うんだ。
「いや、本当に違うから。
大体ここまで誰も服を溶かされていないのは、体が完全に隠れる俺の大きな盾を、リサが先頭で使っているからかも知れないだろう」
「まあ、そういう事にしておいてやるよ」
酷いなリサ。やっぱり、ほとぼりが冷めるまで連絡は無しだ。
ただ問題は、ここからは事前情報が無いことだ。
結局32階は3日かかって踏破した。
食肉植物は動きが遅く、余り脅威にならなかった。
キャンプ中にも忍び寄ってくるのが大変だったが、火を絶やさなければ近寄って来ない。
少し警戒しすぎたのかも知れない。
35階のフロアボスの部屋の扉に着いたのは、56日目だった。
31階からの4階層は、1フロア当たり2日のペースになった。
そこで、一晩キャンプを張る。
俺は、そこでみんなに低い声で言う。
「いよいよだな」
「いよいよですね」
イノリが応える。
「何が、いよいよなんだ?」
リサは、いつも通りだ。
「世界最強パーティーが、『地下35階で戻ることが出来ないので、仕方なく前に進む』と言っていた場所に来たってことだよ」
「今の世界最強パーティーはアタイ達だから、気にする必要ないんじゃね?」
「リサ、どうしてそこまでポジティブになれるんだ?」
あれ? リサが珍しくマジ顔だ。
「アタイがダンジョンに潜る時は、いつ死んだっていい様にちゃんと準備してきている。
死んだときに後悔しなくていい様に、いつだってアタイは全力だ。
そして、ブクを信頼している。アタイは、お前に命を預けてるんだ。
ブクは、アタイの命を使って成果を上げてくれたらそれでいい。
何も気にしなくて良いからな。
おい、何泣いてんだよ。ブク」
「まさかお前から、そんな答えが返ってくるとは思わなかったんだよ。
畜生、目にゴミが入っちまったみたいだ」
「ブクちゃん、ボクも一緒だよ。
もし、戻ることが出来ないような罠にかかっても、悔いはないから」
「言わなくても分かるとは思いますが、私も同じです」
ソラもイノリも、一体どうしたんだ?
「ブク先輩、自分も先輩の為なら死ねるっす」
「お、お前ら、みんなして俺を泣かそうとしやがって。
そ、そんなこと言ったって、何にも出さないからな」
その日、俺は毛布をかぶって、顔を隠して寝た。
翌朝、毛布は湿っていた。




