第8話 前世の知識で無双する展開とか
サニーが見舞いに来てから数日後。俺なりにこの世界のことを色々調べて考えた結果、無理だということが分かった。というのも、平民が新たに爵位を授与されるだなんて一大事は、戦争で勝利の立役者になるとか、なんか飛空艇レベルのものっそい発明をするとか、そういった歴史に名を刻むような多大なる功績が必要なのだ。
この世界、空に飛行艇は飛んでるわ、魔法を利用した疑似的な電気・ガス・水道は通っているわ、トイレは水属性魔法の応用によるウォシュレット付きの水洗だわで、前世の知識を活用して無双する余地がほとんどないのである。これじゃあ異世界転生した甲斐がほとんどなさそうだ。食事関係を見ても、マヨネーズはあるわ豆腐はあるわで、異世界というよりまるで世界観の掘り下げや練り込みがほとんど出来ていないまま、ふわっとした知識で素人が書き始めたなろう系小説の世界のようだ。
ますますこの世界が現実離れしていくな、おい。仮にもし今戦争が起きたとしても、現代日本で平和に生きていた俺がいきなり人間相手・魔物相手の殺し合いなんかできるはずもなく、芸術的知識にも乏しいからそっち方面での活躍もできないわけで、潔く諦めることにした。所詮人生、妥協と惰性の産物だよ。
俺ってば本当に、なろう系主人公なんだろうか?主人公にしては魔法の才能だってパっとしないし、やることなすこと何もかもが上手く行ったりもしない。まあ、俺が本当に主人公だったら、あっさりダイエットに成功するなりなんらかの外的要因があって速攻で細身のイケメンになったりするのがお約束だろうから、一年経ってもまーだデブガキのまんまな時点でお察しである。
「ホークくん、集中できてませんよ?」
「すみません先生」
そんなことをつい、つらつらと考えてしまうのは、今が魔法の練習中だからだ。なんでもエレメントとかいう、空気中に溶け込んでいる魔力的なものを利用して魔法を使うのがこの世界の魔法使い達にとってのデフォルトらしいことは以前教わった通りだが、今はそのエレメントを感じるための瞑想訓練をしている。といっても、瞑想と言われても心の中や頭の中を空っぽにするというのは存外難しいものだ。
目を瞑ってじっと魔力の流れやエレメントの存在なんかを感じ取る必要があるらしいのだが、思い浮かぶのは雑念ばかり。俺も異世界転生者の端くれならもっと簡単に、お手軽に、気楽に、絶大な威力を誇る伝説のSSS級禁断魔法とか、使えるようにならないものかね。いや、そんなもの使えるようになったとしても使い道はなさそうだが。やっぱりあれか、転生する時に神様とかに会ってないから駄目なのだろうか。
「そろそろ集中力が途切れてきちゃいましたか?ここらで一旦、休憩にしましょうか」
「はい先生」
まだ子供だししょうがないか、みたいな生温かい目で見られてしまっているのだが、見た目は六歳児でも中身は十七歳の男子高校生なんだよな、俺。我ながらちょっと情けない気もする。
今のところ、ミント先生との関係は良好だ。向こうはどうしようもないクソガキの子守りをさせられるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたらしいのだが、実際の俺と接してみて、いい意味で拍子抜けしたとかなんとか。そういうことを遠回しにではなく、あけすけに本人に言えてしまう辺りが人柄というか。やっぱりこの人、ちょっと天然だよな。
まあ『いくら天然キャラっつったって限度ってもんがあるだろ。お前頭おかしいんか??』みたいなレベルで頭悪い系のバカっぽい女キャラではないから全然いいのだが。
そういえば爵位に関して調べたところ、学者ギルドには国から勲章や爵位を授与されるような天才達が揃ってるんだよな、とふとミント先生を見て思った。そういうバカと天才は紙一重のバカ方面に振りきれてそうなマッド学者達は、貴族なんかになったら研究ができなくなりますので!!とこぞって辞退しているそうだが。なんとも羨ましい話だ。俺も学者ギルド経由で貴族を目指すべきだろうか。うん、無理だな。俺、そこまで頭よくないし。
「そういえば、ホーク君には妹さんがいらっしゃいましたよね?」
「それが何か?」
「妹さんもやっぱり、闇属性の魔力の持ち主だったりするんですか?」
「それを訊いてどうするんです?」
「どうもしません。ただの世間話ですから。あ、ひょっとして妹さん関連の話題はいけませんでしたか?もしそうであったなら、申し訳ありません」
当時親父が口止めに奔走したためか、『奥さんが不倫相手の子供を出産した挙げ句旦那の目の前で服毒自殺しちゃったよ事件』については大っぴらにはなっていないのだが、それでも口さがない連中というのはいるもので、かつてゴルド家であった例の事件は半ば公然の秘密みたいになっているらしいからな。
人の秘密や噂というものは、一体どこから漏れるか分からないから怖ろしいものだ。一度流出してしまった情報は、永遠に拡散され続けてしまうからもっと怖い。そう考えると、ミント先生が知っていてもおかしくはない、か?いやでも、この人がそういった類いの話題を持ち出してくるとも思えないが。
「そうですね、あまり詮索されたくはない類いの話題でしたね」
「ごめんなさい、そうとは知らず」
「いえ、以後控えていただければそれで構いません」
ミント先生はしばらく考え込むような仕草をした後に、それから意を決したように口を開いた。
「ホークくんは、女性が学問を修めることについて、どう思いますか?」
ああ、なるほど。兄である俺が勉強をしているのに、妹は勉強をさせてもらえずにいるのが気になったのか。この世界、女性は大体十三歳から十八歳ぐらいまでの間に結婚して家庭に入るのが当たり前だと思われてるような世界だからな。王族や貴族の間では女性は子供を産むことが義務みたいなところがあるし、ミント先生みたいに結婚もせず、二十歳前後にもなってまだ大学に通って学問を修めている女性は、この世界では割と変人扱いなのだろう。
俺は女嫌いだが、別にただ性別が女性というだけで相手を差別したり、バカにしたりはさすがにしない。ただ前世でもそうだったが、世の中というのは得てしてそういう風にできてしまっているものだ。世界に名立たる自由と平等の国でだって、その手の問題はかなり根が深かったわけだしな。
「どうもこうも、好きにすればよいと思いますが」
「そう、ですか」
心なしか、ちょっと嬉しそうだな先生。失敗したかな?好感度が上がってしまったような気がする。とはいえ、あまりギスギスした関係になってしまうと、彼女に魔法を教わる身としては肩身が狭いし。それに、好きにすればよいと思うのは本音だ。
冒険者ギルドや学者ギルドからは、彼女の代わりの人材が見つかれば連絡すると言われていたが、恐らくミント先生にゴルド商会のバカ息子のおもりを押し付けたっきり、連中はもう完全にその一件は忘れてしまっている可能性が高い。
……ああ、なるほど。若くて才能のあるミント先生にクソガキのおもりという嫌な仕事を押し付けることで、彼女の足を引っ張ってやろう、みたいな悪意が背後で渦巻いている可能性もあるのか。そう考えると、嫌な話だな。俺が言えた義理ではないが、女性は女性で、色々と大変だ。