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第365話 誘拐事件解決RTA

「善は急げ、という言葉がある」


「よくご存じで」


「まして知り合いの人命がかかっている以上、省ける手間は省くに越したことはないよね?」


「一理あるかと」


「だから俺は悪くない」


「善か悪かで言えば、善行を為したことは間違いありませぬな」


「……一緒に事情を説明してくれる?」


「主殿がそれをお望みとあらば、幾らでも」


さて。俺とカガチヒコ先生は現在、気絶した半裸のキルシュ先輩を俺の部屋のソファに寝かせ、泣き喚く赤ん坊を先生にあやしてもらっている状態だ。いつまでも目覚めない先輩の横で腕組みする俺と、程なくして赤ちゃんを泣き止ませることに成功したできる男カガチヒコ先生。時刻は夜の8時過ぎ。つい今し方ローリエが『おふたりが誘拐されました』という報せを俺に報せてからまだ10分も経っていない。


誤解しないで頂きたいのだが、実はふたりを誘拐したのは俺、というわけでは断じてない。状況だけなら完全に俺が黒幕と勘違いされてしまっても致し方ない状況ではあるのだが。いや違うんだ。俺はただ、今から王宮に行って話し合いをして救助作戦を立案している暇があるなら召喚魔法でキルシュ先輩と赤ちゃんを直接この場に召喚した方が早いんじゃないかと考えただけなんだ。


だってモタモタしてたらふたりが、或いはどちらかが殺されてしまってもおかしくはないわけだし。明日助けに行ったら既に手遅れでした、みたいな状況になって後悔するぐらいなら、手っ取り早く先に身柄を確保した方が絶対いいじゃんって考えてしまっただけなんだ。


「少なくとも、主殿に悪気がないことは殿下もゴリウス殿も理解してくださるかと」


「だよね」


ローリエには『ふたりが誘拐された』という報せを我が家に持ってきてくれた密偵さんに『ふたりの身柄を奪還した。どちらも無事だから安心してくれ』とピクルス様とゴリウス先輩に伝えてもらうべく手紙を握らせてある。お相手さんからすれば訳が分からない状況だろう。誘拐された妻子が何故数分後には救助されているのか。ともすれば本当に俺が自作自演してるんじゃないかと疑われかねない状況である。


召喚魔法とは本来召喚契約を結んだ相手を呼び出す魔法だが、呼び出した未契約の相手とその場で召喚契約を結ぶべく交渉することもできる。前者は使い魔召喚、後者は悪魔召喚なんかが有名どころかもしれない。術者の腕次第で問答無用で契約を強要することも可能だが、生半可な術者がそれをやると呼び出した相手に激怒されて殺される可能性が高いので推奨はしない。


話が横道に逸れたが、俺は召喚魔法で無理矢理『キルシュ・ラウララウラ並びにその子供』を指定して召喚魔法を行使した。だから彼女たちはここにいる。ただそれだけのことだ。恐らくふたりは別々の部屋に監禁されていたのだろう。猿轡を噛まされ、ボロボロの状態でいかにも鎖に繋がれてましたーと言わんばかりの酷い有様だったキルシュ先輩と、泣き声がうるさかったのか布で口を塞がれるという完全に虐待の有様で現れた赤ちゃんの様子から察するに、『手段を選ばずとっとと助け出してからその後のことを考えるべき』という俺の判断は間違ってなかったと思う。


とりあえず召喚魔法陣の上に死体が現れなくて心からよかったと思う。死体の配達なんてメーガーミーツでもやらないだろう。その場で殺さず生かしたまま連れ去った時点でなんらかの取引のために生かしておくだろうとは思っていたが、それでもだ。体の一部を切り取って相手の家に送り付けるなんてのは、誘拐犯や脅迫者の常套手段だからなあ。


「……う……ん?」


「お目覚めですか? キルシュ先輩」


「ゴルド!?」


ガバっとソファから跳ね起きた彼女は、錯乱した様子で血相を変え周囲を見回す。だがカガチヒコ先生の腕の中で自分の子供が元気にしているのを視認すると、急ぎ立ち上がろうとして脚をもつれさせて転んでしまった。が、そんなことはお構いなしに立ち上がり、カガチヒコ先生から赤ちゃんを受け取って、強く抱き締める。


「よかった! 本当によかった!」


「ほんとですよ。よかったです、母子共に無事で」


「君たちが助けてくれたのか?」


「ええ、まあ。落ち着いて、と言っても難しいでしょうが、ひとまずここは安全地帯ですので安心してください。ゴリウス先輩たちには今連絡を入れましたので、しばらくすれば到着すると思います」


「感謝する! 本当に、本当にありがとう!」


カガチヒコ先生に頼んで鎮静効果のあるお茶を厨房から調達してもらっている間に、俺の部屋に戻ってきたローリエに頼んでキルシュ先輩に回復魔法をかけてもらう。勿論その間、男性陣(おれ)は部屋の外へ。暴行された形跡のある先輩の体を軽く診てくれたローリエが彼女に回復魔法をかけ終えたところで『もういいですよ』と部屋に入る許可をもらった俺たちは、ようやく落ち着きを取り戻した先輩から一連の事件に関する事情を聴き出した。


