第4話 続・護衛面接を受けに来た赤髪女冒険者
前回のあらすじ。
護衛を探すために募集をかけたところ、三人のB級冒険者が候補に残った。
前回のあらすじ終わり。
正直、いかにもやられ役の噛ませ犬っぽいハゲマッチョおっさんと、警察犬っぽい顔立ちのイヌ科の獣人おっさんと、赤髪の美少女剣士が残ったこの時点で、ものすごーく茶番臭がする。
この手の異世界転生モノだったらもう間違いなく赤髪の美少女剣士一択みたいな風潮あるよね。女嫌いとか言っておきながら、結局は美少女・美幼女ハーレム作ってやれやれするんだろ?自分はモテたいだなんてちっとも思ってないのに結果的にモテモテになってしまう俺カッケーがしたいって浅はかで薄っぺらな願望と魂胆が見え見えすぎてキモイんだよ!って罵られそうなレベルで赤髪女一択。
なので安心してほしい。この女だけはない。この金髪か茶髪が普通な世界で赤髪の、しかも美少女とか、絶対なんかの重要キャラ臭しかしないからだ。そもそも女は嫌いだっつってんだろ。四六時中女が傍にいるとか絶対落ち着かねーわ。
「では、君から順番に、ひとりずつ名前と特技を教えてくれ。君達を雇うことで、私にどんなメリットがあるのか。君達に何が出来るのか、それを知りたい」
「ハイビスカスだ。剣と火属性の魔法の腕なら誰にも負けねえ」
「バージルです。以前は厩舎で働いてやした。馬の扱いなら任しておくんなせえ。多少の暴れ馬ぐらいなら、自慢の筋肉でどうとでもしてやりやすぜ!」
「オリーヴ。傭兵上がりだ。護衛の仕事は何度か経験がある」
なるほど、人相の悪い筋肉ハゲおっさんがバージル、寡黙そうな黒毛のワンコおっさんがオリーヴね。ついでに赤毛の女はハイビスカスと。なんかこの世界、植物にちなんだネーミング多くない?妹はマリー・ゴルドだし、メイドもローリエだ。そういう世界観なのだろうか。俺はホークであの豚親父はイーグルだから、植物縛りってわけではなさそうだが。
「ではとりあえず、何も言わず、黙って私についてきてくれ。返事をしたり、相槌を打ったりはしてもらっても構わない」
「分かった」
「分かりやした」
「了解した」
三人+青髪のメイド長を引き連れ、屋敷の中をウロウロ歩き回る。見れば見るほど成金趣味丸出しの悪趣味な豪邸だが、俺は別にそれが悪いことだとは思わない。親父が稼いだ金で親父が好きなようにコーディネートしているのだから、どんなに悪趣味だろうがそれは親父の勝手だからだ。
だが赤髪美少女にとってはそうではなかったようで、露骨に『この成金共が!』と軽蔑するような表情になっている。逆にハゲおっさん・バージルの方は心底羨ましそうな、物欲しそうな顔だ。素直でよろしい。イヌ科の獣人おっさん・オリーヴは内装の方はどうでもよさそうに、屋敷内の構造を確認するようにあちらこちらに視線を向けている。なるほど、護衛の経験があるというのは伊達ではなさそうだ。
ひとしきり屋敷の中をブラついた後で、最後に到着したのは食堂だった。あらかじめ料理長に命じ、昼食には些か早いこの時間帯に、食事の用意をさせてある。今の時刻は大体午前十時ぐらいだが、食堂内には既に美味そうな匂いが漂い、俺が無言で席につくと、美味そうな料理が湯気を立てて運ばれてきた。
分厚いステーキにソテーされた野菜、こんがりキツネ色に焼き上げられたパンがバスケットに山盛りにされ、具沢山のスープはトマト味。レストランで食べればかなりのお値段になるであろう豪勢な昼食を、俺は彼ら三人の目の前で黙々と食べ続ける。
どうやら贅沢というものを嫌悪しているらしき赤髪の美少女はどこか怒りさえ感じているかのような形相になり、ハゲおっさんのバージルは涎でも垂らしそうな羨望の表情を浮かべ、イヌ科獣人のオリーヴは相変わらずの無表情。俺はローリエに目配せをすると、彼女は給仕のメイド達に指示を飛ばし、指示を受けたメイド達は厨房の方に向かっていった。
「今から君達には、私の目の前で私と同じものを食してもらう。商会の跡取り息子という立場上、今後私は会食の機会も増えるだろう。それに同行してもらう諸君らにも、もしもの時に備えて最低限のテーブルマナーぐらいは覚えていてもらわねば困る」
なんて言いながらも、実際の俺のテーブルマナーだって大したことはないのだが。それなのにこれから面接官ぶって三人を試そうとしているのだから、我ながら性格悪いよな。
