第57話 おわかりいただけただろうか
「あの、大丈夫ですか?」
「んが?」
それは、ある朝のことだった。とりあえず国外追放にされた俺が王国内をウロウロしているとまずいので、帝国にある隠れ家と学院長室の奥の秘密の部屋(トイレとか風呂がないため生活するには不便なのだ)を行き来する生活を送ること数日。
学院長とオークウッド博士のお陰で研究はかなり進み、明日には実際にテストしてみよう!ということで解散になった俺は、とりあえず美味い飯でも食って精気をつけるか、と帝国の街を歩いていたのだが。
なんか、隠れ家のある裏路地のすぐ近くのゴミ捨て場に、男が倒れていたのだ。獣人種は年齢がわかり辛いのだが、年の頃は30代前半ぐらいだろうか。翼の生えたライオン、という、世にも珍しいグリフォン獣人。ボリューミーな筋肉ではち切れんばかりの平民服が窮屈そうな巨漢が、ゴミ袋の山をベッド代わりに仰向けに倒れていた。
全身が闇を切り取ったような黒毛であり、翼も鷲というよりはカラスのような濡れ羽色だ。うっすらと開かれた瞳は血のように紅く、鋭いがどこか愛嬌のある顔立ちをしている。
「おお!もう朝か!して、今何時だ?」
「朝というか、昼すぎなんですけど。大体3時半ぐらいですかね?」
「何?3時半?それはまずい!!大いにまずい!!が、まだ間に合うな!」
うっわ、酒くさ!倒れていたというより、酔っ払って寝ていたという方がしっくり来るようなグリフォン獣人は、ボリボリと頭を掻きながら立ち上がる。
「小童!よくぞ俺を起こしてくれた!お陰で遅刻せずに済みそうだ!ささやかながら、褒美をくれてやろう!」
「はあ」
ニカっと笑い、男は己の翼から羽根を一本毟り取る。
「俺の羽根だ!高く売れるぞ!」
確かにグリフォンのような珍しい魔物の素材は高値で取引されるものだが、グリフォン獣人の羽根というのはどうなのだろう。
「む?その顔は疑っておるな?そなた、よもや帝国民ではないのか?」
「すみません。最近引っ越してきたばかりなので、ちょっと帝国の常識には疎くて」
イマイチ噛み合わない会話をしていると、のんきに笑っていたグリフォン男の顔がさっと鋭いものに変わった。
「命が惜しくば動くなよ小童!」
ヒュン!と何かが飛んでくる気配がしたので、魔法防壁で弾く。呪文刻印による探知魔法と、それに呼応して展開される攻性防壁。敵の攻撃に反応して、俺の命を自動で守ってくれる優れものだ。
なんでローリエやオリーヴに殺されかけた時には発動しなかったのかって?ふたりには反応しないように設定しているから、この世界のふたりにも反応してくれなかったんだよ。
「ん?」
「ぐわあ!?」
それは、10本近い投げナイフだった。恐らく毒でも塗ってあるのだろう。毒々しい液体が刃に塗られているそれが、防壁にプログラムされた呪文刻印により、投げた相手の元へと来た時の3倍のスピードで跳ね返っていく。
結果、自分で投げた毒ナイフが3倍速で自分に跳ね返ってくるという予想外すぎる展開に対応し損ねた襲撃者たちが、ドサドサと斃れていった。ひのふのみと、5人ぐらいだろうか。
「なんとなんと!小童!そなた面白い魔法を使うな!何者だ?」
「あなたの方こそ何者なのか伺いたいんですけど??なんか、まだ来ますよ!」
5人が死ぬとほぼ同時に、今度は散弾銃が4方向から俺たちに襲いかかる。全部魔法防壁に弾かれてるせいで、気分は雨の日のビニール傘から見上げる豪雨の雨粒のようだ。当然弾かれた弾丸が乱反射し、ゴミ袋がどっさり積まれたゴミ捨て場が酷いことになる。
だがそれも束の間。自分で撃った散弾が3倍速で自分に返ってくるというえげつない死に方をしてミンチになってしまった肉片が、血飛沫を路地裏に撒き散らす。わあグロテスク!ホラー映画のゴア描写も真っ青だ!辺り一面真っ赤だけどネ!HAHAHA!!
「ほう!ほうほう!やァるではないか小童!そなたのような魔術師が市井に埋もれていたとは!なんとも惜しいものよ!」
「うわ!?」
ポン、と、先ほどもらったばかりのグリフォン男の羽根が握ったままだった俺の手の中で弾けて煙になる。綿あめみたいな無性に甘ったるい匂いが俺の体に染みつき、すぐに消えた。なんだったんだ今の。
「うむうむ!よい!実によい!結果的にとはいえ俺の命を救い、見たこともない魔法の使い方をする!実に興味深い!決めたぞ小童!いや、名をなんと申す?」
「ポークです。ポーク・ピカタ」
うん、偽名なんだすまない。変な男に名前を教えたりついてっちゃダメって前世で教わったからね。
「ではポークよ!そなた、俺の臣下になれ!」
「へ、変態だ―!?」
咄嗟に逃げ出そうとする俺の首根っこを鷲掴みにする。鷲の翼だけにってかやかましいわ!というかでかいなこいつ!竜人形態になっても3mぐらいある師匠ほどじゃないけど、2m50cmぐらいあるんじゃないか身長。お陰で18歳になってもチビデブの俺がまるで子供扱いだ。
「おっと逃さんぞ小童!俺は執念深いタチでな!一度目をつけたものは人であれ物であれ、この世の果てまで追い詰めてでも掌中に収めねば気が済まんのだ!なあに、満更悪い話でもないぞ?給金も弾む!休暇もたっぷり与えよう!ちょうど王国との戦争も近き故、戦功を挙げれば地位も名誉も思いのままよ!」
「どちらも間に合ってますうー!!って、え?戦争?」
転移魔法を発動して逃走しようとした直後、無視できない言葉に一瞬動きが止まる。だが魔法は既に発動してしまい、俺は学院長室の奥の秘密の部屋に転移していた。
「ハー、ハー...」
なんだったんだあいつ。もし本当に王国と帝国の間で近々戦争が起こるというのなら、他人事じゃないぞ俺も。少なくとも元の世界線でも、俺が18歳になる年に戦争が始まる可能性がなきにしもあらずなわけだからな。
とりあえず、あのふたりに伝えるだけ伝えておくか。国王とも知りあいらしい学院長なら、きっとなんとかしてくれるだろう。
謎の新ケモおっさん現る!
果たして一体何皇帝者なんだ??