第35話 主人公体質とは即ちトラブル体質
「さて、どうしたもんかな」
「殺すか?お?それとも拷問か?言っとくが俺ァ、拷問が下手だぞ?すぐ壊しちまうかんな!」
「まあまあ、まずは落ち着いて、冷静に。ローザ様にも確認を取らないと」
「手ぬるいなァ。さっさと半殺しにして問い詰めちまった方が早くねェか?」
「慎重なんだよ。まあ、どうしても必要になったら殺さなきゃかもだけど」
ご覧、世界は美しい……なーんて妙なテンションで浮かれていた期間が終わり、あんな奴顔も見たくない状態だったヴァン君にも普通に会いに行くようになった矢先。
まさかいきなり事件に巻き込まれるとは思わなかったよね。それも白昼堂々殺しに来るだなんて。俺がこの家に張っておいた防御結界がなければ、ヴァン君のお母さんはついさっき窓から撃ち込まれた毒矢に首を撃ち抜かれて死んでいただろう。こっわ!異世界こっわ!!
命の価値があまりにも軽すぎない??と今更ながらに恐怖を覚えてしまう。他人事では済まされない。もし窓辺に立ってたのが俺だったらと思うと手が震えてしまいそうだ。落ち着け。こんな時のために護衛を三人も雇っているんじゃないか。まあ、今はふたりしかいないけど。それでも独りぼっちでいるよりマシだ。
よくこんなビビリで護衛のみんなを解雇するだなんて大口叩けてたな俺。いや、あん時はかなり荒んでて別に死んでもよかった状態だったから平気だったのか。それなのに今はいきなり命が惜しくなってるとか、現金な奴だな俺も。
慌てて家の外に飛び出していこうとするヴァン君を引き留めて、地面に落下していた毒矢の持ち主に闇属性魔法で呪いをかけたところ、ドサリと気絶した下手人が近所の家の屋根から転落したので、クレソンに頼んで犯人の身柄を回収してきてもらったのだ。縄でグルグル巻きに縛り上げ猿轡を噛ませる。そうそう、目隠しも忘れずに。いかにも暗殺者ですと言わんばかりの、全身黒ずくめの装束に身を包んだ女だった。
同時に闇属性の魔法で気配を遮断したオリーヴに外の様子を探ってきてもらっている。決して深追いはしないようにと伝えたので、直に戻ってくるだろう。こんな時、元軍人であり冷静沈着なオリーヴと豪胆なクレソンの山コンビはとても頼りになる。
「こいつら、一体なんの目的で母さんを殺そうとしたのかな」
「恐らくですが、公爵家絡みでしょうね」
「そんな!父上が……!」
「まだ確定したわけではありませんが、他に心当たりもないでしょう?今のところ」
危うく殺されかけた恐怖で気絶してしまったヴァン君の母をベッドに寝かせ、闇属性魔法を使って気絶した殺し屋女の記憶を読み取る。大学で魔法にまつわる研究を進める傍ら大勢の天才学者や優れた一流魔術師達の教えを乞うているうちに、呪文を魔道具にではなく、刺青のように体に刻み込む、魔法刻印というものを覚えたので、一部の魔法に関しては詠唱なしでも使えるようになったのだ。その反動として、刻印された魔法を使うと体の一部に紋章のようなものが浮かび上がる体質になってしまったが、普段は目に見えないから生活に支障はない。
さて、記憶を繙いてみたところ、どうやらこの女、暗殺者ギルドなる物騒な組織に所属しているただの雇われ暗殺者らしく、ヴァン君母子の命を狙う理由までは知らされていないようだ。というか、暗殺者ギルドなんてものまで存在しているのか。本当に物騒な世界だなここは。理由は問わず、仕事で黙々と人を殺すプロの殺し屋。依頼はヴァン君母子の暗殺と死体の処分。要するにこの世から消せってことだ。
「……」
「おう、どうしたご主人。そんな不安そうな顔してよォ。心配すんなって、オメエのことは俺らが守ってやっから、安心してろい」
「うん、よろしく頼むよほんと」
クレソンも、オリーヴも、そしてきっと今ここにはいないバージルも、殺しには慣れていそうだけど、命令を下す立場の俺がこんな状況に不慣れなせいで、どうにも。相手が魔物だろうが人間だろうが動物だろうが、命を奪うという行為に対してはどうしてもね。こんな時なろう特有のサイコパスみたいな主人公達だったらこんな風に迷ったり戸惑ったりしなくて済んだのにと思うと、ちょっとだけそいつらが羨ましくなってしまわないでもない。
まだ11歳のヴァン君でさえも、母親の命を狙った敵に対し『許せない!』と怒りを露にしているというのに俺と来たら。覚悟を決めなくては。相手は殺すつもりで来ているのだ。やらなきゃやられる。それで傷付くのが俺だけならまだしも、俺のせいで周りのみんなが傷付いたり死んだりしたら絶対死ぬほど後悔するだろう。だから、決意が必要だ。決断しろ、ホーク・ゴルド。
