25.充実していく蟲毒の器
「こちら、ブクローパーティーです。
出発してから25日目の朝ですが、すでに21階の冒険を開始する所まできています。
ここまで順調で、全員無事で健康です。
プラムにも俺の無事を伝えてもらえたら、嬉しいです。
妖精さん、ここまで伝言お願いします」
妖精の石を動作させる。
「何だか、同じことばっかり言ってないか?
たまには、面白い事も言ったらどうだ。
例えば、ロバがオオカミにお尻を噛まれましたとか」
「リサ先輩、酷いっす。
ヨロイの上からでも牙が通って来て、本当に痛かったんですからね。
面白いとか言わないで欲しいっす」
「ロバがオオカミに噛まれたとか言ったら、このロバさんと思ってもらえないですよ。
ダンジョンの中で、荷物運び用の驢馬さんを捕まえたと思われてしまうナリ」
リサとロバート君のやり取りに、ソラがツッコミを入れる。
すっかり、ロバート君はウチのパーティーになじんでいるな。
地下21階は、地面が土になった。
地下22階は、地面が濡れた土になった。
地下23階は、地面の一部が泥沼になった。
地下24階は、地面の大部分が沼地になった
モンスターの強さは変わりないが、足場がドンドン悪くなっていく。
沼地を歩くと、ヒルが足に引っ付いて血を吸う。
地味に体力を削られていく。
俺たちは先人の残した記録のお陰で先が分かるが、王子たちのパーティーはこの果てしなく続く沼に心が蝕まれただろうことは、想像に難くない。
何日も何日も泥沼の中を進んでいくのだ。
俺は蟲毒を意識して、必要がなくても違う種類のモンスターをドンドン収納していった。
もうすぐ50種類を超えるだろう。
地下25階のボスは、20階のボスと変わりが無かった。
ただ、地面がぬかるみだったことと、召喚する悪魔が10匹だっただけだ。
俺的には、収納のセリフが5から10に変化するだけの違いだ。
「なんだか最近、ボスモンスターとの戦いにアタイ達が参加していない気がするんだが」
「リサ、少しでも楽が出来ることを喜べよ」
「ブク、さっきの悪魔、一匹出せよ」
「ダメですよ、ブクローさん。リサさんの言う事を聞いては」
イノリが止めてくれた。
「大体リサは、悪魔みたいに直ぐ魔法攻撃してくる奴との戦いは嫌いだって言ってたナリー」
ソラにも言われて、リサは引いてくれた。
しかし、使い魔とはいえ悪魔10匹だ。
随分強力なモンスターが蟲毒に加わったものだ。
また1日の休憩をはさんで、冒険を再開する。
妖精の石を動作させる。
「こちら、ブクローパーティーです。
出発してから36日目の朝ですが、すでに26階の冒険を開始する所まできています。
ここまで順調で、全員無事で健康です。
リサが言えと言うので言いますが、ロバート君がオオカミに噛まれました」
ロバート君が、焦って割り込んでくる。
「あ、嚙まれましたけど、無事ですからね」
「なんだよ、ブク。お尻を噛まれたって言わないと、面白くないだろ」
「こんな風に、リサもロバート君も元気です」
「あ、ボクも元気ナリー」
「私も元気ですので」
ソラとイノリが割り込んでくる。
「妖精さん、ここまで伝言お願いします」
精霊さんは、録音したようにそのままの声を伝えてくれるので、本当に無事な様子が伝わったかも知れない。
「おう、ブク。今回の報告は良い感じだったじゃん」
リサが褒めてくれるが、ちょっと納得いかない。
「受信石に妖精さんが届いたら、王族とか騎士団のえらいさんとかが集まって聞くって言ってたぞ。
あんまり砕けた雰囲気で報告するのは、拙いんじゃないか?」
「ブク先輩。心配しなくても、リサ先輩が場をわきまえないことは有名っす」
「なんだとー、生意気だぞ。ロバー」
リサが、ロバート君にヘッドロックをかまして、首を絞める。
「やめ、やめて下さいよ、先輩」
抗議しているが、ヘッドロックしているリサの大きな胸がロバート君の顔に押し付けられていて、ロバート君の顔がすごく緩んでいる。
「でも、26階でまだふざけていられるなんて、想像以上に順調ですね」
イノリがシミジミと漏らす。
「順調だけど、出発から36日も経ってるよ。
もう、5階とか10階のボスモンスターは復活しているナリ」
「大丈夫だよ、ソラ。
今俺の収納庫には、すごく強力なモンスターがひしめいている。
5階や10階のボスレベルでは、収納されたら瞬殺されちゃうよ」
本当に蟲毒の器という意味では、最近の俺の収納庫の充実ぶりは凄まじい。
この調子なら、30階を待たずに100種類の達成も難しくないだろう。
だが、収納庫の中には恐ろしい呪いの毒が蔓延しているんだろうか?
だとしたら、いくら魔法で防御していると言っても、キンタ君やキンコちゃん達のような金庫は無事なんだろうか?
少し心配だ。
地下26階は、地面が湿った土に戻った。
所々に沼地や池がある。
キレイな水をたたえる泉で、飲料水を確保する。
「フウーッ、冷たくて透明な水を飲めるなんて、生きかえるぜ」
ジャブジャブ顔を洗い始めた。
水浴びも、やりかねないな。
水を汲みながら注意する。
「リサ、水を汚すなよ。
下手したら、これからの俺たちの一ヵ月分くらいの飲料水になるんだからな」
イノリが飲料水金庫を用意していたのは、先見の明があった。
きっと王子たちのパーティーは、沼地の汚い水を我慢して飲んでいただろう。
お腹を壊すこともあったと思う。
ただ、それでも王子たちのパーティーは、未踏のダンジョンを30階までは順調に進んでいたんだ。
あの10匹の悪魔を従えた上級悪魔すら、真正面から挑んで粉砕して無事だったんだから大したものだ。
さすがは、世界最強と言われただけのことはある。
だが、その世界最強のパーティーも、一回目は30階のボスモンスターとの一戦で数名の犠牲者を出した。
地下29階までは、また少しモンスターは強くなった。
だが、足元がしっかりしたので逆に戦いやすくなり、24階までよりも楽になった感じだ。
29階まで進む間に、俺の収納庫に送り込んだモンスターの種類は優に100を越える。
「蟲毒が、100種類以上の命を犠牲にした呪いの毒という事なら、これから俺の収納庫に送られたモンスターは、毒に当たって生きて帰って来られないのかな?」
「それは、ここのボスモンスターとの戦いで分かりますよ」
イノリが、緊張感を漂わせた返事をする。
とうとう俺たちは、世界最強のパーティーが、メンバーに犠牲者を出して32階で撤退の判断をすることになった、危険な場所に到着した。
30階のボスフロアの扉を開いて、俺たちは中へと進んでいく。




