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第87話 オーマイゴッデス

「オリーヴ。彼女が逃げ出したり自殺したりできないように、手足を椅子に縛って猿轡を噛ませてくれ」


「了解した」


洗面所から持ってきたタオルで言われるがままに彼女を拘束するオリーヴと、粛々とされるがままにそれを受け入れるミルキーさん。


「納得がいかん!」


「でしょうね。非常にボロの多い、稚拙なカバーストーリーでしたから。まあ、この短時間で即興で作り上げたにしては、なかなかの出来だったとは思いますよ」


「ほう?そなた、謎は全て解けたとでも言いたげだな?」


「実際、解けましたので」


俺と陛下の言葉に、室内がどよめく。特に、ミルキーさんの驚愕はかなりのものだった。縛られているというのに暴れ出す。


「どういうこったご主人」


「どうもこうもないよクレソン。彼女の話は全部嘘だ。ラベンダーちゃんを庇うためのね」


「んー!!んー!!」


必死に首を横に振る彼女には悪いが、どうにも気に入らないんだよなあ。無実の人間が子供を庇うために、死刑を受け入れるってのがさ。俺のワガママといえばそうなんだけど。


「侯爵夫人と侯爵の司法解剖が終わったよ。端的に言うと、夫人は刺殺されたんじゃない。死んだ後に刃物を刺されたんだ。で、侯爵の死因は大動脈瘤。簡単に言うと血管が内側から肥大化してしまって、破裂したら大量の血液が体の内側に流出してしまって、出血多量で死に至る病気だね」


メーガーミーツは異世界デリバリーだけじゃなくて、お医者さんの往診もしてくれるって話、前にしたよね。それでお医者さんに来てもらって、コピーした侯爵と侯爵夫人の死因を調べてもらったのだ。ほんと便利だなメーガーミーツ。


まさにチートって奴だ。実際転生特典の女神チートなんだからチートなのは当然なんだけど。ちなみに複製した死体はちゃんと魔法を解除して消滅させておいた。


「侯爵は大動脈瘤という、いつ破裂して死んでしまってもおかしくない血の爆弾を体内に抱えていた。そして恐らく、夫人が彼に飲ませていたという薬は血圧や血糖値を下げる効能のある薬、要するに、血の巡りを緩やかにしたり血の濃度を下げたりして、血管が内側から破裂して死んでしまう確率を少しでも下げるための薬だ」


「それがなんだってんだよ?」


「同じ薬が、夫人の体から出てきたのさ。それも、大量にね。考えてごらん、少しの服用で血の巡りを緩くしたり、血を薄めたりする薬を、一気に大量に飲んでしまったら。それも、そんな薬を飲む必要がないぐらい、健康な人間がだ」


「薬も過ぎれば毒となる。まして、過剰摂取ともなれば、効能の種類によっては死に至ってもおかしくはありませんね」


「そう。そうして夫人は死んでしまった」


キャロブさん、陛下のお付きのお馬さんが納得したように頷く。さすがインテリっぽいだけのことはありますね。


夫人の死因は、血圧と血糖値の急降下によるものだった。そして、自分で飲んだのではないとしたら、それを飲ませたのは誰か?


『あの女は...あの女はパパを殺そうとしているんです!』


『毒?ははは、まさか!これは、パパが元気になれるようにと彼女が煎じてくれたお薬なんだ。だから、毒なんかじゃないよラベンダー』


『パパは騙されているの!だって、前までは元気だったのに、あんなにガリガリにやせ細っちゃって!絶対毒のせいよ!あの女はパパを殺して、侯爵家の財産を独り占めするつもりに違いないわ!』


「父親が母親に飲まされている薬を、毒だと頑なに思い込んでおったなあの娘」


「家族旅行に来てまで、父の飲みものに毒を混ぜていると思い込んだ彼女は我慢ならなくなったのでしょうね」


『本当に元気になれるお薬だっていうのなら...自分自身が飲んでみればいいんだわ!』


夫人の飲みもの、1等客室に宿泊する客ならばサービスで無料で提供される酒に、大量の粉薬を混ぜた。後は知らずにそれを飲んで、一晩ベッドでグッスリ眠っていた夫人は、そのまま永遠の眠りに就いてしまったというわけだ。


『ほらやっぱり!あの薬は毒だったでしょう!あの女は自分の毒で死んだのよ!やっぱりパパは騙されていたんだわ!』


『ラベンダー!お前は...お前はなんということを!!』


『悪いのは私じゃない!パパに毒を盛っていたこの女よ!!自業自得だわ!!どうして褒めてくれないの!?私はパパの命を救ったのよ!侯爵家の未来も!!』


「朝起きて、全てを知った侯爵はさぞ絶望したでしょうね。なんせ、妻がいつまでも起きてこないと思ったら、永遠の眠りに就いていたわけですから。娘を問いただしてみれば、後悔したり反省したりするどころか、むしろやってやったと言わんばかりの態度」


