第88話 せいぎのゆくえ
パチパチパチ、と室内に拍手が鳴る。レモンバームだ。
「それで?明かしても誰も得しない、幸せになれない推理を得意げに披露した名探偵殿はどうするつもりなのかな?わーすごい、賢いねって賞賛されれば満足かい?」
「誰も幸せにならない?まるで、俺が黙っていれば誰かが幸せになれたとでも言いたげな顔ですね。それ、本気で言ってる?そうだとしたら、どうしようもない馬鹿だなお前。あの人殺しのガキを可哀想だからって理由で放置して、それで誰が幸せになれるとでも?」
もはや諦めの境地に達したのか、暴れることももがくことも呻くこともなくぐったりしている年嵩のメイドさんを見ながら、俺は思う。
「あのガキが明確な殺意を持って、毒だと思っているものを義母に盛ったのは紛れもない事実じゃないか。それで自分は悪人に正義の刃を振り下ろして成敗してやったんだって一生勘違いしながら、父親を殺された可哀想な被害者ぶって生きていこうってのか?反吐が出るわ!」
思い出すのは、こことは異なる世界線のホーク・ゴルド。殺人未遂も強姦未遂も、動物殺しも不正もいじめも何もかもを父親に庇われ、捻じ曲がって肥大化した醜悪な怪物。
ああ、こうして娘のために黙って死を選んだ侯爵は、あの世界で首を吊ったあちらの父と同じなのだろう。たとえどんな理由があったとしても、我が子を守るために正しくない道を選んだのだろう。それを否定したくはない。
だがその道の果てに、子供がどこへたどり着くのかを知っている身としては、どうしても見過ごせなかったのだ。
俺は、正義のための殺人というものの存在は認めている。だが、自分は正義だと言い張りながら殺人を犯す存在は認めない。
あの女海賊を殺させたのも、女神教の幹部の緑髪幼女を殺したのも、全て俺のエゴによるものだ。そこに正義はない。正当防衛であったとしても、俺は俺のため、家族のためではなく家族を大切に想う俺自身のためにこの手を汚した。そういう覚悟を抱いて命を奪ったのだ。
「ッ!だとしても、相手はまだたった六歳の子供で」
「やけにラベンダーを庇いますね。『あなたも女だから』ですか?母性が疼きでもしましたかね?失礼、それは全ての女性に対して失礼でしたね。あなたのような悪党の矜持もない、薄っぺらな正義感を振りかざす人間と一緒くたにしてはお気の毒だ」
「お前!」
「お主、気づいておったのか」
レモンバームが憎々しげに目を見開き、バイソングラスさんが驚きに目を瞠る。
「勘違いしないでくださいね。僕はお前が男だったとしても同じように軽蔑するよ。男だから女だからとか関係ない。お前自身の優しさと甘さの区別もついてないような浅はかさに呆れてしまったから、嫌悪感を隠せなくなってしまったんだ。あなたがもっと賢明な人間であったなら、ちゃんと敬意を払いますよ。男も女も関係なく、ね」
俺は椅子に座り足を組んでいる皇帝陛下に右手を差し出す。意図を察してくれた彼は、スターガーネットの指輪を俺の手の平に載せてくれた。俺はそれを指で弾き、男装した金髪の女性、レモンバームに向けて弾いてやる。彼女は忌ま忌ましそうにそれをキャッチした。
「その指輪はお返しします。いかなる経緯であれ、侯爵からあなたに贈られたものですから。ああくっだらない。庇護すべき立場の幼い子供だから、なんだって言うんです?俺、今9歳児相当ですけど、僕があなたに元気になってほしいから、と『元気の出る薬』を山ほど飲ませても、許してくれますかね?」
彼女がギリ!と拳を握りしめた瞬間、クレソンが俺の前に立ち、オリーヴが懐から取り出した拳銃を彼女に向ける。
「メリッサ!よすんじゃ!」
「でも『あなた』!」
おや、夫婦だったのか。随分な歳の差カップルだが、愛に年齢は関係ないしな。実際、バイソングラスさんは少なくとも一本筋の通った悪党であるらしいことは陛下とのやり取りの中で伝わってきた。軽率に、可哀想だからとか気の毒だからとか、そんなふざけた理由を振りかざすことはあるまい。
悪党なら悪党らしく、正義漢なら正義漢らしく。都合のいい時だけ悪人ぶったり、自分本位に正義を気取ったり、そんな中途半端な人間が一番ムカつく。自分で言っててブーメランになってそうな気もするのがちょっと悲しい。
「あまりワシをガッカリさせんでおくれ、ハニー」
「ッ!」
彼女が何故男装をしているのかは知る由もないが、先ほどの挑発への反応を見て確信した。まあ、女だからってだけの理由で舐められるのは前世の日本社会でも同じだったからな。倫理観の緩いこの世界じゃ余計に辛かろう。
そのために男装をしているというのなら別にそれは構わない。彼女の自由だ。だが、『自分が理不尽に不当な評価を受けているのは女だからだ』と、己の人間性や性格や言動を棚に上げて全てを男がー女がーと喚き立てる人種であるなら、それは女性に対する侮辱では?
「何、帝国の司法では6歳児はまだ死刑にはなりませんよ。精々少年院に何年かぶち込まれる程度です。貴族であればなおさらでしょう」
フラー家の親戚たちがどのような対応をするかはわかりませんがね。
こうしてなんとも苦い後味を残し、今回の事件は幕を閉じた。





