第37話 ポッと出の黒幕現る。誰?お前
今回の事件、結構複雑に、色々な思惑が絡み合っていたので、順番に整理していこう。
まず、全ての元凶はこの国の王妃だった。国王陛下の正室であり、第一王子の母親だ。ちなみにルタバガ第二王子とピクルス第三王子の母親ではない。あのふたりはそれぞれ異なる側室の子だから、この国に三人いる王子は全員母親が違うということになる。それがきっかけだった。
敬虔な女神教の教徒でもあり、王様に頼んで毎年国庫から多額の寄付金を弾んでもらっている彼女は息子である第一王子をうちの父さんレベルで酷く溺愛し、息子を王にするためならば、どんな汚い手段も厭わないような苛烈な人物であったらしく、継承権を持つルタバガ王子やピクルス王子を幼い頃から何度も何度も暗殺しようと企んだり、彼らの母親である側室ふたりを表向きは事故や自殺に見せかけて死に追いやったりと、悍ましい悪事に平然と手を染めてきたそうだ。
そんな王妃にとって、国王の一存により、息子の第一王子の政敵になり得る第三王子と娘を政略結婚させる運びとなった公爵家は目障りな存在だった。世間では第一王子派であるゼロ公爵が、第一王子のために邪魔な第三王子を監視・妨害するべく政略結婚を企んだ、などと言われているが、真実は違ったのだ。
実際には第三王子と娘が国王の意向により結婚するハメになってしまい、断ることもできずこのままでは我が公爵家が王妃に睨まれ王宮内で冷遇されてしまう、と慌てた公爵が、それまで曖昧だった立場を第一王子派としてやむなく表明した結果、ゼロ公爵は第一王子派だなどと巷間噂されるような身勝手なゴシップが独り歩きしてしまったようである。
『公爵家は第一王子派としてあなたの息子に忠誠を誓いますよ!』と王妃にアピールしてなんとか窮地を逸したのも束の間。今度は息子のヴァニティ君が王立学院の入学試験で無適合者であることが発覚し、それだけならばまだしも、無属性魔法の適合者なのではないか、という噂が浮かび上がったからさあ大変。
女神教の経典では、この世界に存在する11の属性は創世の女神ミツカが創ったことになっているため、12番目の属性なんてものは女神教からすれば絶対にあってはならない異端の考えなわけで。自分達が何百年もありがたがってきた聖書の記述が実は間違っていました、なんてのは、熱心な宗教家共からすれば到底認められないだろうからね、しょうがないね。
まさに踏んだり蹴ったりというか、一難去ってまた一難というか。ゼロ公爵からすれば、どうして我が家にばかりこんな災難が!?と女神を恨んでもおかしくはないほどの災難続きだ。
さて、これに怒り狂ったのは王妃である。目障りな公爵家だけれど、これからはうちの子の忠実な家臣として絶対服従すると言うのならまあ見逃してあげましょう、ぐらいの心持ちだったのに、今度は『史上初の無属性魔法の適合者かもしれないぞ!』『いやいやそんなはずがないだろう!彼はただの無適合者だ!』などと入学試験を見学していた新聞記者や雑誌記者達が連日『ゼロ公爵家の醜聞!』などと面白おかしく紙上で騒ぎ立てたものだから、敬虔な女神教徒としては大激怒。
そんなわけで、彼女は思ったらしい。よし、公爵に命じてヴァニティ・ゼロを始末させよう、と。
「つまり、ヴァン君と奥様を追い出したのは、王妃の魔の手から守るためだった、と?」
「そうだ。私が激怒したフリをして、ゼロ公爵家の家名と貴族としての身分を剥奪し、二度と公爵家の敷居は跨がせぬ!と大騒ぎすれば、王妃とて命までは奪うまい、と考えたのだ」
手切れ金という名の生活費を渡し、下町に隠れ家を用意させ、公爵家の手の者に、監視という名目で密かに警護させた。つまり、ヴァン君母子の周りをウロウロしていた公爵家の人間達は、彼ら母子を害するどころか逆に守っていたというわけだ。
誰だよ、『恐らくですが、公爵家絡みでしょうね』なんてヴァン君に語っちゃった奴。俺だよ!先ほどまでの自分の発言がとんだ的外れだったことが恥ずかしすぎて死ぬるわ!
