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第83話 消えた侯爵夫人の指輪

「ううむ。よもや豪華列車に乗ってまさかの殺人事件に遭遇するとは!まさに事実は推理小説よりも奇なりといったところか!」


「不謹慎ですよ陛下」


「わかっておる!だが、そなたも心のどこかでこの状況に胸弾ませる己を隠してはおらぬか?ん?ほれほれ、正直に申してみよ!」


「まあ、1%ぐらいはそういう気持ちがなくもないとは言いませんが...」


寝台特急で殺人事件とかまんますぎるもんな。いやそれを言ったら学院だろうが酒場だろうがレストランだろうが、殺人事件が起きればなんとなく推理小説っぽい!みたいな雰囲気になってしまうのはアレだが。


そんなわけで、ハスカップ夫人が早朝死体で発見され、車内は大混乱になった。


「皆様!落ちついてください!どうかご静粛に!直ちに鉄道警察に連絡し、次の駅で警察が到着しますから!」


「だがそれまでは夫人を殺した犯人が野放しになっているということではないか!」


「冗談ではない!殺人鬼がウロウロしているかもしれない列車になど乗っていられるか!俺は部屋に戻って鍵をかけて閉じこもらせてもらうぞ!」


事件現場は早朝の4号車の廊下。背後からナイフで心臓を一突きにされた夫人が倒れているのを、他の乗客が見つけ悲鳴を上げたらしい。


現在1号車は俺たちが、2号車は陛下の護衛騎士たちが貸し切りにしているため、実質的に客が乗っているのは3号車から10号車までの間だ。ちなみにフラー一家は4号車に泊まっていたというから、夫人はひとりで廊下に出たところを何者かに襲われたことになるな。


「陛下、大変申し訳ございませんが、御身のご安全のためにも何卒どうか不要不急の外出はお控え頂きますようお願い申し上げます」


一国の皇帝陛下が乗車している時に車内で殺人事件なんて、そりゃ大騒ぎになるよな。『この列車はどうなっておるのだ!』なんて癇癪を起こされたら堪らないだろうし、そもそもが事情を説明に来た車掌さん自身も『こんなことは初めてです』と青褪めた顔をしている。


「案ずるな車掌よ!この俺を誰だと思うておる?」


「おお、さすがは偉大なる皇帝へ」


「コソコソ逃げ隠れするなど俺の性には合わぬ!こうなったら俺が手ずから犯人を探し出し、捕まえてやろうではないか!」


「え?」


「行くぞ我が助手よ!なあにこれでも俺はこの20年の間に帝国図書館に収められておる推理小説の類いならば飽きるほど読み漁った男!この名探偵イグニスに大船に乗ったつもりで任せておくがよい!」


「あ、やっぱりそうなるんですね」


この人の性格的に、事件が起きたから残り数日はずっと部屋に閉じこもっててね!と言われて、はいわかりましたと言い出すとは思えなかったからな。


俺を小脇に抱え、意気揚々と部屋を出ていこうとするイグニス陛下に、車掌が慌てて追いすがる。


「キャロブ!ビルベリ!決めたぞ!この事件、俺が与る!」


「陛下!いつもの気まぐれも大概にしてください!」


「そうですぜ!人が死んでるんでさあ!遊びじゃねえんですよ!?」


「人が死んでおるからこそ早急に解決せねば次の被害者が出んとも限らんのであろうが!帝国領民が殺されたとあらば皇帝たる我が臣民の仇を俺が討ってやらずして如何とする!」


そんなわけで、いつだって強引グマイウェイな陛下が一度言い出したらもう聞かないと諦めた側近のお馬さんと牛さんは、渋々といった感じで陛下に付き従うこととなった。勿論、巻き込まれた俺の護衛のためにクレソンとオリーヴもついてくる。というか、お馬さんはキャロブ、牛さんはビルベリって名前だったんですね。初耳かも。


