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第339話 中略、メリー降誕祭

理解することと納得することとは別物である。理解はできても納得できないとなることは誰しもあるし、納得できないことを理解して行える者もいる。オリーヴはそれができる側の人間だ。


「坊ちゃん! しっかりしろ、坊ちゃん!」


「オリー……ヴ……」


が、やはり実際に直面すると気持ちのいいものではない。ゴルド商会に敵意どころか殺意を抱く者たちが主催した危険なパーティー。女神降誕祭を祝う華やかなムードは一転。血と悲鳴に彩られた惨劇と化した。


オリーヴは白の高級タキシードが真っ赤に染まるのも構わず、ウエイターから渡されたシャンパンを口に含んだ途端盛大に口からシャンパンと血を吐いて倒れたホークを跪き抱きかかえる。


あたかも辛そうに、苦しそうに、ゲホゲホと咳き込み口から血を吐きながら、弱々しくオリーヴの胸に縋って器用に涙ぐむホーク・ゴルドの姿は痛ましく、たとえそれが敵を欺くための演技と解っていても胸が痛む。


そんなオリーヴに『おお! ナイス模範演技! 助演男優賞は決まりだね!』などと当のホークが気の抜けた脳内テレパシー魔法を送ってきたため、シャンパンと共に口から噴き出した血の飛沫で赤く濡れたモチモチほっぺをつねってやろうかと内心思おうが、オリーヴはホークの忠実な猟犬であり番犬である。


迫真の演技、などではない。本当は今にも狼狽えてしまいそうだ。可愛い可愛い大事な大事な坊ちゃんが彼自身の血ではないとはいえ、真っ赤な血を吐いて弱々しく倒れている。それだけでオリーヴの心は動揺しそうになる。


感情のない冷徹な人殺しだったのは過去の話。たとえこれが敵を欺くための演技だろうが、彼の口から溢れる凄惨な血が飲料用のスッポンの生き血 (主にワインやジュースで割って飲む用。結構な高級品)を魔法で口の中に転移させただけのものだろうが。坊ちゃんのこんな姿は見たくない、と思ってしまう。


「誰か! どこか介抱できる場所を!」


「そんなもの、うちにはないよ」


口から真っ赤な血を流し、青褪めた顔……青褪めた顔? でグッタリと倒れたホークを抱き上げて叫ぶオリーヴの周囲はいつしか武装した集団に包囲されていた。華やかな貴族のパーティーから一転。いつの間にか会場にいた招待客らはホークが血を吐いて倒れると同時に雪崩れ込んできた武装集団と入れ替わっており、室内にいるのは血まみれのホークをお姫様抱っこしているオリーヴと武装集団、そして彼らを率いる貴族の男だけ。


なんてことはない。今宵のパーティーはホーク・ゴルドが出席の返事を出した時点で、彼を殺すためだけの偽りのパーティーに切り替えられたのだ。無論、そうなる仕向けるよう意図して早めに出席の返事を出したホークからすれば順調に計画通りである。ローリエとシェリーが協力して集めてくれた事前情報と裏工作の成果が無事に実を結んだ結果とも言える。


「どういうつもりだ! これが貴家流のもてなしだとでも言うつもりか!」


「どうもこうも、見ての通りだよ無能な護衛くん! まさかこうも上手くいくとはねえ!」


下劣なニヤニヤ笑いを浮かべる彼らは、よっぽどホークがまんまと毒杯を飲んでしまったことが愉快痛快でならないらしい。嫌いな相手が辛い目に遭って苦しんでいる姿を喜び楽しむ心は多かれ少なかれ誰の中にもあるものだろうが、やられる側としてはやはりムカつく。


「君だって自分の部屋に羽虫が紛れ込んだら容赦なく叩き潰すだろう? それと同じさ! 伝統ある名門貴族の屋敷に、思い上がった卑しい豚が1匹紛れ込んだ。人様に迷惑をかける害獣は、速やかに殺処分されなければならない!」


「自分で招待しておきながら、か?」


「ククク! クハハハハ! ゴルドってのは親子主従揃ってどいつもこいつもバカ丸出しだな! 誰がお前らみたいな卑しい成金を本気でパーティーに招待なんかするかよ! お前らはまんまと罠に嵌められたのさ!」


