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第65話 スパゲッティだけにってか

「ねえ坊ちゃん、俺って必要なんですかね?」


「え?必要に決まってんじゃん。何言ってるのさ」


沈んだ表情でバゲットを齧るバージルが、暗い顔でそんなことを言い出したのは、翌朝のことだった。


「そう仰ってくださる気持ちはありがたいんですがね。昨夜も全くお役に立てねえで、あろうことか護衛対象ひとり現場に残して当人に送り返されるとか、なんか自分の存在意義がどこにあるのか揺らいじまって」


「賞金首の首を塩漬けにしてくれたのも、冒険者ギルドで換金するやり方を教えてくれたのもバージルでしょ?それに、俺ひとりだったら不自然すぎて夜中にあの地域出歩けないじゃん」


「でも、結局は俺、戦うこともできずに守るべき坊ちゃんに逃がされただけで。昨夜一緒にいたのがクレソンの奴だったら」


「そりゃ人間、向き不向きがあるもの。できることとできないことを割り切って、できることをできるだけ上手くやってくれるだけで十分だよ。むしろできないことを無理にしようとして失敗したり、余計なことして足引っ張られるよりずっとマシなんだから!」


少なくとも宿に送り返された時点で、無理にひとりであの場所に戻ろうとしたり、クレソン連れて乗り込んでくることなく、『有事の際には関係各所に一報を入れた上でいつ俺が帰ってきてもいいように待機。必要な時は適宜呼び出すから』という俺からの指示をきちんと守ってくれただけでも十分だ。


お陰で俺は昨夜イグニスから解放された後宿に戻ってきて、バージルが沸かしておいてくれたお風呂にゆっくり浸かってグッスリ眠れたわけだから、文句のつけようもない。お風呂湧いてないので20分待っててくださいとか言われちゃったらちょっとガッカリだからね。


「そんなもんですかね?」


「そんなもんだよ。少なくとも俺にとっては」


主人公じゃない人間の悲哀というか、誰にも選ばれなかった人間の物悲しさというか。そういった類いの感情、不甲斐ない自分自身への怒り、やるせなさ。それらは全て、この世界に転生してから師匠に出会うまでの俺が常に抱き続けていた卑屈さや劣等感と同じようなものなのだろう。


まして、彼はもう40代。護衛対象であるはずの13歳児(それも、見た目は8歳)に逆に守られてしまったという状況に、感じ入るものがあったとしても不思議ではない。


「バージルも魔法、覚えてみる?身体強化ぐらいはすぐに使いこなせるようになるよ」


「魔法かあ。俺、昔才能ないって言われて、やめちまったんですよね」


「それは教える側が悪かっただけだよ。だって、魔法を使うのに才能なんて必要ないもん。大事なのはイメージ。自分は魔法が使える!と信じなきゃ、魔法だって応えてくれない」


「ははッ!大学院で魔法の研究なさってる坊ちゃんがそう言うってんなら、ちったあ信じられるかもしれやせんね」


そんなやり取りがあって、午前中はしばらくバージルに魔法を教えていたのだけれど、午後からちょっとみんなで出かけることになった。というのも、帝国は海軍を保有しているぐらい、そして海賊に悩まされるぐらいの海に三方を囲まれた国であるため、リゾート観光が盛んなのだ。


軍事国家なのにリゾートビーチ?って思ってしまったけれど、世界中から結構な観光客が美しい海や新鮮な海の幸を目当てに訪れるらしく、観光資源方面での収入は結構な割合を占めているそうだ。なので、せっかくだから海に行こう!と父が言い出したのである。


「ホークちゃーん!はいチーズ!」


「イエーイ!」


青い海、白い砂浜。午後は仕事を休みにして、息子を連れて海ではしゃぐ父の姿を見ていると、あちらの世界の救えなかったパパのことを想い出してしまい、ちょっと切なくなる。あり得たかもしれない可能性を、あり得ないことにするために、頑張らないと。


「おう!うめえなこれ!」


「おいおい、芯まで噛み砕いて食う奴があるか!」


異世界なのに醤油の塗られた焼きトウモロコシやフランクフルトが売っているという世界観、ほんと緩くて最高だな。結局この世界がアニメなのか漫画なのかゲームなのか小説なのか、あの女神から聞き出すことは叶わなかったが、ぶっちゃけもうなんでもいい気もする。


海で泳いで、浮き輪に揺られ、常夏の日差しを浴びながらユラユラ波に揺られていると、細かいことがどうでもよくなってくるような...細かいこと...うーん。


正直なところ、引っかかりはあるのだ。家族旅行なのに、ここにはマリーがいない。父は、まだ妹と確執を残している。そりゃ、浮気した挙げ句自殺した妻が遺した不倫相手の、自分とは血の繋がらない子供だ。可愛いと思え、という方が、難しいのはわかる。


わかるのだが、だからこそ引け目があるあまり父に遠慮して、一歩引いてしまっている妹と、彼女のことを虐げなくなった代わりに、いないものとして扱うことに慣れてしまっている父のぎこちないすれ違いというものが、どうにも気になるのである。


とはいえ、なあ。どうにかなればいいのに、という気持ちと、無理に近づけさせようとすれば双方傷つくだけの結果になりかねない、という気持ちが、なんとも歯痒いものだ。魔法が使えても、まだ一度も使い道がなくて持て余しているチートをもらっても、どうにもならないのが人の心。


記憶を消す。改竄する。魅了で好感度を爆上げさせる。妹に優しい父の姿をしたゴーレムを作り出し、妹と共に隔離する。催眠、洗脳、手段はいくらでもある。というか、そんな手段がいくらでもあるこの世界がヤバい。倫理観どうなってんだ。


なんてことを考えている間に目を瞑って波に揺られていたら、いつの間にかちょっと波に流されてしまった。パパたちのいるパラソルからは沖方面ではなく横に500mぐらい離れてしまっただろうか。


砂浜に上がると、道路沿いに小さなカフェレストランがあった。頭にバンダナを巻いた金髪の女性が、小さな立て看板にチョークで本日の日替わりランチのメニューを記入していたが、やがて立ち上がり、それから俺に気づいた。


「こんにちは。僕、海水浴?」


「ええ、まあ。そんなところです」


「そう。よかったら、ランチを食べに来てね。新鮮な海の幸を使ったスパゲッティが自慢なの」


「そうですね、そろそろお腹も空いてきましたし」


「ホークちゅわあああーん!!大丈夫でちゅかあああー!?波に流されちゃったかと思って心配しちゃい...ま...」


女性と話していると、ドドドドド!!とパパが砂煙を上げながら猛スピードで爆走してくる。魔法も使っていないのに、恐るべき脚力だ。というか、体重100kg超えてるのにすごいなほんと。


そのままダイビングキャッチで俺に飛びついてこようとした父がしかし、滅多にない強張った顔で凍りつく。視線の先には、同じように酷く青褪めた顔の金髪のバンダナ女性。


「アリー...!」


「...あなた...」


アリー・ゴルド。それは、かつて毒を呷り死んだはずの、俺の母の名だ。


一陣の潮風が、ごうっとふたりの間を駆け抜けていった。

マ・マー!

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