第54話 偉大な人にはそう呼ばれる理由がある
「坊ちゃん、朝ですぜ」
「うーん、まだ眠い」
「朝飯は目玉焼きにこんがり焼けたソーセージと、ガーリックバターを塗って焼いたパンとサラダとフルーツジュースだが、それでも二度寝するか?」
「起きます!」
バージルが、やれやれといった風に苦笑していた。オリーヴが、坊ちゃんを起こすにはこの手に限る、と頷いている。
「おはようホークちゃん!」
「おはようございます坊ちゃま」
ローリエが運んできたコーヒーを飲みながら、パパが新聞を読んでいる。食堂の隅ではパパから一番遠い席に座らされているけれど、それでも一緒に食事をすることを許されるようになったマリーとハイビスカスが、俺に気づき小さく手を振る。
「おうご主人、早く食わせろ!オメエが来ねえから俺らも食えなかっただろうが!」
「まあまあ、昨夜興が乗ったとはいえ、夜更かしをさせてしまった余にも責任はある」
クレソンがふんぞり返って、早く来やがれ!と手招き。たまに我が家を訪れるようになったハインツ師匠が、彼を取りなしている。
「なんだ、夢か」
「どうしたんだい?ホークちゃん。怖い夢でも見ちゃったのかい?」
「ううんパパ。今見てるんだ」
そう呟くと、温かな幸福は何もかもが夢のように消えてしまい、目が覚めた時には、窓から差し込む朝日が俺の顔を照らしていた。
この世界のパパの亡骸を魔法の炎で火葬して、そのまま不貞寝しているうちに、いつしか朝になってしまっていたらしい。独りぼっちになってしまった俺は、さっさと元の世界に戻るために気合いを入れることにした。
さて、現状俺はオークウッド博士の暴走させた、と言うと彼にだけ責任があるように聞こえるが、ノリノリでそれを撃たせた俺にも魔術師ギルド長にも責任があるので、まあ、1/2ぐらいは俺の自業自得だってことで。
とにかく、『全てを本来あるべき状態に戻す』魔法を受けてこうなっているわけだが、こんな世界クソくらえだ。本来あるべき世界の姿なんて知ったこっちゃない。パパが死んで、師匠が死んで、クレソンが死んで、バージルは刑務所の中で廃人みたいになってて、マリーが車椅子生活になってて。こんな世界、俺はいらない。正しさなんてどうでもいい。俺がいるべきは、正しくない世界の方だ。
だから、元いた世界線に、どんな手を使ってでも戻ってやる。
さて、覚悟を決めたところで、これが本来あるべき状態ならば、取れる方法は今ざっと考え付くだけでおおまかに三つ。
『パラレルワールドから元の世界に戻る』送還魔法を編み出すか、『あの世界をこの世界に再現して塗り潰して上書き再現する』魔法を作り出すか、『救助が来るのを待つ』かだな。
パラレルワールドというのは無限に分岐しているのか、それとも世界が分岐してしまうほどの重大な事件だけを起点にほんのいくつかの支流に解れているだけなのかはわからないが、そもそもが元の世界線の場所を探知。特定できるのか疑わしい。
ローリエの青髪が青か紺か水色かぐらいの微妙な差異しかないだけのパラレルワールドなんてものが無数に存在していたら、それこそ砂漠の砂の中から1粒の砂糖を探し出すようなものだからな。
元いた世界線を再現してみんなを俺が作り出すというのは、ただの人形遊びみたいなものだし、この世界で生きている人間たちにとっては迷惑極まりない話なので、できればあまりやりたくない。
俺が再現したところでそれは『俺が思うみんなの姿』でしかないからだ。彼らの何もかもを知り尽くしているわけではない以上、どこかで必ずボロが出る。
最後に、ただ待っているだけ。これは、結構確実なんじゃないだろうか。少なくともオークウッド博士らや学院長やら師匠やら、あの世界には世界の真理とも呼ぶべきものをわりと深いところまで知っている人間が沢山いる。
下手に俺ひとりがジタバタ足掻いているよりも、彼らがどこかに飛ばされた俺を探し出して見つけ出してくれるまで待っているというのも悪くない手かもしれない。が、確実性はないので却下だな。魔法の暴走に巻き込まれて死んだと思われていたら目もあてられん。
とりあえず、できることからひとつひとつ可能性を模索して、しらみつぶしにやっていくしかなさそうだ。幸い魔道具は作れるし、この世界のパパが遺してくれた最後の隠し財産、金貨三十枚ぐらいもある。
「そんなわけで、元の世界に戻りたいので協力してください」
「おやおや、これはこれは」
そんなわけで、確信的愉快犯こと偉大なクソジジイもとい大賢者、マーリン学院長のところへやってきたわけだ。さすがに学院に掛けられている防御結界と、学院長自らがあの退学宣言の瞬間に俺にかけた学院内への侵入を拒絶する魔法をぶち破ってワープ魔法でいきなり現れた俺に、学院長が目を細める。
「しかしのう、いきなりそのようなことを言われてもじゃ」
「心、読んでるでしょう今?御託はいいから、さっさと話を進めません?」
「お前さん、それが人にものを頼む態度かね?」
「そんなんだからハインツ師匠以外に友達がひとりもいないんですよあなた。お願いします。協力してください。これでいいですか?」
「...焦る気持ちはわかるが、まずは落ちつくのじゃ。焦っても、慌てても、よい結果には繋がらぬ」
18歳になってもチビ・デブ・ブスのままだった俺の頭にポン、と手を乗せ、学院長がその海のような色彩の瞳で俺の目を覗き込む。ああ、精神干渉の魔法の類いか。咄嗟に跳ねのけようとして、だけど、やめる。すっと荒れた心が落ち着いていく。自分の心が荒れていた自覚さえ、なかったのか俺。
「この世界の父が、首を吊って死んだんです」
「うむ」
「誰も、いないんです。この世界には、誰も。誰も!」
じんわりと涙が滲む。きつく拳を握りしめ、ボロボロ泣き始めた俺の頭を学院長が優しく撫でる。この俺がよりにもよって撫でポなんて悔しい!でも泣いちゃう!
たぶん俺は、この世界でも生きていけるだろう。新しい人脈を作って、新しい人間関係を築いて、そうやって生きていくことだってできるだろう。
でも、それでも、みんなに会いたい。
「お願いします...手伝ってください...」
「...顔を上げなさい」
頭を下げる俺に、学院長が微笑む。
「君が首から提げているそのお守り、ハインツの鱗じゃろ?」
「ええ」
「この世界では自ら死を選んでしまったあやつが、己の一部を分け与えるほどに君を信頼した。とても、とても興味深いことじゃ」
来なさい、と学院長が本棚を弄くると、ガコっと隠し扉が開く。迷子の幼子を導くように、学院長の枯れ木のような手が、俺の手をゆっくりと引く。不思議と、不快感はなかった。恥ずかしさも。