「ああ、そうかい。アンタが食えってんなら、アタイは食うけどさ」
「いやあ、さすがはゴルド商会の若旦那さんだ!こんな豪勢なタダ飯、滅多に食えるもんじゃねえですぜ!いよっ!太っ腹!」
「了解した」
雇用主になるかもしれない相手にテストされてるってのに、アンタ呼ばわりか。という驚きよりも先に、わー、一人称がアタイの女って実在したんだ。スゲエな、と思わされてしまう。メイド長に促されるまま、並んで座らせた三人の前に、先ほど俺が食べたものと同じ料理が順番に運ばれてきた。
赤髪女は無難に食べ始めた。なんだかとても、不本意そうに食事を口に運んでいる。見た目が粗暴そうなハゲおっさんのバージルは、案の定というか物凄く四苦八苦しているようだ。だが、美味そうに味わって食べている。イヌ科の獣人おっさんのオリーヴは、テーブルマナーも上出来。食事中も表情は崩れないのがプロフェッショナルの護衛っぽいな。黒いスーツを着せてあげたらとてもよく似合いそうだ。顔の造形が犬だが、食事は問題なく人間と同じように出来ているのが興味深い。
「食事の途中で申し訳ないが、次の試験に移りたく思う。三人とも、私についてきてくれ」
さて、あえてコースのメインである肉料理が運ばれてきたタイミングで、わざとそれを取り上げてみたらどういう反応をするだろうか。赤髪の彼女はどこかホっとしたような顔で椅子から立ち上がり、ハゲおっさんのバージルは露骨に残念そうな顔。『ここまで期待させといてそりゃねえですぜ旦那!』みたいな恨めし気な目でこちらを見てくるが、素直でよろしい。ワンコおっさんは相変わらずのポーカーフェイスだ。言動も態度も傭兵というよりは、どこか軍人めいていて、アマチュア臭のする他のふたりとは、どこか一線を画している。あの犬は当たりかもしれない。
俺たちは再び庭へ戻り、三人横並びに整列してもらった。短い間ながらも、それとはなしにこいつらの人間性めいたものが少しは見えた気がする。
「オリーヴと言ったか。君は採用だ。俺の護衛をしてもらう」
「感謝する。期待に副えるよう努めさせてもらう」
「それから君。名前はなんと言ったか」
「バージルです、バージル」
「そうか。ではバージル。君も採用しよう。力仕事は任せていいんだな?」
「やったぜ!へへ、任せておくんなせえよ、坊ちゃん!」
「最後に、君。残念ながら、今回は不採用とさせてもらう。縁があれば、その時はよろしく頼む」
「待ってくれよ!なんでアタイだけ!?」
おや、わりと食い下がってくるな。よほど自分の魅力とやらに自信があったのだろうか。そのわざとらしい巨乳をアピールする際どいエロ装備は、バージルにはばっちり効いているようなので、それが俺に通用しないのが不思議、あるいは不満なのかもしれない。この手のクソ女は自分がいやらしい目で見られると文句を言うくせに、自分の魅力が通じないと今度は途端に掌を返したように文句を垂れるような人格破綻者が多いからな。
「先程も言ったが、俺はこれから仕事柄、多くの会食や商談に赴くこととなるだろう。そこへ、君のような、『いかにも私は金持ちが嫌いです』といった表情を隠せもしない護衛を連れていくことは出来ない。君が金持ちを嫌おうと自由だが、金持ちに雇われるのだからそれを隠す努力ぐらいはすべきだったな」
そうなのだ。こいつ俺を見る時も、屋敷内を歩いている時も、食事をする時も、常に『このクソボケ成金共が!』みたいな、露骨に忌々しそうな顔で睨むような鋭い視線をあちこちに向け続けてたんだよね。さすがにそれは看過できないかな。
金持ちが嫌いなのはいい。俺も前世ではそうだった。テレビで金持ちのお宅拝見番組など始まると、無言でチャンネルを切り替えるぐらいには金持ちが嫌いだった。貧乏人のヒガミ丸出しだが、気持ちは解る。だが、金持ち相手に仕事をする上で、それを隠しきれていないというのはさすがに困る。
「待ってくれ!アタイには病気の妹がいるんだ!あの子はまだ四歳なんだよ!その子のために、金が要るんだ!頼む、なんでもするからアタイをここで雇ってくれ!」
うん、知っているよ。冒険者ギルドから君達を紹介してもらった際に、メイド長に頼んで並行して全員の身辺調査もしてもらったからね。適当な嘘を吐いているわけじゃないことは分かっている。だからこそ、そんなヒロイン要素モリモリの女を採用するわけないだろ!と言いたいところなのだが、残念ながら採用しないわけにもいかなそうだ。
