第342話 水垢離用は計画的に
「嫌じゃー!」
新年早々、褌一丁のホークは目立つようにとわざわざ自前の赤褌をチョイスした赤褌姿のイグニスに首根っこを掴まれ仔猫のように持ち上げられつつ、盛大に駄々を捏ねていた。
「フハハハハ! どうしたホーク! そんな顔をされるともっとイジワルしたくなるではないか!」
「ぶっ飛ばすぞこのイジメっ子野郎! イジメ通り越して児童虐待で訴えてやろうか!!」
「その元気があれば大丈夫そうだね。とはいえ、確かに無理強いはよくない」
「そうだな。健康祈願のための祭事で風邪を引いては大変だ」
「今時の子は乾布摩擦とかもやらんもんなあ」
【悲報】第2回チキチキ☆寒中禊大会開催のお報せ。ちなみに第1回は前にやった滝行イベントの時だ。
事の発端はイグニスがローガンを連れて『あけましておめでとう!』とゴルド邸に乗り込んできた際にちょうどハインツも年始の挨拶に来ており、この世界でも屈指の影響力を持つヤベー奴ら3人とホークのお部屋に設置された獣人用の巨大コタツでチーズフォンデュ&チョコフォンデュパーティをしていたホークが、うっかりポロっと漏らしてしまったことだった。
何をって? カガチヒコが元旦に禊をやったことをだ。褌一丁で冷水を頭からかぶり、禊or水垢離は無病息災厄除け健康を祈願するジャパゾン国の伝統行事であると。
チーズによく合う最高級のワインやブランデーやウイスキーをガバガバ開けてしこたま酔っ払っていたおっさんたちの悪ノリが暴走した結果、俺らもやってみようではないか! ということになり、たまたま屋上で大根を干していたオレガノも巻き込んでの、クッソ寒い中褌姿で勢揃いと相成ってしまったのである。
「皆さんはお酒飲んで酔っ払って体温高いしテンション上がってるからいいでしょうけどね! 俺は素面なんですよ! ウーロン茶なんですよ!」
「むしろ酒が入った状態でやる方が危険まであるがな!」
「本当に嫌ならやめてもいいんだよ?」
「然り。そなたの嫌がり苦しむ顔は、余は見たくない」
「聞きましたか陛下! これがあるべき正しい大人の姿ですよ! あなたもいい歳なんだから、もうそろそろ分別つけてくださいよマジで! 俺よりガキっぽくてどうするんですか!」
「知らんな!」
「テメエこの野郎!」
なんだかんだ言いつつも、ジタバタ暴れるだけで転移魔法で逃げようとはしない、むしろ「本当にやるんですか? やめましょうよ、考え直しましょうよー」などと言いつつ嫌々ながらも律義に褌に着替えている時点で、結局ホークも本当に心の底から嫌がっているわけではないのが一目瞭然だった。
何故なら正月早々死ぬほど寒い思いをするよりも、皆が寒い寒いと盛り上がっているのを尻目にポツンとひとりで眺めているだけの方がヤダ、という前世から続くバカ男子スピリットがモロに出てしまっているからだ。この意外とさびしんぼめ!
