第344話 夢オチは勘弁
本当はこっちを343話にする予定でしたが、割と洒落にならないのであっちを先に差し込みました
目が覚めたら病室だった。
「安鷹!」
「目が覚めたのか!」
「え?」
目の前には感涙にむせぶ前世の両親の顔。慌ただしく押されたナースコールに呼ばれ、駆け付けてきたお医者さんたち。訳も分からぬ間にアレコレ検診と問診をされ、呆然と窓ガラスに映る黒髪黒目の俺を見つめる俺。
「やっと目を覚ましてくれて本当によかったわ!」
「ああ! 心配したんだぞ!」
「あー、うん。えーと、うん、そうだね、その、なんというか、なんも言えないというか」
ボンヤリと朧気な記憶が蘇ってくる。そうだ、俺、金田安鷹16歳、どこにでもいる平凡な女嫌いの拗らせ男子高校生は朝学校に行く途中で車に轢かれて、それで……12日間意識不明だったらしい。幸い大きな怪我とか後遺症とかはなく、ただ強く頭を打ったせいで目を覚まさないだけという、ある意味では一番深刻な状態が続いたせいで、父さんと母さんはひどく気を揉んだという。
(夢……だったのかな)
金髪碧眼のデブガキ、ホーク・ゴルド。それから、えっと、オリーブ? とかいう黒毛の狼獣人と、あとローリエって青髪の美女メイドと、他にも何人かいたような気がするけど、あんまよく思い出せない。夢の内容って、よっぽどの悪夢でもない限りは割とすぐ忘れちゃうよね。
「闇よ、俺を眠らせろ……なーんちゃって」
エレメントだかエーテルだかマナだか知らないが、体の中を巡る魔力みたいなものはサッパリ感じられないし、そもそもこの歳になって魔法なんてものの存在を本気で信じてるわけがない。
病院で色んな検査を受けさせられながら、俺は合間にスマホで検索してみる。ホーク・ゴルド。ゴルド商会。オリーブ、狼獣人。ローリエ、メイド。当然、目ぼしい検索結果は該当なしだ。あったら怖いって。
「……」
病室の窓。飛び降り自殺ができないように全開にはならない作りになってる扉を開けて、平日の街並みを見下ろす。道路の反対側にあるコンビニ、ちょっと遠くに見えるレストランの看板、病院の1階に入ってるカフェのコーヒーの香り。
食べ物のことばっかりじゃねえかって? だって病院食不味いんだもん。メッセアプリに届く友人たちからのメッセージや12日ぶりに浮上したSNSに色んな書き込みをしながら、俺は妙な違和感と胸騒ぎに焦燥感を抱いた。なんだろう、なんか違う気がする。何かが変で、何かが妙だ。おかしな違和感。
「Heyシェリー、状況を説明して」
夢の中の俺を真似してスマホに話しかけてみるが、反応はない。そりゃそうだ。音声認識機能は鬱陶しいからってオフにしちゃったのは俺だもんな。
父さんにねだりまくって買ってもらった最新式のスマホ。事故った時に画面が割れなくてよかった。いやそうじゃなくて。そうじゃないんだけど、じゃあ何がどうなんだと言われると説明に困る。
(変な夢……)
夢の内容なんて、大半は2、3日もすれば忘れてしまうものだ。現に俺の見た、異世界に転生するとかいう失笑モノの夢の内容も、次第に朧気になっていく。
昨日はなんか俺を轢き逃げしたババアの弁護士だかなんだかって人間が来た。警察の人とも話をした。そんな風に忙しなく事故の事後処理をしているうちに、夢のことなんか忘れてしまっても無理はないだろう?
「なーに黄昏れてんの、安鷹」
「別に」
持って帰って洗濯してもらった着替えとか歯ブラシの替えとかを持ってきてくれた母さんに声をかけられ、振り向く。
「あんた、暇なら勉強しなさいよ。入学して早々に2週間も学校休んでると、休み明けの試験で泣きを見る羽目になるわよ?」
「やだなー。交通事故で入院してたんだから、テスト免除したりしてくんないのかな?」
「そうねえ、ちょっとぐらい気を利かせてくれてもいいのにね」
自販機で買ってきてもらった無糖炭酸水を飲みながら、俺はベッドの上で横になる。母さんは椅子に座ってスマホを弄り始めた。
「いや、別に無理にいてくれなくてもいいよ。どうせいたってすることないでしょ?」
「そういう問題じゃないの。安鷹が意識不明の重態だーって、父さんも母さんもほんと心配したんだからね?」
「それはごめんて」
「いいの。安鷹のせいじゃないんだし。ほんと、無事でよかったわ。あんたに先に死なれちゃ、お母さん困っちゃう」
大袈裟だなあ、と言おうとして、俺の目からスーっと涙が零れ落ちた。
「あれ?」
「やだ、安鷹泣いてんの?」
「泣いてねーし!」
そういう母さんの方こそ、涙ぐんでるじゃないか。とは茶化せなかった。
「あのさ、なんか腹減ったんだけど。病院食不味いし、なんか差し入れとかないの?」
「ダーメ。お医者さんから一応入院中は我慢してくださいって言われてるんだから。退院するまで我慢」
「うえー。いつ退院できんのかな俺」
「さあね。早めに退院できるといいわね。退院したら何が食べたい?」
「んー、そうだなあ。回転寿司、オムライス、焼肉も行きたいし、あとフライドチキンとハンバーガーとタコ焼きと」
母さんと他愛もない話をしながら、俺は窓から吹き込んでくる風に吹かれて生きてる歓びを噛み締める。俺の人生、なんの変哲もない退屈でつまらないものだとばかり思っていたけれど。でも、いざ死にかけてみるとなんだか生きてるって素晴らしいなあって気持ちになるんだ。現金だね。
でも、そんなありふれた平凡で平坦な人生を、何事もなく歩いていけるのは、それはそれで幸せなことかもしれない、と俺は思った。
「……ちゃ……っちゃん……」
「誰?」
「坊ちゃん、やっ……見…けた……」
「だから、誰?」
「坊ちゃん!」