この場で最も偉い貴族の男のハンドサインにより、武装集団の持つ鋭利な槍の矛先が一斉にふたりに向けられる。


「まずはお前を殺し、お前の生首を塩漬けにしてゴルド商会に送り付けてやるよホーク・ゴルド! その後はお前の親父も殺して、親子揃って死骸をさらし物にしてやる!」


「そんな暴挙が赦されるとでも思っているのか!」


「赦されるんだよお! なんせ俺らのバックについてるのは第1王子派の名だたる主流貴族ばかりなんだからな! 目障りなゴルド商会を潰し、思い上がった第3王子派の勢いを削ぐ! 王位を継承するのは第3王子じゃない! 第1王子さ!」


死ねえ! と叫んだ貴族の男の命令で、四方八方から鋭く尖った槍がホークと彼を抱きかかえるオリーヴを串刺しにすべく襲いかかる。が。


「ぎゃあああああ!?」


「な、なんだ!?」


「何が起こった!?」


何本もの槍に全身を串刺しにされ、全身からおびただしい量の血を噴出させ苦悶の悲鳴を上げたのは、貴族の男の方だった。自分たちは間違いなく犬野郎ごと豚野郎を刺したはずなのに、と何が起きたのか解らず混乱する一団。


種明かしをすれば、オリーヴが転移魔法で貴族の男と自分たちの立ち位置を一瞬で入れ替えただけなのだが、ほんの一瞬の間に無詠唱で行われたそれに気付ける者は突然の混乱も相俟ってか誰もいなかった。


「ど、どこへ消えた!?」


「探せ!」


「その必要はない」


聖なる夜に、空から『死』が降ってきた。彼らは身の安全のためとはいえ、金属の兜をかぶるべきではなかったのだ。オリーヴの指パッチンと共に発動された金属性魔法により、彼らのかぶっていた兜は一瞬でものすごーーーく重くなった。


たとえば、重さ1トンもある兜を普通の人間がかぶったらどうなるだろう? 痛みを感じる間もない即死で済ませたのはせめてもの慈悲か、或いはそれ程までの怒りか。


「ぐ! だが、お前も道連れだホーク・ゴルド! お前が飲んだワインには致死量の劇毒が入っている! 今から回復魔法をかけてももう遅い! どう足掻いても、お前は今ここで死ぬんだ! ハハハハハ!」


「あ、そうなの?」


目の前で、大勢の仲間が一瞬で死んだというのに、貴族の男は知ったことかと高笑いを響かせる。全身を槍で串刺しにされながらもまだ息絶えてはいなかった彼はしかしもう虫の息だが、それでも最期の最期まで憎まれ口を叩くだけの胆力だけはあったらしい。


それをもっといい方向に活かせればよかったのに、とホークは今日のためにわざわざ用意した使い捨てる前提のハンカチで口と顎の血を拭いながら感心する。


スッポンの生き血はイーグルパパが滋養強壮のためたまにお酒で割って飲んでいるのでホークもフルーツジュース割りにしてもらって飲んだりするのだが、原液そのままのストレートはさすがに風味がきつかった。


「ごめんね、実はグラスに口つけただけで中身は飲んでないの。ほら、俺ってお酒あんま好きじゃないし、まだ17歳だし? この国じゃ別に合法なんだけど、やっぱお酒は二十歳(ハタチ)になってからって言うじゃん?」


「な!? なっ!?」


ケロっとした顔でピンピンしているホーク・ゴルドがオリーヴの腕の中からごめんね! と合掌する姿に、貴族の男は目を見開く。あまりにショックだったのか、理解が追い付かず状況が飲み込めないまま、やがて彼は息絶えた。


「演技とはいえ胆が冷えたぞ、坊ちゃん」


「ごめんごめん。シャンパンに毒が入ってるのに気付いて、こちらから仕掛けるのにちょうどいいなと思ったからつい」


「あまり心配をかけてくれるな」


「ほんとごめんて。お願い赦して、ね? ね?」


まだまだお芝居モード続行中だったのか、キラキラおめめでカワイコぶりっこしていたホークだったが、真剣に自分を心配してくれるオリーヴの表情に、なんともバツの悪そうな、申し訳なさそうな素の顔に戻る。


「……出過ぎたことを言った。結果的にとはいえ敵の主戦力を一網打尽にできたのだから、文句なしの成果だろうに。すまなかったな、坊ちゃん」


「いやいいよ。俺の方こそなんかごめん。心配してくれてありがとう」


互いに謝罪し合って、赦し合って、笑い合うふたり。それが彼らに敵対する道を選んだ大勢の人間の亡骸から流れ出た大量の血で染まり凄惨な地獄絵図と化したパーティー会場のど真ん中でなければ微笑ましい光景だろう。


だが或いは、だからこそ。そんなホークとオリーヴの姿さえ文句なしに美しく女神降誕祭の夜に『映える』のは、なんとも皮肉なものである。

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