2.ダンジョンでのトラブル
ゴロゴロと転がってくる丸い石を目の前にして、逃げることも出来ない
俺は、とっさに収納魔法の呪文を唱える。
「格納、俺のでっかい石の玉」
こんなデカくて重いものを収納したことは無い。
とっさのことで、これしか思いつかなかった。
ああ、ダメだ。俺たち死んだ。
と思ったが、石の玉はやって来ない。
俺たちの手前で、魔法で収納されたようだ。
俺の収納魔法は、持ち主を指定しないと発動しない。
誰の持ち物か指定しないと発動しないのは、まあ理解できる。
例えば俺のスプーンを収納したいときに、世界中のスプーンが収納されたら困る訳だし。
まあ、見えてるものしか収納できないんだから、そこまでの心配は無いけど。
今回はとっさに、石の玉の持ち主を俺に指定したけど動作したようだ。
俺の持っている袋は、あくまでイメージ用なので石を入れたからといって重くなったりはしない。
「び、ビックリしたー。
そんな奥の手があるなら、教えといてよー。
死ぬかと思ったじゃんかー」
ソラが可愛い顔で言うので許してしまいそうになるが、俺も死ぬかと思ったんだ。
「いやいや、ソラさん。
今のは、たまたまですよ。
あと少しで二人とも死んでましたよ」
二人揃って、フーッと息を吐いたところで、前の方から声がする。
「おーい、ソラー、ブクロー。
大丈夫かー?」
モーソイだ。
「おお、大丈夫だけど、今のは何だー?」
大声で叫び返す。
答えの代わりに、リサが走って戻って来た。
「おう、二人とも無事なんだな?
良かった、良かった」
「リサチー、良かった良かったじゃないよー。
もう少しで、二人揃って薄焼きせんべいみたいになる所だったんだよー。
それで、前の3人は無事なの?」
「おう。向こうに分かれ道があってな。
石の来ない方に逃げれば安全だったんだよ」
「それで、なんでこんな罠が作動したんだ?
このダンジョンの罠って、俺たちのパーティーレベルで引っ掛かるようなエグイやつは無さそうなんだけど」
俺が疑問を口にすると、リサが頭をポリポリ掻きながらバツの悪そうな顔で語りだす。
「いやあ、スマンスマン。
罠のスイッチは見えていたんだが、モーソイが『このダンジョンの罠は、どんなパターンで来るのかな?』とか抜かしやがるんで、『作動させてみりゃいいじゃんよ』って言って、押してみたんだ。
その結果がこれだ。
ガッハッハ」
ボサボサの長い黒髪。
リサは黙っていれば美人なんだが、話すとガサツさが凄まじくて、全部ぶち壊しなんだよな。
「大体、押してみたって何だよ?
俺たち、危うく死ぬところだったんだぞ」
「まあまあ、いいじゃんか。
みんな、結局助かったんだしさー」
リサが俺の肩をパンパン叩きながら、陽気に答える。
こいつ馬鹿力だから、痛いんだよ。
モーソイとイノリも戻ってくる。
「いやあ、ホント焦ったな。
いくら何でも油断しすぎだろ」
「全くですわ。
リサさん、せめてもう少し緊張感をもってですね……」
「わあーった。わあーった。
今回は、アタイが悪かったよ。
次からは気い付けっから、そのくらいで許してくれよ」
イノリが説教モードに入ると長いので、リサは必死でお説教を止めようとする。
「ハハハハ、切りも良いし、ここらで昼飯にするか?」
ブクロー、俺たちの弁当箱を頼む」
モーソイ、こいつも細かいことが嫌いだからな。
俺は、みんなの弁当箱を出す。
「搬出、モーソイの弁当箱、ソラの弁当箱、イノリの弁当箱、リサの弁当箱、俺の弁当箱」
だが、現れたのは、ひしゃげて平たくなった物体5個だった。
しかも、何だか酒臭い。
「ちょっと待てよ。この匂い。
アタイがダンジョン踏破記念の乾杯用に収納してもらった高級酒の匂いじゃねえか?
おい、ブク!
アタイの頼んだ一升瓶を出せ」
リサが騒ぎ出す。
ポーションにしてはデカいなと思ったら、あれ酒だったのか。
仕方ないな、と思いながら詠唱する。
「搬出、リサの大きな瓶」
粉々になったガラスの破片が現れる。
「おいおい、中身が無くなっちまってるよ」
リサが文句を言うが、元々俺の収納魔法では、液体は扱えない。
だから、ポーション類は瓶に入れてもらっているんだ。
「ちょっと、待って。
という事は、私が収納してもらった回復用のポーションとかも全滅したってこと?」
イノリが、珍しく取り乱している。
そりゃそうだろう。
イノリは、いざという時に備えて滅多に使わない様な超高級品のポーションを何本も収納していた。
死にかけた人が元気になると言われるような逸品も入れていた。
被害額は、想像したくないほどだ。
転がってくる石につぶされることは無かったが、収納魔法で転送した先に貯蔵していたモノがつぶされてしまったようだ。
イノリのポーション類は全部出してみたけど、安物の回復ポーション数個しか生き残っていなかった。
ショックが大きかったんだろう。
イノリは、そのまま黙り込んでしまった。
みんなのオシャレなお弁当箱は酷いことになっていたが、俺の笹で包んでいたおにぎりだけは無事だった。
無事とはいっても、ぺちゃんこだったけど。
3個のおにぎりを5等分して、少しずつ食べた。
体の大きなモーソイとリサは、とても足りないと文句を言っていた。
「とりあえず、今回は出直した方が良いんじゃね?
腹が減っては戦は出来ないぜ」
昼食を十分な量食べ損ねたリサが、不機嫌そうに言ってくる。
「仕方ない。引き上げるか」
モーソイも同調する。
「ボクはどっちでも良いけどね」
ソラは、体が小さいので少しのおにぎりでも問題なさそうだ。
そして、イノリは無反応だ。
「じゃあ、多数決で決まりな。
引き上げっぞ」
リサが決めつける。
こいつは、本当に細かいこと無視だな。
帰り道は、行きと違って道も分かっているしモンスターも出てこない。
あっという間に入り口に着いた。
待たせていた馬車の御者さんが、驚いている。
「えらく早いお帰りですな。
今回の探索は、7日くらいと言っていませんでしたか?」
「ああ、ブクローの奴が下手うっちまったんで、今回の探索は中止にしたんだ」
おいおい、リサちゃん。それは酷いよ。
アンタのヤラカシが原因でしょうが。
ただ、イノリがこの世の終わりのような顔をしているのを見て、御者さんは俺が余程の失敗をしてしまったと思ったようだ。
「ブクローさん。気を落とさないでください。
そんな日もありますよ」
なんで俺が慰められるのか、納得がいかなかった。