「ローザの反発は、ちょうどよい隠れ蓑になってくれた。娘が反発し、私がそれを抑圧する。娘が兄を想い声高に私を非難するほど、私が妻子を庇い立てしているなどとは思われ難くなる」
「それを、俺達がブチ壊しにしちゃったわけですか」
「そうだ。全くもって余計なことをしてくれたものだと、恨み言のひとつも言わせてくれ」
ヴァン君達母子は公爵家から追放され、無適合者である兄に兄妹の情から執着している愚かな女だと公爵が意図的に悪評を吹聴した結果、社交界からは冷たい目で見られているローザ様と、そんな彼女と結婚するハメになったピクルス第三王子の派閥は大幅に弱体化する。
そうなれば王妃はもはやガタガタになってしまった第三王子派などには見向きもせず、目下最大の敵となり得るルタバガ第二王子に意識を向ける。災難続きで胃薬を手放せない日々が続いていた公爵も、これでようやく一安心……となる、はずだった。しかし、事態は一変。
王立学院に入学したローザ様が、まさかのまさかの無属性魔法の実在を裏打ちするかのような論文を発表してしまい、しかもそれが王妃なんて屁でもないと評判の変人揃いの学者ギルドの目に留まってしまった。王妃の可愛い可愛い第一王子でさえなし遂げられなかった快挙である、大学に飛び級する話まで出てしまい、公爵としては胃痛と心労でブっ倒れてしまってもおかしくはないほどの大混乱。まさに、どうしてこうなった!?と頭を抱えてしまうようなこの状況。
結果としてローザ様の飛び級の話こそなくなったものの、彼女の代わりに大学生になりやがったホーク・ゴルドなる平民の子供が無属性魔法と無適合者に関する研究を飛躍的に推し進めてしまい、やっぱりヴァン君って無属性魔法の適合者なんじゃね?みたいな風潮が蔓延。
静かに穏やかに緩やかに、もうこれ以上目立ってしまわないようヒッソリと時間をかけて鎮静化させるはずだった事態が、あれよあれよという間に王立学院・学者ギルド・魔術師ギルドという不敬トライアングルを巻き込んでの大炎上に発展してしまい、もはや鎮火は絶望的だ。
そんなわけで、王妃は再び思った。よし、ヴァン君もローザ様もゼロ公爵家もホーク・ゴルドもゴルド商会も、この際だからまとめて全部潰してしまえ、と。
一旦は見逃しかけていただけに、死角からぶん殴られたどころか核弾頭でも撃ち込まれたかのごとき今回の一連の事態に王妃は完全にお冠状態。かくして暗殺者ギルドと、ローリエの所属する王族直属の諜報部隊『アンダー3(スリー)』が王妃の密命を受けて動き出したというわけだ。
「私にできることはもはやローザを学院内に閉じ込め、大賢者と名高き学院長に娘を守ってくれるよう頼み込むことだけだ。息子と妻は殺され、私はその犯人として捏造された証拠品の数々と共に裁判にかけられ処刑。公爵家は取り潰しになる、はずだった」
「でも、土壇場でローリエが王妃を裏切った?」
「はい。わたくしは公爵の身柄と引き替えに、ゴルド商会の皆様の安全を得るはずでした。王妃様がお約束してくださったのです。公爵家さえ始末できれば、皆様の命までは取らずにおいてやる、と。ですが……」
「まあ、そうだよな。今までの話を聞く限りじゃ、クソ王妃がそんな約束守るとは思えんし」
「はい……このまま公爵を王宮までお連れして本当によいのか、迷っておりました」
「そこへ俺達が追い付いてきた。でも、そもそもローリエはなんでそんな取引に応じたんだ?君はてっきり、俺と父さんのことを嫌ってるものとばかり思ってたけど」
