第56話 そもこの世界に飛ばされたのは
さあ、鬱展開を...振り切るぜ!!
「ブラボー!!ブラーボー!!」
猛烈なハイテンションで、お相撲さんみたいな体型しているくせにバレリーナのように軽やかにクルクルと踊る赤毛緑眼の熊獣人。そうだね、オークウッド博士だね。
世界線の移動には失敗したものの、あちらの世界との通信に成功した俺に、あちらの世界の博士が投げて寄越した女ものの指輪。サファイアだかターコイズだかわからないが、とにかく青い宝石のはまった小さな指輪。
一体これは何だろう?と考えたのだが、俺も学院長もただの指輪、それも、金貨2枚程度の価値もないような安物の骨董品、ぐらいのことしかわからなかったので、訊いてみることにしたのだ。そう、この世界にもいるであろうオークウッド博士本人にである。
「並行世界からの来訪者!それも、ただの狂人の妄言ではなく、紛れもない本物!世界線の移動とタイムラインの移動を同時に成し遂げさせるなんてさすがは私!天才!まさに超絶怒涛の大・天・さァーい!」
「そうですね、まさに天災ですね。それで、その指輪は何なのですか?」
「ああこれですか?母の形見ですよ」
さらっととんでもないことを明かされた気がする。
「私なら戻ってこないかもしれない誰かに貸すなんて絶対にしませんけどね!でも、並行世界の過去の私は君にこれを託した!ちょっと、一体どんな手を使ったんですか??私、自慢じゃないですけど他人にそこまで肩入れするような人間性なんて残してるつもりなかったんですけど??」
そんな大切なものを...ありがとう博士。実際、この指輪を見せたことで、この世界のオークウッド博士の態度は一変した。『私忙しいんですよー学院長、暇じゃないんですけどー』みたいな帰れオーラ全開から一転。蜂蜜たっぷりの紅茶に蜂蜜クッキーまで出してくれている。
「ひょっとして私の弱みとか握って脅し取ったりとかですか??自慢じゃないですけど後ろ暗いことには手を染めまくってますからね私!まあ、その縁もあってゴルド商会には人体実験用の奴隷とかたっくさん横流ししてもらった恩もありますから、君に協力することは吝かではないのですが!」
「その話、詳しく訊かねばならん類いのものかね?」
「ノォー!!そこは深く突っ込んじゃいけませんよマーリン様!!人類の発展のためにいつだって多少の犠牲は付きものデース!!あなたの後ろ暗い秘密、バラされたら困るでしょ??お互い様ネー!!」
拝啓、この世界のパパ。あなたの悪事が巡り巡って僕を救う結果に繋がってくれましたよ。師匠がくれたお守り。黄金の鱗から作られたペンダントトップと一緒に、親指サイズの小さな毒の小瓶が揺れる。
この世界のパパが俺じゃないホークのために遺してくれた形見。一応持っておこう、ということで、ペンダントの紐に師匠の鱗と一緒に通しておくことにしたのだ。師匠と、パパ。この世界では死んでしまったふたりの象徴とも言うべきもの。必ず帰るから、俺。
「さて、それじゃあ問題の並行世界を分断する防御壁についての議論検討実験アプローチングを始めていきましょうかッ!ウフフ胸が躍りますねェ!なんせ並行世界ですよ並行世界!!世界がひっくり返るような大発見です!まあ、明るみには出せない類いのものですがね!」
「ねえ、マーリン様。俺思うんだけど」
「おお、奇遇じゃな。ワシもじゃ」
その防壁、絶対こういうやべえ奴を出したり入れたりできなくするための代物だ!
気を取り直して。マッドな天災学者の協力を取り付けられたことで、わりと並行世界間移動を実現するための話し合いはかなり前進したように思う。そりゃ、この世界一と呼ばれる大賢者マーリンとタメを張れるレベルの狂人極まりない研究バカが結託したのだ。
「鍵となるのは恐らく女神と竜の力でしょうね!この世界を我ら人類種の繁殖のためにプランターに選んだ女神は、人類という名の種を食い荒らす害鳥や害虫が入ってこれないように世界を守る結界を張った!」
「同時にそれは、この世界の竜が他の世界に逃げていったり、逃げた先でその世界を乱したりできないようにするための檻にもなる?」
「ザッツライト!呑み込みの早い生徒は好きですよ!そして、君の持つその鱗のお守りは、君の世界線とこの世界線を繋ぐための錨になると同時に、君をこの世界から出さないようにするための判定条件に引っかかってしまう!」
「そのお守りなしで元の世界線と接続することは難しいが、そのお守りがある限りこの世界線から出ることは難しい、というわけじゃな。あくまでただの仮説ではあるが、ワシもその説に一票じゃ」
「なーに、そう難しく考えたことじゃありませんよ!繋げるだけ繋げたら、それをポイして君だけワープゲートを通過してしまえばよいのです!」
作戦としてはこうだ。まずこのお守りを使って、世界線の間にある結界防壁、長ったらしいので『世界の壁』と呼称するそれに穴を空ける。俺が空けた穴を学院長とオークウッド博士が拡げ、後はお守りを外して竜判定をなくした俺がその穴を通過するだけ。
もし失敗したら?この仮説の前提が間違っていたとしたら?その時はその時で、次の手段をまた考えればいい。やる前からあーだこーだ憶測だけでものを言いあうよりも、ひとつひとつ可能性をトライ&エラーで潰していった方が手っ取り早い、というのが俺たち三人の共通見解だ。
師匠がくれたせっかくの誕生日プレゼントを置いていかなければならないのは心残りだけど、でも元の世界線に戻って、生きてる師匠に会う方が大切だから、許してくれるだろう。
そもそもこれがなければ元の世界線を探り当てることはおろか、この世界線に来た時に記憶を保持したままでいることができなかったわけだから、もう十分不運不幸や災難や災厄から俺を守ってくれたのだ。これ以上を望んだらそれこそバチが当たるに違いない。
「さあさ時間を無駄にしている暇は一秒だってありませんよ!私すごーくドキドキワクワクしてきました!ささ!早速実験実験!」
オークウッド博士に急かされ、実験室へと連行されていく俺と、微笑ましそうに後ろからついてくる学院長。少しずつ少しずつ、希望の火が大きく燃え上がっていく。大勢の大人たちに助けられ、俺は、生かされている。