「お母様が襲われたって本当ですの!?」
「ええ、下手人のひとりを捕らえました。間違いなく、暗殺者ギルドの人間です。警察にはまだ通報していません。恐らく、握り潰される可能性が高かったので」
「そんな、まさか!お父様が暗殺者ギルドを使ってまでお兄様とお母様を排除しようとするだなんてそんな……お兄様に替わって頂けますか?」
「ローザ!どうしよう、俺、俺……!」
「お兄様、よかった!ご無事ですのね!」
風属性の魔法を使用した、携帯電話というよりは武骨なトランシーバーに似た通信用魔道具でローザ様に緊急の連絡を入れると、案の定物凄い剣幕で捲し立ててきた。まあ、そりゃそうだろうな。自分の兄と母が殺されそうになったのだから。それも、殺害を命じたのが他ならぬ自分達の父親である可能性が高いとなればなおのこと。
ふたりはしばらく何かを話して、というより、多大な精神的ショックを受けて落ち込んでいるヴァン君をローザ様が懸命に励ましているといった様子であったが、やがて会話が済んだのか、ヴァン君が通信機を俺に手渡してくる。
「ホーク様、まずはお母様の命を救ってくださったこと、心よりお礼申し上げますわ。わたくし、父の謀略によって、今は学院の敷地内に閉じ込められておりますの。ピクルス様も同様に」
「そちらはそちらで緊急事態というわけですか。解りました。こちらはこちらで今打てる手を打っておくことにしますよ。くれぐれも短気は起こさず。いいですね?」
「ええ。正直今すぐ学院の警備員を殴り飛ばしてでもそちらに向かいたいところですが、よろしくお願い致します。あなた様のご助力に、心より感謝を」
通話が切れると同時に、室内には耳に痛い静寂が満ちる。無理もない。実の父親に殺されかけたも同然の状況なのだから。まだそうと確定したわけではないのだが、他に命を狙われる心当たりもないのだろう。たとえ公爵家を追放されようと、それでもいつか父親と和解できるのではないか、と期待していた彼にとっては、あまりにも辛すぎる裏切りだ。
「今戻りました、坊ちゃん」
「オリーヴ!無事でよかった!状況は?」
「目撃者はゼロ。犯行の痕跡も一切残っていなかった。恐らく、ツーマンセルで仕事をする暗殺者ギルド定番のやり口だろう。もうひとりの犯人は、恐らく相方を見捨てて逃げたに違いない。敵に捕まるというヘマを犯したこの女は既に、切り捨てられたも同然。殺したり警察に突き出したりしたところで、連中は知らぬ存ぜぬを貫くだろう。暗殺者ギルドとは、そういう組織だ」
「そっか……どうしたもんかね?」
「見せしめにこの女の首を落として、暗殺者ギルドとやらに送り付けてやるってのはどうだ?」
「うーん、発想が物騒。でも効果的な発送になりそう……なんて言ってる場合じゃないな」
「だが生かしておくだけ無駄だろう。公爵家の御家騒動なんて一大事に、拷問されたぐらいで情報を吐き出すような軟な人間を宛がったりはすまい」
俺達が話をしていると、不意にヴァン君が泣き出した。
「父上!どうして……どうしてだよ!」
それは俺達のせいだよ!とはさすがに言えない。恐らくだが、公爵は焦ったのだろう。
娘のローザ様がヴァン君を公爵家に返り咲かせようとあれこれ暗躍していることに、気付いていないはずがないからだ。婚約者であるピクルス王子が、それに協力しているであろうことも。だがゼロ公爵は、第一王子派として有名だ。第三王子であるピクルス王子と娘を婚約させるべく暗躍したのも、継承権を巡って第一王子と対立しかねない第三王子を監視下に置くことで牽制・妨害工作をしやすくするためなのではないか、と社交界では今も囁かれている。
たかが小娘ひとりに何ができる、と侮っていられるうちは目こぼしされていたのだろうが、ここへ来て状況がかなり大きく動いた。具体的には、飛び級の話だ。娘が表向きは無適合者に関する内容だが、実際には無属性魔法について言及した論文を発表し、それで大学に招聘されるなどといった展開は、さすがの公爵も想定外だったのだろう。
結果的に論文の本当の執筆者は俺で、娘さんは代理発表者であったことは明るみにしたものの、そのせいで無属性魔法に関する研究がかなり進んでしまい、大賢者マーリン、学者ギルド、魔術師ギルドまで巻き込んでの、無視できないレベルの騒動にまで話が膨らんでしまった。