「初めのうちは、そうでした。少なくとも、六年前までは。しかし、坊ちゃまが階段から転落なさったあの日から、全てが変わり始めたのでございます」
横暴な暴君だったホークが別人のような真人間になり、同じく救いようのない愚かな暴君だった父親の愚行や暴挙を宥めすかすようになってからは、ゴルド家の家庭事情のみならず、ゴルド商会の経営方針さえもかなりまともになった。気付けばただ苦痛でしかなかったゴルド邸でのメイド長としての生活は、いつしかそこで過ごすローリエにとっても居心地のよいものになっていったらしく、『要警戒。引き続き監視継続の必要あり』と何年も上司に虚偽の報告をしてまで、今日まで一介のメイド長として入り浸っていたと。
『坊ちゃまは、何も仰らないのですね』
『その必要もないからな。お前がメイドとして我が家に仕えているうちは、俺は主人としてお前に仕事を頼むだけだ』
『……そこまでお解りでありながら、わたくしを追い出さないのですか?』
『優秀なメイド長を解雇する理由がどこにある?辞めたいなら辞めればいいし、そうでないなら好きなだけここにいればいい』
かつてヴァン君に嫉妬して酷く荒れていた時期に、何気なく彼女に言った言葉が、彼女の心にそこまで深く刺さっていた、などとは想像もしていなかっただけに、驚いてしまう。
「物心付いた時から組織の道具であり人殺しであったわたくしにとって、坊ちゃまやお嬢様、お屋敷の皆様と共に過ごした平和な日々は、何よりの安寧でございました。まるで自分が人間になったのではないかと、錯覚してしまいそうになるほどに」
おい!マジでテンプレ通りの過去持ちだったのかよ!ほんと、外さないな。
「まるでも何も、君は人間だろう」
そして俺が返す言葉も陳腐なものだ。まあ、陳腐でもなんでもいいけどさ。子供の頃から殺人マシーンとして生きてきた彼女が人間性に目覚めたというのなら、それはめでたいことである。だが今度は芽生えた人間性が原因で、ゴルド家を救う代償として公爵一家を犠牲にすることに罪悪感を覚えてしまい、ここまで来て実行に踏み切れなくなってしまったという。
「だが、どの道我らは皆終わりだよ。我が妻子の暗殺に失敗し、君のところのメイドがしくじったことで、王妃は怒り狂って本気になるだろう。遠からず私達一家も君達一家も粛清される。もはや国外に逃亡する猶予もない。何もかも皆終わりだ。どうせ死ぬのだから、最後に君のせいだ、と恨ませてくれ。君が余計なことをしなければ、こうはならなかったのに、と」
「ならばわたくしがこの命に代えてでも、王妃だけでもせめて」
「まあまあ、ふたりとも、そうヤケにならないで。玉砕覚悟で刺し違える前に、まずはやれるだけやってみない?諦めるのは、それからでいいと思うんだ」
とりあえず、俺は椅子に深く腰掛けたまま項垂れる公爵に、通信機を差し出す。
「お父様!お話は全て聞かせて頂いておりましたわ!」
「ローザ、か?」
「後で説明するのは二度手間でしたので、学生寮に閉じ込められているローザ様とピクルス様にも話を聞いていてもらったのですよ。積もる話はあるでしょうが、とりあえず今は、困った王妃をなんとかするために皆で協力しませんか?」
「しかし坊ちゃま、状況は限りなく詰んでおりますが、一体どのように?」
そりゃあ、愛と勇気と友情と絆と、金とコネの力でなんとかするんだよ。





