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第66話 おとなのはなし、こどものはなし

むかしむかし。


あるところにイーグル・ゴルドというがめつい、お金が大好きなデブ男がいました。イーグルは商才こそありましたが、人の心がなく、儲かるためなら何をやってもいいと思っている人間でした。騙される方がバカなのだと。


そんなイーグルはある日、とても美しい女性に恋をしました。名前はアリー。イーグルがいつも仕事の帰りに寄っている酒場のウエイトレスで、彼女は病気で寝たきりの母親の介護をしながら働く、街で評判の孝行娘でした。


『おい女、お前、金に困っているのだろう。一晩いくらだ?俺が買ってやろう』


『まあ酷い人。そんな酷いこと言う男の人は私、嫌いよ』


人の心がないイーグルには、恋心をどう伝えてよいものかわかりませんでした。


太っていて、醜く、誰からも、それこそ貧乏なくせに子沢山故に、ひとりひとりの子供に十分な愛情を行き渡らせることができないまま喧嘩別れした両親からも愛されたことのない自分は、人から愛されるわけがないと思っていたからなおさらです。


どうすれば彼女を自分のものにできるだろう?


お金に困っているのだから、もっと困らせてやればきっと自分に縋ってくるに違いない。そうだ、もっと彼女を困らせてやろう。表では優しくし親切にしながら、裏では彼女を追い詰めて、追い込んで、逃げ場をなくしてやればきっと。


最後には、お金の力に負けて、自分の妻になってくれるに違いない。


イーグルはその日から、毎日酒場に通い詰めました。


『見なよ、あいつが身の程知らずのイーグルさ』


『豚が白鳥に恋したって、報われるはずがないだろうに』


せせら笑う周囲のことなど目にも入らぬ様子で、イーグルは毎朝酒場で食事をしてから仕事へ行き、夜は酒場で食事をしてから帰るようになります。


『行ってらっしゃい。お仕事頑張ってくださいね』


『お疲れ様でした。ご注文はいつものでいいかしら?』


アリーは、そんなゴルドにも愛想よく接しました。営業スマイルなんだから当然だろうって?そんな見せかけだけの愛想笑いが通用するほど、イーグルという男は素直じゃありません。


『お前はいつになったら俺に買われてくれるんだ?金に困っているのだろう?母親という重荷を抱えて、苦しんでいるようじゃないか。楽になれる方法が目の前にぶら下がっているのにそれに飛びつかないなんて、お前はなんて愚かな女なんだ』


『まあ、酷い人!そんなこと言ってると、出入り禁止にしちゃうんだから!いくらお金を積まれたって、お店に入れなくしちゃうわよ!』


イーグルは、毎日毎日お店に通い続けました。それと並行して、柄の悪い男たちを雇い、店の営業を妨害し、娘に介護されなければ生きてはいけない母親を、何度も何度も脅します。


『娘に俺と結婚するように言え。不自由はさせない。金ならば腐るほどある。俺と結婚することが、お前の娘にとっては一番の幸せになるはずだ。宝石も買ってやろう。ドレスも買ってやろう。お前のことも、死ぬまで面倒みてやる』


『おやまあ、とんだおバカさんだこと。あんたはとんでもない大バカさ。そんな言葉よりも先に、あの子に言ってやらなくちゃいけない言葉があるだろう?』


そんな風に言われても、イーグルにはそれが何かわかりません。夏の日も、冬の日も、イーグルは酒場に通い続けます。やがて、ひとりの男が現れました。男は働き口を求めて街に出てきた田舎者で、みすぼらしく、野暮ったくありましたが、ハンサムで、心優しい若者でした。