というのもこの手の自分達は恵まれない弱者だと被害者ぶってる人間は、ここで落とされた結果後でその妹が死んだりすると、『アイツのせいで妹は死んだんだ!』とかなんとか言って逆恨みして襲いかかって来る可能性が高そうだからね。人間ってのは身勝手な生き物だから、しょうがない。
ましてこいつは髪の毛の色からして、あきらかにヒロインめいたキャラだ。そんなヒロインっぽいキャラの妹が死ぬというのは、彼女のキャラクター性を掘り下げるための過去回想要素にもなり得る。つまりは、もしここで俺がこいつを採用しなかったせいで妹が死んでしまった、なんてことになったら、俺は彼女にとって因縁のある悪役になってしまうのである。
もし仮にこいつが将来的に『アイツのせいでアタイの妹は死んじまったんだ!!』とかなんとか涙ながらに仲間に悲しい過去を語りでもしたら、正義感の強いイケメンが『ホーク・ゴルド!彼女を泣かせたお前を俺は絶対に許しはしない!』とかなんとかいって俺を成敗しに来ないとも限らない。
現実と創作物を混同しすぎじゃない?と思われるかもしれないが、轢き逃げに遭って死んだと思ったら異世界転生してた時点で、現実なんてクソくらえの状況だぞ?剣と魔法があり、魔物が存在し、飛空艇やドラゴンが空を飛んでいるような世界のどこが現実的なんだ?
「なんでもすると言ったな。では、今ここで俺の靴を舐めろと言ったら舐めるのか?」
「な!?」
「できもしない口約束を安易にするもんじゃない。君のような容姿の端麗な若い少女がなんでもするなんて軽々しく言ってしまったら、舐めさせられるのが靴とも限らないんだぞ?」
そんな性格だといつかエロ同人みたいな目に遭わされるぞ!とはさすがに言えないので、遠回しな表現でぼかしておく。さて、プライドを取るか妹を取るか。選択権をあえて握らせることで、将来的に妹が死んでも俺のせいではなく、あの時靴を舐めることを拒否した自分のせい、という風に、問題点をすり替えてしまうことで保険をかけておくための戦略的欺瞞である。
これで激怒して出ていくのならそれでも構わないし、もし本気でクソガキの靴を舐めてでも妹のためにここで働きたいと言うのなら、ここで一発かましておくことは主従関係を結ぶ上で重要だからね、しょうがないね。いつまでも自分をナメ腐ったままの女なんか、傍にいられるだけで不快になっちゃうだろ?
「クソ!クソ!解ったよ!アンタの靴を舐めたらアタイも採用してくれんだな!?」
「笑顔でだ。満面の笑顔で舐めろ。それから、舐めるのは靴底だ」
「んな!?テメエ!!」
「雇ってもらうためならなんでもする、と言ったのは君だ。やりたくないと言うのなら、俺は一向に構わない。お帰りはあちらだ」
さすがにこの言い草にはブチ切れて出ていくかなと思ったのだが、どうやらハラワタが煮えくり返っていそうなぐらいの憤怒の表情を浮かべているにも関わらず、ぐっと堪えたようだ。いきなりの出来事に後ろでドン引きしているハゲと、無言で成り行きを見守っている犬と、無表情を貫くメイド長の前で、赤髪女は額に青筋を浮かべながら、血が滲みそうなぐらいきつく拳を握り締めた。
「わーったよ!やりゃいいんだろやりゃ!!約束違えんなよな!!これで嘘だったとか言ったら刺し違えてでもぶっ殺してやるかんな!?」
燃え盛るような派手な色合いの赤髪が緑の芝生に付くことも構わず、彼女は俺の足元に這い蹲る。かなりの屈辱だろう。本当は今すぐにでも腰の剣で俺に斬りかかりたいに違いない。だが、それでも病気の妹のためにこうすることを選んだ。その意思は、尊重に値するものだ。
「勿体ぶってんじゃねえよ!さっさと足上げろや!!」
「いや、もう結構だ。いいだろう、君を採用する」
「は?」
「君の覚悟は見せてもらった。だったら、それで十分だろう。君には、俺の妹の護衛を任せるとしよう」
「……ああ、そうかよ!」
真っ赤な顔から一転、ポカンとした表情を浮かべる彼女から一歩下がり、俺は踵を返す。
「三人とも、俺についてきてくれ。それぞれの仕事について説明する」
そんなわけで、護衛を三人雇うことになった。金なら十分あるのに、わざわざ三人の中からたったひとりだけを選ばなくてはならない、という制約はないからな。三人が三人使えると判断したならば、三人とも雇ってしまってもなんら問題はない程度には、ゴルド家は金持ちなのだ。金持ちってのはいいな、本当に。