第81話 謎の宝石商現る
列車での旅は素晴らしく快適だった。さすがは王侯貴族御用達のVIP車両だけあり、何ひとつ不自由はないし、窓から眺める景色も素晴らしい。食事も食堂車で働くシェフたちがよいものを提供してくれたし、何より1等客室専用の料理人まで乗っているというから驚きだ。
「陛下!泡風呂ですよ泡風呂!俺、初めて本物見ました!」
「おお、そうかそうか!」
「陛下!バスローブですよバスローブ!しかもなんかシルクっぽい感じの!安物の浴衣とは大違いですね!」
「安物には安物のチープな味わい深さがあってよいものだが、最上級の贅沢を心置きなく満喫するというのもまたよきものであるな!ワハハ!」
寝台特急で行く旅は実に楽しい。見るもの全てが新鮮で、しかもそれらは全て最上級の最高級。
とはいえ、三日もすればちょっと飽きてきてしまう。
聖都までは都合7日間の旅であり、途中いくつかの駅にも停まったり、燃料補給や運転手の交代、国境を超える度にその国の職員たちによる検査などが入るため、面倒臭いのだ。
この世界、のどかで緑あふれる世界といえば聞こえはいいが、行っても行っても景色は変わり映えがなく、最初は橋や渓谷に大騒ぎしていたものだが、慣れてくるとちょっと見飽きてしまうのだ。
そんなわけで、列車の中を歩き回ってみることにした。1等客室の並ぶ234号車を抜けると5号車は高級レストランもかくやの豪奢な内容の食堂車となっており、6号車は小さなカジノのような娯楽室になっている。ルーレットやトランプゲーム、ビリヤード台にピアノまであるよ、すごいな。
7号車に入るとなんかカラオケボックスみたいな狭さの部屋にベッドがふたつと小さな机が並んだ2等客室エリアが始まり、10号車はそんな2等客たちが使うであろう大衆食堂のような食堂車。それを抜けると11号車は広い床に安っぽい絨毯が敷かれた上で大勢が雑魚寝している3等客室エリアになっていた。
なんかほんと、天と地ほどの差って感じだな。ちなみに12号車以降は貨物車両になっているらしく、危ないから入っちゃいけませんと止められてしまったので、探検おしまい。
1等客用の食堂車はまさに移動レストランって感じでかなり眺めがよかったし、紳士淑女の社交場たるカジノ車両では少額のチップを使って、暇潰し目的での軽いルーレットやトランプゲーム、ビリヤード、ダーツなどが楽しめるようになっている。暇潰しや交流が目的であるためか、本当に賭けられるのは少額だけだ。こんなところまで来て大儲けしたがるような卑しい客も然う然ういまいが。
「よっ、と!」
「ナイスショット!」
そんなわけで、鉄道の長旅もちょっと飽きてきた3日目の夜。
夕食の後、陛下とオリーヴとクレソンと俺と、4人でビリヤード...といっても俺は背丈が足りないため、その都度誰かに持ち上げてもらわねばならないのだが...を楽しんでいると、ひとりの老紳士が近づいてきた。
「おや!これはこれはイグニス様ではございませんか!」
「おお!バイソングラスか!久しいな!」
いかにも一目で自分はドワーフです!と申告しているかのような、身長が現在肉体年齢が9歳児になっている俺よりちょっと高いかどうかぐらいしかないのに、横幅は俺を6人ぐらいまとめて束ねたかのごとくどっしりと鈍重な、赤髭のドワーフ。
こんな列車に乗っているよりも、鍛冶場でハンマー叩いていたりする方が違和感のなさそうなこのドワーフは、バイソングラスといい、世界を股にかける宝石商らしい。
「我らドワーフ族は、金属鉱石に目がないのですが、ワシは中でも宝石に特に目がなくてですな!東に珍しい宝石あれば買い取りに出かけ、西に麗しの宝石あれば観に行く!そうして世界中の美術館や国を巡りながら、宝石を売買しておるのですじゃ!」
地鳴りのような重低音の笑い声を響かせながら、ワイン樽かビア樽のような体型を揺らして大笑いするバイソングラス氏はかつて陛下がこっそり国の宝物庫から持ち出した国宝級の宝飾品を、闇で売買するなどしていたことで仲よくなったらしい。とんだアウトローじゃねえか!
「初めまして、ピカタ商会の社長、ポーク・ピカタです」
「おやおや、これはこれはご丁寧に。よもや君のような小さな子供が『あの』ピカタ商会の社長とは!まあ、ドワーフのワシが言えた義理ではないのですが!ガッハッハ!」
「あの?」
「ええ、あの!なんでもイグニス陛下より格別のご愛顧を賜っていらっしゃる謎の商人として、多くの者があなたに注目しておるのですよ!もちろん、ワシもネ!」
縦にも横にもあきらかに特注品とわかる高級そうなスーツの胸ポケットから名刺を取り出し、渡してくれるので俺もオリーヴに目配せし、ポーク・ピカタ名義の名刺を受け取る。
「おや、これはこれはご丁寧に」
「いえ、こちらこそ」
名刺交換!社会人の基本だね!俺、社会に出たことコンビニのバイトぐらいでしかないけど。一応この世界に来てから父に教わりつつビジネスマナーは身につけてきたので、なんとか恥を掻かない程度には無事に名刺交換を終えることができた。
「バイソングラス様、どちらにいらっしゃるのですか?」
「おお、こっちじゃこっち!」
そんな彼を探して現れたのは、長身の金髪イケメンのポニーテール美青年。名をレモンバームといい、バイソングラス氏の秘書兼部下をやっているようだ。
「バイソングラスさんはどちらへ?」
「ええ。カシミール公国に所用がありましてな。なんでもカシミール公国の国営美術館にて、世にも珍しい、青い紅玉が展示されるのだとか!これは何が何でも観に行かねばならぬ!といても立ってもいられず汽車に飛び乗った次第ですじゃ」
「へえ。俺も、宝石は綺麗だから眺めている分には好きですよ。価値とか、そういったものには疎いですが」
「いやいや、なんのなんの。美しきものを見て素直に美しいと思うこと。ただそれだけでも十分に大事なことですじゃ!世の中には、宝石を金になる石としか思わぬ者も数多おりますでのう!いかがですかな?もしお坊ちゃまさえよろしければ、この後ワシの部屋で自慢のコレクションでも」
「やめておいた方がいいですよ、宝石1つにつき下手すりゃ1時間ぐらい、延々自慢話やウンチク話聞かされますから」
「こりゃ!余計なことを言うでないわ!お前さんがそうやって意地悪を言うから、近頃じゃ誰もワシの話を聞いてくれなくなってしもうたんじゃろうが!」
「この場合、何も言わずにいる方がよっぽど意地悪じゃないんですかねえ?」
「あはは!」
長身イケメン青年といかついドワーフ爺。なかなかに息の合った凸凹コンビといった感じで、見ていてなんだか微笑ましい。あれ?でもこの人...





