第50話 汝のあるべき姿に戻れが通じない世代
5章は結構重かったり欝だったりする展開が続くかもしれませんが、最終的にはハッピーエンドになりますのでご安心して暗く重たい話やライトな絶望感を気軽にお楽しみくだされ!
あと閑話の前に49話を急遽差し込みましたので、まだ未読の方はそちらもぜひ
無属性魔法の真実。それは、全ての魔法の基盤が最初から無属性であり、人間がその効能をより鮮明にわかりやすくイメージしやすいように、勝手に後から属性を付け足して魔法の効果を補強しているに過ぎないということ。
例えば、ただ『速く走れ!』よりも、『風のように速く走れ!』といった方が、具体的にそれがどう速いのかを想像しやすい。『雷のように速く走れ!』だともっと速そうだ。
『力よ強まれ!』だけでは、どれぐらい力を強化すればいいのかがわかり辛い。『力よ強まれ!大地よ!我に岩をも砕く力を』だとわかりやすい。実際、岩を砕けるぐらい力がパワーアップしてくれるだろう。
では、逆はどうか?無属性魔法の適合者とされたヴァンは、無意識のうちに『魔法の力なんて自分にはない』と思い込むことで、『自分と魔法は無縁のもの』と認識している。それが恐らく、彼の全ての魔法を打ち消してしまう体質の正体。
それを再現するにはどうしたらよいか?というのが、大学院での俺の研究テーマだ。
「行きますよーホークくん!準備はいいですかァ!」
「ああ、いつでも構わない。遠慮なくやってくれ」
「それでは思い切ってェ、燃えよ炎!骨まで焼き尽くせ!」
ごう!と触れれば一瞬で骨まで焼き尽くされてしまいそうな炎が、強化ガラスで隔離された実験室内に巻き起こる。一瞬で酸素が薄れ、酸欠になってしまいそうになるのをふたりして風の魔法で正常な空気を肺の中に直接生み出しながらカバーしつつ、オークウッド博士の炎の魔法が俺を襲う。
ちなみにこの強化ガラス、ただのガラスと侮ることなかれ。前世の記憶をフル活用して、機関銃の直撃にも耐え得る防弾ガラスをイメージして作り上げたかなり頑丈な代物だ。『脆さの代名詞みたいなガラスをよくここまで強化出来ましたねェ!?』とオークウッド博士にも変態扱いされた逸品である。
「消えろ!」
消える。
「再び燃えよ炎!」
「空気中に含まれる可燃性の元素よ炎から離れよ!」
徐々に鎮火する。
「ワンスモア!」
「水...は惨状になっちゃいそうだからダメか。では火のエレメントよ!土のエレメントへと変質せよ!」
おお、炎がなんか焼かれた陶器っぽくなってボロボロと崩れ落ちていくな。
「もいっちょ!」
「燃焼中止!火よ、燃えることをやめろ!」
「まだまだァ!!」
「時を巻き戻れ!燃え始める前に!」
さて、ここまで見てもらえばわかる通り、必ずしも呪文とは正確である必要はない。そして、一口に魔法で火を消すといっても、そのアプローチが様々であることは理解して頂けたと思う。やはり魔法はイメージの力だと強く実感させられますねこれは。
「ふむ、やはりシンプルに、人間の手によって意識的に変質させられたエレメントを本来あるべき正常な姿に戻すというのが一番効果的に魔法を打ち消せるようですねェ?」
「そうですね。もし呪文刻印によってその式を宝石や武具に刻むことができたなら、恐らく『マジックキャンセラー』とも呼ぶべき魔道具を全ての人間が容易く使えてしまうようになる」
「これは大問題ですよお!ええ!大問題です!戦争の歴史が大きく変わってしまいますからねェ!」
「そうなってしまえば我々魔術師は廃業になりかねんな」
「ええ。ですので、『魔法を無効化する魔法を無効化する魔法』かあるいは『無効化されない魔法』というものを今度は模索していきましょうか」