ひょっとしたら、無属性魔法って本当に存在しているのでは?みたいな風潮が、ふたつのこの国の根幹をなす主要ギルドに蔓延してしまったことは、女神教と癒着の激しい現国王と第一王子派からしてみれば面白くないだろう。商人ギルド経由で俺に圧力をかけようにも、あいにく俺は商人ギルドにも多大な影響力を及ぼす悪名高きゴルド商会のひとり息子。おまけにそのゴルド商会をワンマン経営しているのが、あの傲慢・傲岸不遜・慇懃無礼を絵に描いたような、世界で一番自分が偉いと思い込んでいるのではないか、などと囁かれる悪徳商人、イーグル・ゴルドなわけで。
『慌ててうちに内部告発してきた時は内心笑ったぜ!』と女神教・ブランストン王国支部長のガメツの爺さんと例の酒場で会合した時に知らされていたので、ゼロ公爵がうちに、というか俺に目を付けていることは既に知っていたのだが、どうやらガメツの爺さんも、タダで働け!さっさと動け!と上から目線で催促してくる公爵よりも、年間36枚の金貨という11歳の子供にしてはかなりの大金と呼べるほどの賄賂を送ってきてくれるローザ様の方にいい顔をすることを選んだそうだ。やはりいつの時代も、物を言うのはお金の力だね。
そんなこんなで、公爵家の恥たる無適合者として追放したはずの息子の周りが何やら騒がしく、鎮圧しようにも『女神教への冒涜だ!』と大騒ぎして国王に直訴し、それを口実に一連の研究を全て握り潰してくれるはずだった女神教のお偉い13使徒様が、まさかの『疑わしきは罰せずでございますよ』などと様子見に回ってしまったことで、いよいよ追い詰められて強硬手段に出た、のかもしれない。
いや、ちょっと待てよ?もし仮にそうだったとしたら、ひとり猛烈にやばい立場の人間がいないか?
「オリーヴ、すぐに屋敷に戻るぞ!クレソンは念のため、ヴァン君達に付いていてくれ!」
「なんだ?どうしたってんだいきなり」
「ローリエだ!あいつ、暗殺者ギルドの関係者である可能性が高いんだよ!もし公爵がなんらかの手を回したなら、タイミング的に彼女が動き出すなら今だろ?この女を連れて屋敷に戻ろう!」
「了解した。すぐに馬車を呼んでくるから待っていてくれ」
オリーヴが近場に停車させてある馬車を家の前に回すべく出ていく。
「ヴァン君。申しわけありませんが緊急事態です。しばらくはクレソンと一緒にこの家に籠城していてください。お母様共々、決してひとりで外出しようとはしないように。特に、ひとりでお父様に会いに行こうなどとは絶対にしてはいけません。絶対にです。いいですね?」
「わ、解った!」
「おいちょっと待てご主人!なんで俺がここで留守番なんだよ!?」
「俺を殺すよりヴァン君を殺した方が手っ取り早いからだよ!!襲撃が一回限りとも限らない。今度はもっと大勢で押しかけてくるかもしれない。もしそうなったら頼れるのは君だけなんだ。お願い!クレソン」
「チッ!わーったよ!ぜってェ死ぬんじゃねェぞ!死んだらぶっ殺してやっかんな!」
「分かってるよ。俺だってまだ死にたくないさ」
せっかく生きてることが楽しくなってきたんだ。こんなところで死んで堪るか!
「坊ちゃん、待たせた」
オリーヴが馭者と共に戻ってきて、俺達は運搬しているところを見られても大丈夫なようにシーツで包んで、その上から更にグルグル巻きに縛り上げた女暗殺者を馬車に積み、ゴルド邸に急ぐ。
「バージル!ローリエはどこだ!」
「メイド長ですかい?そういや、姿が見えやせんが」
案の定か。屋敷の中を探し回っても、彼女の姿はどこにも見当たらない。どうやら一足遅かったようだが、屋敷内に毒物や爆弾が仕掛けられている様子はなかった。
「そんなに血相を変えなすって、一体どうなすったんで?」
「暗殺者ギルドが動いた。ヴァン君母子の命が狙われている。君は屋敷の警備を強化してくれ。最悪の事態を想定しておくに越したことはないからな」
「そこまでですかい!解りやした!ハイビスカスの奴にもそう伝えときやす!」
「オリーヴ、彼女の匂いは追跡できる?獣人であって犬じゃないから無理そう?」
「やるだけやってみよう」
「お願い」
ローリエの匂いを辿って、屋敷の外に出たオリーヴ。彼に抱き上げられながら、俺達は消えた彼女の痕跡を追う。俺達に危害を加えるでも、殺意のある置き土産を残していくわけでもなく、黙って姿を消した辺り、彼女にはそこまで嫌われてはいなかった。そう自惚れてもいいのだろうか。