彼は澄んだ紫の瞳で言います。


『アリーさん、あなたはとても美しい。どうか僕の妻になって頂けませんか?僕はあなたに恋をしてしまいました。この世界の誰よりも、あなたのことを愛しています』


彼は、アリーに恋をしたようでした。たちまちイーグルの怒りが燃え上がります。


『おいお前!ふざけたことを言うな!彼女は俺が先に好きになったんだぞ!お前なんかの出る幕はない!田舎に帰れ!』


激怒したイーグルは、そんな権利もないのに店から彼を追い出してしまいます。


『あなたって本当に、どうしようもないおバカさんね。いいわ、これ以上お店をメチャクチャにされちゃう前に、あなたと結婚してあげる』


呆れたアリーは言います。イーグルは大喜びでした。やはりどんな女だって、金を沢山積めば自分のような醜い男でも、美しい娘を自分のものにできるのですから。やはりこの世に金で買えないものはないのだと、手を叩いて喜びました。


こうしてアリーとイーグルは結婚し、ホークという子供を授かりました。


めでたしめでたし。




そうして終わっていれば、どれだけよかったでしょう。


『この浮気者!裏切り者!』


『酷いわ!私は浮気なんてしてない!あなたとホークを裏切ってなんかいないもの!どうして信じてくれないの!?』


『信じられるわけがあるか!なんだこの娘の目は!!紫じゃないか!!いつかのあの男と同じ紫の目だ!!お前は俺よりもあいつのことを好きだったんだな!?だから、浮気したのか!この裏切り者め!金のために俺を騙して、裏ではこっそり嘲っていたんだ!!』


『そんなはずないじゃない!瞳が紫なのは、きっと私のひいお爺ちゃんの影響よ!私のひいお爺ちゃんの目は紫だったもの!』


『そんな口から出まかせを誰が信じるというのだ!出ていけ!!出ていけこの裏切り者!!所詮お前は金のために俺と結婚した卑しい女だ!!旦那から金を騙し取り、裏では心から惚れた男と不義密通していた悪女だ!!顔も見たくない!出ていけェ!!』


『もういいわ!あなたなんか知らない!子供を連れて出ていってやるんだから!』


『誰が渡すか!ホークは私の子だ!この娘とて、タダではおかん!!私を裏切った貴様への罰だ!!この娘に生き地獄を味わわせてやる!絶対に許すものか!!お前のせいでこの娘は不幸になるんだ!!』


『なんですって!?そんなこと、許さないわよ!』


『お前が!!お前ごときが私の何を許すというのだ!消え失せろ!さもなくば、この手で私がお前を不義の娘ごと殺してやる!!』


そうしてイーグルは、怒って妻を追い出してしまいました。手切れ金を投げつけ、部下に命じ、彼女を縛り上げ、猿轡を噛ませ、遠い遠い、帝国行きの船に押し込め、この女は国外追放になった罪人であるから、二度と王国行きの船には乗せるな、と帝国の役人に金を握らせてしまったのです。


手紙を出すことも、電話をかけることも、会いに行くこともできなくなってしまったアリーは、こうして帝国領に閉じ込められることとなってしまいました。唯一の救いは、彼女の母は結婚式の数日後に息を引き取ったことでしょうか。


もしもまだ生きていたならば、怒り狂う夫が何をしたかわかったものではありませんでしたから。


『所詮、この世には愛など存在しないのか!?そんなものはまやかしだと言うのか!!誰も、誰も俺を愛さない!ならば、ならば俺だけはせめて、ホークに本当の、本物の愛を注いでやる!』


そして、最愛の間違いなく自分の息子だとわかるホークには、よくよく言い聞かせました。


『いいかホーク、お前の母は俺を裏切った悪女だ。女は悪魔であり、誰もが美しい顔の下に醜く醜悪な本性を隠し持っている。お前の金だけを狙い、作り笑いで羽虫のように群がってくる醜悪な生きもの、それが女だ!あの妹は、そんな裏切りの証だ!!』


金をばらまき、イーグルは元妻の悪名を拡げました。ただし、生きていることがばれると何を勘繰られるかわかったものではないので、毒を呷り死んだことにして。


そうして、息子にたっぷりと悪意を植え付け、妹にはありったけの呪詛を吹き込み、それぞれに天国と地獄を与えたのです。


誰からも愛されずに育ったイーグルは、結局誰からも愛されないまま独りぼっちになってしまったと、そう独り嘆くのでした。

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