「実に面白いッ!そして魔法を無効化する魔法を無効化する魔法を無効化する魔法や、無効化されない魔法を無効にする魔法と、延々いたちごっこを繰り返していくことになったら吾輩笑い死にしてしまいますぞ!」
ワッハッハッハ!と大柄な体とお腹を揺さぶって爆笑する熊さんたちと、やりたい放題好き勝手に研究ができるマッドな大学院の研究棟は、俺にとってまさしく天国だった。
何せ魔法は面白い。しかも、打てば響くように1の質問に100の仮説が返ってくるような飛び切りの研究バカの熊さんと、魔法のためならこんな世界滅びてしまっても構わないと言い張るような魔術師が揃っており、そこへたまに面白半分に学院長や竜人の姿になった師匠が首を突っ込んでくるのだから。
もうやりたい放題の無法地帯だ。大学の時はまだ良識ある学生さんたちが傍にいてくれたからよかったが、大学院になってくるともう変人奇人の魔窟状態。倫理観も良識もかなぐり捨て、それこそ異端審問官が大挙して押し寄せてきてもおかしくないような冒涜的研究に明け暮れる日々。そんな日がな一日女神を蔑ろにしまくるような研究を繰り返していたバチが当たったのだろうか。
「ホークくうーん!?」
「どわあ!?」
「いかん!ホーク!」
対象を本来あるべき元の姿に戻すことで、魔法を打ち消す魔法。その研究の最中、オークウッド博士の撃ったその打ち消し魔法が暴発して、世界が大規模に歪み始めたのだ。まるで室内にマイクロブラックホールが出現したかのごとく、暴風と重力と光の洪水とでしっちゃかめっちゃかになり暴走していく最中。
そんな魔法の直撃をもろに受けた俺は、果たしてどうなったでしょうか?
1.前世の記憶を失い、女好きのバカ息子ホークに戻る
2.転生したことそのものがなかったことにされ、元の世界に帰還させられる
3.外見だけ日本人の男子高校生の姿に戻る
「ホーク・ゴルド。そなたを退学処分とする」
おや、学院長。ここはどこですか?校庭?学院長の背後に並び立つ、どこかで見たことのある顔。しかし、高校生ぐらいに成長しているのはリーズンホワイ?
「それだけではございませんわ!あなた方親子は、国外追放処分と致します!」
おやローザ様。随分とお美しく成長されましたね。
「殺されなかっただけでもありがたく思いやがれ!このクソ豚!」
今にも俺を斬り殺したくて堪らないみたいな殺気をプンプン放っているのはハイビスカス。
「二度と私たちの前に現れないでください!」
髪が以前よりも伸びているミント先生も険しい顔だ。
「さようなら、お兄様。いいえ、あなたを兄と呼ぶことも、もうないでしょう」
君、マリー?車椅子に乗っているけど怪我でもしたの?
「消え失せろ!」
「出ていけ!」
「永遠にいなくなれえ!」
他にもどこかで見覚えのある高校生ぐらいの美女たちが、侮蔑や軽蔑や憎悪の表情で俺を睨みつつ、石でも投げ付けてきそうなぐらい怒りに、恨みに顔を歪ませている。
「...」
あ、集団の後方にリンドウがいた。君は姿変わらないまんまなのね。そりゃそうか。
「永遠にさようなら、ポーク様」
今ポーク様って言った?何故かチェリオではなくヴァンの傍に寄り添いながら、強い拒絶を示す彼女はサニーじゃないか。成長してもそばかすは消えないまんまなのね。
なるほどなるほど、そうか。やけに体が重たいし、顔や頭はなんか痒いし、ハアハアゼエゼエと呼吸が苦しいと思ったら、そういうことか。
ここは『4.前世の記憶に覚醒しなかった場合のホークがそのまま成長した未来』で、いいのかな?