「子供の顔を私の家族、ワッサー伯爵家の人間に見せるため、私たちは数日間里帰りをすることにしたのだ」


ワッサー伯爵家に数日滞在した後、彼女は今日の昼頃ラウララウラ伯爵家に帰宅すべく伯爵家の馬車に乗り込んだ。が、その帰り道で馬車を襲撃され睡眠魔法で生み出されたガスを嗅がされてしまい、気付けば誘拐犯のアジトに監禁されていたらしい。なるほど直接戦っても勝てない相手を搦手で罠に嵌めるのは戦術の基本だ。


「連中の目的は身代金と私自身だと言っていた。なんでも奴らの親玉がゴリウスのせいで逮捕され縛り首になったことを恨んでの犯行らしい。そういった逆恨みは、騎士や警官であれば左程珍しいものではないからな」


「あなた方についていた護衛はどうしたんです? ゴリウス先輩は腕利きを揃えたと豪語していましたが」


「相手は余程の手練れだったのだろう。気の毒なことに、全員殺されてしまったよ。私も加勢したかったのだが、この子を片腕に抱えたままでは難しかった」


「現役の騎士のお眼鏡にかなう程の腕利きの護衛が何人もいたのに、全員やられたと? 相手はそれほどまでに強かったのですか?」


「そうだな。馬車のドアが抉じ開けられたかと思えば、隙間から睡眠魔法による睡眠ガスを流し込まれてしまった。あの手口の鮮やかさは相当なやり手だったと思う」


半端なゴロツキやチンピラ崩れ程度にしてやられるような人間をゴリウス先輩が母子の警護のために雇うとは思えないので、やはり何か裏があるのではないかと俺は考える。キルシュ先輩自身もそう感じているらしく、必死に襲撃犯の顔などを思い出して記憶を辿っているようだったが、しばらくして黒幕に心当たりはないと首を横に振った。


「護衛の皆には申し訳ないことをした」


「否。護衛対象を守りきれずに殺されてしまった以上、それは契約不履行による自己責任に過ぎぬ。その者たちもそういった生業であることを承知の上で護衛の仕事を引き受けたのだから、そなたが心を痛める必要はあるまい」


「それでも、誰かが私たちのせいで死ぬのは心苦しいことに変わりはない」


カガチヒコ先生に慰められ、キルシュ先輩は渇いた喉を鎮静効果のあるお茶で潤す。暴漢に襲われ子供共々誘拐されたのだ。どれだけの恐怖が彼女を苦しめたかは想像に難くないが、少なくとも俺なんかが想像するよりよっぽど心に傷を負ったに違いない。どれだけ身も心も強い騎士であろうとも、それでも彼女は人間なのだ。そして、ゴリウス先輩も。


「キルシュ!」


「ゴリウス!」


その時である。バーン! と俺の部屋の扉が開いて、ゴリウス先輩が大急ぎで駆け込んできた。息せき切って呼吸を荒げ、激しく肩を上下させながら、ソファに座りお茶を飲んでいた奥さんと、彼女が抱いている我が子を視認した瞬間、ブワっと彼の目から涙が溢れ出す。


「キルシュッ!」


「ゴリウスッ!」


「ああ! ふたりとも無事でよかった! 本当によかった! 酷いことはされなかったか!?」


「平気だ! 私もこの子も無事だ!」


「ホーク! ありがとう! 本当にありがとう! この恩は一生忘れないぞ!」


「うわっぷ!?」


奥さんと子供を抱き締めて号泣していたゴリウス先輩が、今度は片腕を伸ばして抱き寄せた俺を抱き締める。奥さんと子供とついでに俺を抱き締めながら、ゴリウス先輩はワンワン男泣きし始めた。大袈裟な、とは言うまい。なんせ愛する奥さんと産まれたばかりの赤ちゃんが誘拐されたのだ。とてもじゃないが胸中穏やかではいられなかっただろう。


……それはそれとして、先程からふたり揃って子供の名前を具体的に呼ばずにいる辺り、ひょっとしてまだ名前をどれにするか決めかねているのだろうか。いい加減決めたれよ。いや今はそれどころではないのは確かなんだけれども。


「いつもながら君には驚かされてばかりだ! 一体どんな手品を使ったんだ?」


「その種明かしは当然僕らにもしてもらえるんだよね?」


ゴリウス先輩が盛大に開け放ったままにしてあったドアのところに、ピクルス様が立っている。ゴリウス先輩にハグされたまま助けを求めるようにカガチヒコ先生に視線をやると、彼は任せろ、と言わんばかりに頷いた。


「とりあえず追加のお茶をお願い、ローリエ」


「かしこまりました」

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