幼い娘が妻を薬殺したのだ。それも、ただの勘違いの果てに。幼い娘に真実を伝えるべきか、あるいは。苦悩した末に侯爵は、全てを隠すことを選んだ。愛娘の心を壊してしまわないために。


「どうにか娘の罪を隠すべく、妻の死を宝石を狙った通り魔の犯行に見せかけるために、夫人の死体にナイフを刺し、あたかも通路で殺されたかのように見せかけるために、通路に放り出そうとした。そこで、レモンバームさんに見つかってしまった」


「ワオ!君、千里眼でも持ってるの?なんでわかったんだい?」


ヒュウ、とレモンバームが口笛を吹く。


「ミルキーさんの話が嘘なら、あなたが指輪を持っているはずがないですからね。では何故持っていたのか?ひょっとして、口止め料として頂いていたから、とか?」


「なんだ、確信があって言ってたわけじゃないのか。真顔で言われるものだから、てっきり全部お見通しなのかと思っちゃったじゃないか。そうだよ、朝食堂車から戻ってくる時に、バッタリ出くわしてしまってね。言っておくけど、脅したとか奪ったとかじゃないよ?これをやるから何も見なかったことにしてくれと、侯爵に懇願されたのさ」


「おいレモンバーム!さっきと言っておることが違うではないか!」


バイソングラスさんが食ってかかる。


「僕は侯爵と取引を交わした。だから、ミルキーちゃんが嘘の真実を語り出した時、咄嗟に口裏を合わせてあげることにしたのさ。少なくとも、彼女が侯爵の名誉を守るためにそうしていることだけはわかったからね」


まさかの目撃者の登場に、これで終わりかと絶望した侯爵はしかし、金貨1000枚以上の価値がある家宝を対価に、口止めに成功した。後は、誰かが夫人の亡骸を発見してくれるのを待つだけだ。


そうして目論見通り、車内は大騒ぎになった。後は次の駅で鉄道警察が来て、夫人の死は宝石を狙った強盗による通り魔的殺人だった、と結論付けてもらえばよい。この世界は回復魔法の存在により、日本ほど医療が発達しているわけではないため、そういう方向で処理されただろう。


そう考えると、そんな世界で血圧や血糖値を下げる薬を自分で煎じていたハスカップ夫人って、かなりすごい存在なんじゃないか?


少なくともこの世界にも、漢方めいた粉末や粉薬の類いがあり、日本にはなかった各種薬草などを使用した独自の薬学や民間療法なども発展してはいるが、それを踏まえてもよほどの知識と侯爵に対する愛情がなければ難しいだろう。


「何事もなければそのまま事件は侯爵家の闇に葬られるはずだった。でも」


「間の悪いことに、たまたまこの車両には俺が乗り合わせていた。そして、次の駅までなど待ってはおれぬ!と事件の早期解決に向けて乗り出してしまった、と。よもやまあ、よりにもよってとフラーの奴も青褪めたやもしれんな」


「言っておきますが、彼の死にあなたは無関係ですよ陛下。まさかの幼い娘による妻殺しの心労と、薬がなくなったこと、そして、元より長くはなかったこと。悪条件が一気に重なった結果、侯爵の大動脈瘤は弾けてしまい、死んでしまったんです」


さて、侯爵自身はそこで死んでしまったが、遺されたミルキーさんは途方に暮れたことだろう。あきらかに不審な死に方をしてしまった侯爵がいては、さすがの鉄道警察も侯爵夫妻連続殺人事件に本腰を入れて調査にかかるに違いない。


世間の好奇の目は侯爵家とひとり遺された幼い娘に一挙に向くであろうし、万が一取り調べでラベンダー自身が『義母の盛った毒で父が死に、母は自分自身の毒で死んだ』など言ってしまったならば、侯爵が罪を背負い家宝を投げ出してまで守ろうとした一切が無駄になってしまう。


「だからあなたは、自分ひとりが全ての罪を被ることで、ラベンダーを守ろうとした。あなた、死刑になる前に自害するつもりだったのでしょう?ラベンダーにかけられたあの魔法、俺の見た限りでは数日は目を覚まさないほどに強烈なものだ」


ラベンダーが目を覚ました時には全てが終わっていて、ミルキーは全ての真実をしまい込んだまま独り死亡。何とも救われない話である。

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