第400+4話 怪物 NOT FOUND
「何者……いや、『何』だ? テメエ!」
「まあまあ、そんなに怯えないで。大丈夫、ボクハコワクナイヨ。トチ狂ってお友達になろう? 俺、友達甲斐のある奴だからさ。金銭的に」
「ふざけんな! 誰がテメエみてえなバケモノなんかと!」
クレソンとの二度目の初めましては散々な結果に終わった。俺を一目見ただけで全身の毛がブワっと逆立ち、瞬時に臨戦態勢になったのだ。奴隷の首輪のせいでお客を傷付けることはできないんだけどね。げに鋭きは野生の勘、という奴だろうか。傍目にはただのチビデブにしか見えない俺がこの世界に紛れ込んだ異物であることを瞬時に見抜くその嗅覚はすごいが、でも残念。ホークちゃん様からは逃げられないのだ。世界中どこに逃げても必ず追い詰めて捕まえるからウフフ。
「おい! お客さんに失礼なことを言うな! このバカが! いやあすみませんねえ坊ちゃん。躾がなってなくて。でも、こういう反抗的で生意気なデカブツを己の言いなりにするってのも楽しいもんでしょ? どうです? 試しに土下座でもさせてお詫び入れさせてみましょうか?」
「いや、構わないよ。むしろ気に入った」
「こいつは東方から仕入れた世にも珍しい山猫の獣人でしてね! いかがです? このオレンジの毛並み、綺麗でしょう? 皮を剥いで絨毯にするもよし! 剥製にして飾るもよし!」
「いいね。頭も回るし空気も読める。そいつをもらおうか」
「毎度!」
「ふざけんな! 俺ァ嫌だぞ! 近付くんじゃねえ! このバケモノ!」
「おいおい、こんなにも可愛らしい子豚ちゃんを捕まえて酷い言い草だなあ。大丈夫? ほら、周囲が呆気に取られてるよ? 俺みたいなガキにそんな過剰反応してたらビビリだと思われちゃうんじゃない?」
「うるせえ! テメエに買われるぐらいならビビリだと思われてでも買われずに済む方がよっぽどマシだっ!」
「お、おかしいですね? こいつは部族の中でもとびきり勇敢な戦士だったはずなんですが、気でも触れちまったかな? あはは……。おい『おとなしくしやがれ』この駄猫が! 」
「勇敢だろ? ちゃんと恥を掻き捨ててでも逃げるべき時を見極めて全力で逃げ出そうとする勇気を持ってるんだから。ま、無理なんだけど」
檻の中で大暴れするクレソンを奴隷の首輪の効力で無理矢理おとなしくさせた店主が、オロオロしながら愛想笑いを浮かべ俺を見下ろす。クレソンの隣にいた猫耳女もそんなクレソンの様子に驚きを通り越して不安を覚えたのか、怯えたような目で俺を見た。こんなにも取り乱すクレソンをバカにするのではなく、きちんとそれだけの異常事態が起きているのだと察知できる辺り、彼らは種族として優秀な部族だったのだろう。それなのになんでこんな奴隷商人に捕まったのかは永遠の謎。
「短い付き合いになるかもだけど、よろしくね、クレソン」
「なんで俺の名前ッ!?」
13年前のクレソンと今の俺の間には圧倒的かつ絶対的な実力差がある。波乱万丈な人生の荒波に揉まれ転がされ鍛え抜かれた確かな実力とチート能力+αに裏打ちされた自意識は、ともすれば傲慢に映るかもしれないが、内心俺のテンションは冷えっ冷えのサゲサゲ↓↓だった。
(或いはだからこそ、か)
イライラする。すごく。俺たちが積み上げてきた13年間を、こんな形であっさり没収されたことが。誰の仕業か知らないが、馬鹿にするなと言いたい。オリーヴやバージルが俺を子供扱いしてくれないのも、ローリエが完全に敵対してしまったのも、クレソンからバケモノ呼ばわりされるのも、そういう意味では自業自得ではあるのだろう。
「おっと、そうだった。初めまして。俺はホーク・ゴルド。君の名は?」
「……」
「『名前』」
「ッ! クレソンだ! さっきテメエがそう言っただろうが!」
奴隷の首輪の絶対服従能力が発動し、強制的に名乗らされたクレソンの顔が苦渋と怒りに歪む。いいね、現時点ではどう足掻いても絶対に勝てない、と本能的に理解らせられてしまった相手に更に奴隷の首輪までつけられて服従させられているのに心が折れてしまうことなくまだ反骨芯を抱けるだけの気概が残っているのなら、それでこそクレソン。借りてきた猫のようにおとなしくされても張り合いがない。
クレソンは俺に向かってそんなこと言わないよねェ!? と逆ギレするどころかむしろ、俺は嬉しかった。だから笑ったのだけれど、そんな俺の歪んだ笑顔にクレソンも奴隷商人の男も、オリーヴさえも顔を引き攣らせる。あーヤダヤダ、早く元の世界線に戻りたい。俺だってこんなことしたくない。事件解決の糸口を探してはいるものの未だ目途が立たない焦りが、俺をイラつかせているのは間違いない、んだけど。
――
(力を抑圧、いや隠蔽すべきだな)
初対面のクレソンにメチャクチャ警戒されてしまったことで、俺は己を弱く偽ることの重要さに気付いた。今のままでは『ここに異物が紛れ込んでますよー! バケモノがここいまーす!』と大声でアッピールしているようなものだ。目立ちたくないのに目立ってしまうなんて転生者冥利に尽きるだろって? それはそうかもだけど、不便だから、ネ?