「なーに、そう悲嘆することはあるまい! 見事やりきった暁には、俺が手ずからお年玉とやらをくれてやろうではないか!」
「そんなことをさせなくとも普通にあげるのに」
「うむ。今年もちゃんと用意してきたぞ!」
「オイラはお年玉は元旦にやったから、さっき厨房で仕込んできた金柑の甘露煮ぐらいしか今やれるもんがねえんだけんども」
「ええいさっきから狡いぞ貴様ら! 自分だけいい子ぶってここぞとばかりに好感度を稼ぎおってからに!」
「いや、そういうつもりは」
「ないのだけれどね?」
「なあ、なんでもええからとっととやらんか? このままだとほんに坊ちゃんが風邪引いちまうぞお?」
オレガノの言う通りだった。1月早々に幾ら晴天とはいえ凍えるような風が吹き荒ぶ冬の屋上。無駄に言い争っていては水をかぶるまでもなく体が冷えきってしまうだろう。
「よし! ではやるぞ!」
「さっさと終わらせて、コタツに戻ろう」
「そもそも絶対零度の氷点下でも普通に活動可能な余にとって、この程度の氷水など脅威でもなんでもないのだがな」
「そんじゃあ、いっせーのでいくべ!」
「ええい! こうなりゃヤケじゃい!」
ホークを真ん中に、彼を挟むように両隣にイグニスとローガン。その更に隣にオレガノとハインツが仁王立ちし、バケツに張られた今にも表面が凍り付いてしまいそうなぐらい冷たい冷水の入ったバケツを両手で掴む。
「いっせーの!」
バシャッ! と5人は頭から氷水をかぶった。
「うひゃー!? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 死ぬうー!」
「フハハハハ! なるほどこれは存外心地よいものよな!」
「そうだね。アルコールとコタツで火照った体を、冷水がスーッと引き締めてくれるのを感じるよ」
「顔を洗うのとあまり変わらんな」
「んだなあ。冷やっこい水でシャキッと顔を洗うのは気持ちのいいもんだべ」
真っ先にホークが屋内に逃げ込み、その後をイグニスが追いかけ、ローガン・ハインツ・オレガノがそれに続く。そう、酒に酔っての突発的な思い付き故に、誰もバスタオルを用意していなかったのである! 当然、褌姿で全身びしょ濡れのまま風呂場まで全力ダッシュすれば、豪奢な絨毯の敷かれたお屋敷の廊下は濡れてしまうわけで。
「何か弁明は?」
「ない!」
「すまない、つい童心に戻ってしまったみたいだ」
「それより余は足が痺れてきたのだが」
「ダハハ! 正座は脚の痺れが消えてきてからが本番だべ!」
「俺は被害者だー!」
皆で風呂に飛び込み、体を芯から温めたところで脱いだ服は屋上に忘れてきてしまったことを思い出し、たまたま廊下にいたメイドに取ってきてくんない? と頼むもそこからローリエに一連のバカ騒ぎがバレてしまい、皆で脱衣所の床に正座である。
「陛下のせいでマジレスされちゃったじゃないですか!」
「だが、付き合ったのは貴様自身の判断だぞホーク?」
「それだけ元気があれば大丈夫そうだね」
「追加の具をもらってきたぞ!」
正月で浮かれるのも結構ですが、皆様羽目を外しすぎませぬよう、とローリエの短くも冷たいお説教から解放され、着替えたオレガノは引き続き屋上で野菜干しの続きへ。同じく着替えたホーク、イグニス、ローガン、ハインツは部屋に戻ってきての、コタツdeチーズ&チョコレートフォンデュパーティの続きをば。
「それにしても、ローガン様って意外とこういうバカ騒ぎに付き合ってくれるタイプだったんですね」
「ああ、誰かさんに引けを取りたくはなかったし。それに、君の前で格好いいところを見せるチャンスだろう?」
「かっこいいとは一体……さてはあなたも相当酔ってますね?」
「さてどうかな。試してみるかい?」
一国の皇帝陛下が。英雄たる王兄殿下が。世界最強の邪竜が。揃いも揃って何やってんだこのバカどもは、と呆れてしまいながら、串に刺したバゲットを熱々のチーズの海で泳がせ嘆息するホーク。
「さすがに君以外の前でこんな不躾な振る舞いはしないさ」
「さすがにそなた以外の前でこんな真似はしないぞ」
ほとんど同時に似たようなことを言い放ち、酩酊状態の視線をぶつけ合うイグニスとローガン。
「ホーク、バゲットやマシュマロを浸す前に、暖炉の火で軽く炙ってみるというのはどうだ?」
「あ、いいですねそれ」
かくして来客を迎え、まだまだ賑やかに続いていくゴルド邸のお正月。どうやら今年もとても賑やかな1年になりそうだ。