「そんなわけで、安心するがよいフラー侯爵!そなたの妻を殺した犯人はこの俺が必ずや見つけ出し、この手で正義の裁きを与えてやる!」


「皇帝陛下...まことに畏れ多いことでございます。ですが」


「うむ!遠慮は要らぬ!夫人もまた我が国民であるゆえな!時にそなた、夫人の亡骸を部屋に持ち帰ったそうだが、正気か?」


「妻を、廊下に放置したままにするわけにも参りませんので...。それに、ラベンダーも酷くショックを受けており、現在は2等車両にあるミルキーの部屋に避難させているのですよ」


「では、まずは検死だな!」


「陛下!妻の骸を辱めようと仰るのですか!?後生でございますから、亡き妻の名誉を侮辱するような真似はおよしください!」


本気で激怒した風な侯爵にピシャリ!と部屋から閉め出されてしまった俺たちは、フラー一家が宿泊している部屋の扉の前、4号車の廊下で顔を見合わせる。ちなみに4号車までは陛下の近衛兵たちも見張りをしておらず、鉄道職員たちが見張りをしているのも基本的に普段は2号車と7号車だけであるため、通路には誰もいない。そのせいで事件の目撃者が見つからなかったらしい。


「どう思う?ホーク」


「不自然。奥様が殺されたというのに、娘さんをメイドに任せて放置しているのも、あきらかに夫人の遺体を調べられたらまずいと思っているのが見え見えすぎるのも、そもそもこうして夫人の遺体のある部屋にひとり閉じこもっている時点で、怪しさしかないです」


「うむ!だが、扉を破壊するわけにもいくまい。とりあえず、まずは情報収集としゃれこもうではないか!それにしてもそなた、なかなかの推理力だな!俺の助手としては申し分なき働きであるぞ!花丸をくれてやろう!」


「陛下、そこまで楽しそうな声出してると、それこそ侯爵にぶん殴られかねませんよ??」


「これも性分でな!つまらない時につまらぬ、つまらぬとヘソを曲げて不貞腐れておるより、ならばどうすればそのつまらぬ状況を打破できるかを考え行動するのが俺の生き様よ!」


「うーん、この。いいこと言ってるんだかどうなんだか」


夫妻が駄目なら娘さんに、ということで、次はそのふたりがいるという5号車へと向かう。どうやらメイドであるミルキーさんはこちらで寝泊まりしているようだ。


7号車の前方には、1等客室利用者が集う6号車以前に不審者が入っていけないようにと鉄道職員が交代制で見張りをしているようだ。制服を着た男が扉の前に用意された椅子に座っている。


「申し訳ございませんが、お嬢様は多大なるショックを受けてしまい寝込んでしまわれました。ですので、面会はご遠慮ください。たとえ皇帝陛下であろうとも、わたくしはここをお通しするわけには参りません!」


「ですよねー」


「芯の強いおなごは実によい!だが、今はそれどころではないな。ならばせめて、そなたが気づいたことはないか?」


「...奥様の指輪が、なくなっておりました」


「指輪?」


「世にも珍しい、スターガーネットという指輪です。希少価値が高く、オークションにかければ金貨1000枚はくだらないという侯爵家の至宝です。それが、奥様の指から消えておりました。きっと、犯人に盗まれたのですわ」


「家宝もののお宝ではないか!何故それを大っぴらにせぬのだ?」


「旦那様より口止めされたのです。この列車には、陛下をはじめ多くの名立たる名士の皆様も乗っておられます。そのような状況で、盗まれた宝石があるかもしれないから荷物や部屋を検めさせろ、というのはさすがに...鉄道警察が到着するまでは秘しておくように、と言われました」


「それを僕たちに漏らしてしまってよかったのですか?」


「皇帝陛下ともあろうお方が、たかだか指輪ひとつ欲しさに殺人を犯すとも思えません」


「うむ、その通りだ。俺ならばまず買い取り交渉を行う」


「...あまりわたくしがこうして扉の前で長話をしていると、お嬢様のお体にも障りますゆえ、お引き取りを」


そりゃ、皇帝陛下が子豚と一緒に、ゾロゾロ6人ぐらい屈強な近衛兵たち+うちの護衛ふたりを連れて歩き回ってたら、何事かと思うよな。ほんと、すみませんね。

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