(エレメントを濃縮還元。超圧縮してエーテルの膜で包み込んで擬態。この世界の人間にとってエーテルは未知の魔力物質だろうから、たぶん意識しなければ認知するのは難しいはず。ばれないように隠蔽)
日本人が空気中に漂う魔力を認知できないように、この世界の人間がエーテルを意識的に認識することが難しいであろうことを利用して、俺は己の膨大な魔力を包み隠した。これならただの無力な子供に見えるはず。俺は仏頂面で紅茶を飲むクレソンに話しかける。
「どう? これでちゃんと人間に見える?」
「ああ。不気味なぐらい、ただのガキにしか見えねェよ」
「君がそう言うなら間違いないだろうね。成功成功」
死ぬほど不服、むしろ殺された方がマシ、と顔にデカデカと書いてあるクレソンとの関係性は、非常に上手くいってない。初手で奴隷の首輪の効果を使ってしまったのが不味かったらしく、どれだけ甘やかしてあげても一向に懐く気配がないのだ。考えてみれば、俺はクレソンに対して奴隷の首輪の効果で無理矢理言うことをきかせたことは一度もなかったな。なるほど、またしても初手から判断を誤ったわけか。
道理で一緒にお風呂に入ろうとすると全力で拒否られたわけだ。内心ちょっぴり傷付いてしまったが、彼が嫌がるにもそれなりの理由がある。まさに因果応報。俺の振る舞いがそのまま好感度という目に見える形で跳ね返ってくる以上、この世界への未練もままなくなる。
ま、当たり前か。慣れ親しんだ大好きなみんなから独りだけ引き離され、俺のことを知らない頃のみんなともう一度初めましてからやり直せ、なんて言われたら、嫌に決まってる。バージル、オリーヴ、クレソン、ローリエ。まだ出会ってないガメツの爺さん、学院長、オークウッド博士にハインツ師匠。イグニス様とローガン様、カガチヒコ先生やシェリー、オレガノのオッチャン。会いたいな、と俺は紅茶を飲みながら猛烈に俯いてしまった。逆に父さんだけはどこの世界でも父さんで安心したけど、それでもやっぱりこっちの父さんとあっちの父さんは違う。
「おい、また漏れてんぞ」
「おっと、いけないいけない。平常心平常心」
世界を包み込んだ卵の殻のような檻はまだ破れていない。別の世界、別の時間に移動しようとすると静電気でも走ったように弾かれる。一体何をどうすれば卵の殻を破って元に戻れるのか。このまままた18歳になるまでこの世界で過ごせ、というのはさすがにご遠慮願いたいので、そろそろ腹を括って大胆に動くべき時が来たのかもしれない。クレソンの言葉を借りるなら、『俺ァ気がみじけェんだ!』。いつまでも打破できない障害物を前に、ダラダラと足踏みしているのは俺のガラじゃない。
前世、俺はループ物の作品は結構好きだった、アニメも漫画も小説も映画も好き好んで読み漁るぐらいには好きなジャンルだった。でもいざ自分が当事者になってみると、ちっとも楽しくない。知ってる相手がこっちを知らない奴、頭のおかしな扱いしてくることがどれだけのストレスか、身をもって痛感させられてしまったからだ。ループ物作品の主人公たちはすごいよ。どんだけメンタル強いんだよ。いやメンタルが弱くてもそれでも必死に足掻くからこそ、彼らは主人公足り得るのだろう。であれば俺も『主人公』らしく、必死に足掻いてやろうじゃないか。
「おい」
「なあに?」
「何をそんなにムカついてるのか知らねェけどよ、それをぶつけられる周りはいい迷惑だぜ。ガキっぽい癇癪起こしてェなら、どっか人里離れた誰もいない山奥にでも行って独りでキレ散らかしてこい」
「ナイスアイデア。それ採用。いやはやごめんね。悪かったよ。赦してくれとは言わない。でも、謝る」
俺が素直に謝ると、こっちのクレソンは驚いて目を丸くした。そんな反応するくせに言うべきことはキッチリ言うんだから、さすがだ。
「ちょっとやりたいことができたから、後は適当に過ごしてもらって構わないよ。あんまり屋敷の物壊さないでね。交換が面倒だから。それと、おやつは黒毛の山犬獣人かハゲ頭のおじさん、もしくはおっかない顔の青髪のメイド長に言えばもらえるだろうから好きに食べて」
「お、おい!? ったく! なんなんだよテメエはよォ!」
転移魔法で掻き消えた俺に向かってクレソンが叫ぶ。俺が何者かって? それを今から再認識するために、俺が俺らしくあるために、頑張ることを決めたんだよ。もううんざりだ、こんな状況! たとえこの世界がどうなってしまったとしても、俺は世界の殻をぶち破る! もう待てない! 今すぐみんなのところに帰る! 帰るんだよ俺はよォ!





