第400+1話 裏の顔を持ってる青髪メイド
頭がズキズキと痛む。俺は寝苦しさに目を覚ました。窓から差し込む朝日。何かが違和感。
「気が付かれましたか? ホーク坊ちゃま」
「ローリエ? なんで俺の部屋に?」
起き上がろうとして、頭が痛んだ。階段から転げ落ち、頭を強く打ったのだから当然だ。いや待て、昨夜は普通に寝たはずだ。階段から落ちたのなんて、それこそこの世界に転生したばかりの頃一度だけだぞ? 起き上がろうと伸ばした手がいつもより小さく感じられる。違和感の原因はこれか。いつもよりベッドがデカい。いや、俺が小さいのだろう。
「痛ッ!」
「ご無理をなさらず。階段から落ちたのですから」
気遣うような言葉とは裏腹に、冷ややかな眼差しで俺を見下ろす彼女の瞳はどこまでも冷たい。こんな冷たい視線を向けられたのは随分と久しぶりな気がする。何か怒らせるようなこと、したっけ?
「なあ、ちょっと訊きたいんだけど」
「はい」
「俺って今、何歳?」
「……つい先日5歳になられました」
そういうことかよクソッタレ、と俺は心の中で悪態を吐いてベッドに仰向けに寝転んだ。頭に巻かれた包帯。ズキズキと痛む後頭部。俺が初めてこの世界で前世の記憶を取り戻した日だ。
「鎮痛剤は、ないんだっけか」
「既に注射して頂きました。効果の強いものですので」
「経口薬との併用は危険を伴う、だっけ」
俺は手の平に魔力を込めると、それがきちんと作用することを確認し、己の額に手の平を当てた。痛みが消えていく。いや、消えたのではなく感じないようにしただけだが。魔法は問題なく使える。エレメントだけでなく、体内を流れ始めたエーテルの存在も感知できる。
「……ひとつ、お尋ねしたいことが」
「何?」
「あなた様は一体、どちら様でいらっしゃるのでしょうか?」
「どちら様だと思う?」
眼鏡をかけた青髪のメイドが冷たい目で俺を見下ろしている。そうそう、この時は眼鏡かけてたんだっけ。って、懐かしい気持ちになってる場合じゃないな。俺は起き上がり、ベッドの上で胡坐を掻く。緊急事態とはいえ彼女の目の前で魔法を使ってしまったのは失敗だったな。階段から落ちる前までのホークに、魔法が使えたわけがない。
「その質問、ちょっと不用意すぎない? メイドが主人に向ける台詞じゃないよね」
ジリ、と緊張感が走った。ローリエは無表情だが、その視線はあきらかに戸惑っている。誰だこいつは、という違和感が確信に変わりつつあるのだろう。いつでも武器に手を伸ばせるように、警戒しているのが丸分かりだった。13年前の彼女がまだ青いのか、それとも俺が13年分成長した成果なのか。たぶんその両方。
「ああ、質問の答えがまだだったね。どちら様と言われても、俺は俺だ。ホーク・ゴルド以外の誰に見える?」
「……」
「しつこいぞローリエ。一介のメイドの分際で……えーっと、なんだっけ。偉そうに口を挟むな、だったかな?」
はい駄目。彼女は躊躇うことなくスカートの中に隠された拳銃を引き抜き、銃口を俺に向けた。引き金にかけられたその指に僅かな戸惑いはあれど躊躇いは感じられない。とはいえ、さすがにこの場で射殺はできないだろう。威嚇というより威圧か。拷問モード一歩手前の迫力を感じるが、恐怖は感じなかった。
「もう一度だけ訊きます。あなたは何者ですか」
「その質問に答える義理ある? まあ、あるんだけど」
空間転移。彼女の目にはベッドに寝ていた俺が一瞬で消えたように見えるだろう。振り向かせる暇もなく彼女の背後に回り、空中に浮かんだままその首筋に魔法で生み出した氷の刃を突き付ける。カガチヒコ先生からもらった名刀アケガラスは手元になし。
魔法で呼び出そうとしても現れない。たぶんまだこの世界、或いはこの世界線に存在していないものは呼び出せないのだろう。重量制御でピタリと空中に静止しながら、俺はため息を吐く。俺の大事な愛刀だったのに。
「そうそう、話の続きだけど。君たち使用人は、黙って主に仕えるのがお仕事だよね。微妙になんか台詞が違う気もするけど、まあいいや」
一触即発。俺の知ってるローリエがレベル100だとすれば、今の彼女はレベル70ぐらい。弱くはないんだけど、脅威じゃない。なんて偉そうに言ってるけど、俺の力まで巻き戻っていたら抵抗できなかっただろうから、非常に危険な状況だった。不幸中の幸いって奴?
「ごめんね。俺、今すっごく機嫌が悪いの。やつあたりしたいわけじゃないから、ここは目を瞑ってくれない? 君は何も見なかった。お互い今まで通りの関係でいようよ。そうすれば誰も傷付かず、傷付けずに済むからさ」
「……」
選択の余地はなかった。だって与えてないからね。彼女はこちらを振り向くことなく、拳銃をスカートの中に戻す。抵抗しなかったのではない。させなかったのだ。それぐらいのことなら今の俺にはできるし、だからこそ今ここにいる俺が異物であることを彼女は確信したに違いない。今朝までただのエロガキだったホーク・ゴルドがまるで別人なのだ。
「OK、質問は後で受け付ける。約束するよ。ただし今は駄目」
「……」
「ありゃ、返事もしてくれなくなっちゃった。ま、無理もないか」
彼女の首の裏から氷の刃を退けると、そのまま裏拳や回し蹴りが飛んでくることはなく、即座に距離を取られた。警戒されてるなあ。当たり前だけど。
「『君は何も見なかった』。復唱」
「……わたくしは何も見ませんでしたッ!?」
両手で口を押えてくぐもった悲鳴を上げるローリエ。変装用の眼鏡の向こうから、射殺さんばかりの鋭い視線が飛んでくる。ごめんね、闇の魔法による契約を使うのはガメツの爺さんと初めて会った時以来かな。約束を破ったら命にかかわる呪い。あの時はフェアに明かしたけど、今回はアンフェアすぎる騙し討ちだから、怒られて当然だと思う。でも今はそれが必要だから、仕方がない。
「貴様!」
「"坊ちゃま"だろ?」
有無を言わさぬ一睨み。俺は悲しい。なんだってローリエとこんなやり取りをしなければならないのか。一体こんなことになってるのは誰の仕業なのか。時属性魔法で時間に干渉しようとしても弾かれる。未来に行けないし、過去にも戻れない。またいつかの如く並行世界に移動させられたのかと思い世界の壁を壊しにかかっても弾かれる。パソコン画面でエラーがボンッ! と表示されまくるような不快感。
てことは、逆に言えば明確に誰かが邪魔してやがるのは確定的にあきらかなわけで、その点に関しては逆に安心したけどね。原因があるのならそれを取り除けばいい。問題は、それをやってる相手が誰かってこと。そんな神様みたいなことできる奴、だーれだ?
「……ごめん。ちょっと、というか完全にやつあたりだった」
「……」
沈黙を貫くローリエに、俺は肩を落とした。やだなあ。凄くヤダ。誰の仕業か知らんが、もう一度、いやもう二度5歳児からやり直せと言うのなら、俺は断固としてお断りしたい所存である。大人になった俺が言ってためんどい事って、ひょっとしてコレ?





