第323話 素晴らしき青春の光と影
ちょっと大事なお報せ:最近ちょっと忙しなくなってきたので、しばらく更新頻度が毎週2回の月木更新から週1回の月曜更新に切り替わります
人が自分を見失うのはどんな時だろうか。等身大の自分を見つめる。身の程を弁える。どちらも生きていく上では大事なことだが、それができない人間があまりに多いこともまた事実だ。環境に歪められた者、他者に歪められた者、或いは武力に溺れ、権力に驕り、自分で自分を歪めてしまった者。犠牲者もいれば加害者もいる。
俺たちにできることは精々、ああはなるまいと反面教師にさせてもらうぐらいである。なんて、他人事のように言っている俺自身として、自分を見失ってはいないだろうか。チートに驕り、環境に慢心し、人様に顔を顰められるような人間になってはいないだろうか。そんな風に、時々怖くなることがある。
「ねえご覧になって」
「彼が噂のホーク・ゴルド様!」
「ローガン殿下の信頼篤き異国の豪商!」
「おお! なんと麗しい!」
「なんて神々しい金髪に、色白のモチ肌なの! 目が蕩けてしまいそう!」
「一生に一度でいいから、あんな子と……」
うーん、居心地が悪い。ヴァスコーダガマ王国王立学園の文化祭、クラスで合唱をすることになったマリーが着るためのドレスを両親がわざわざ張りきって仕立てたということで、家族揃って応援に来たのはいいものの。デブこそが豊かさの象徴、日焼けとは無縁の色白の肌こそが裕福さの象徴、金髪は縁起物とされるこの国では、金髪色白デブの俺は絶世の美男子、イーグルパパも色黒であること以外は最上級の美男として扱われる美醜逆転王国。
ただ歩いているだけでそこかしこから熱い視線を向けられ、ウットリとしたため息が漏れるとか、なんのギャグだよと言いたい。いや、彼ら彼女らの価値観的には大真面目なのだろうから笑ってしまうのは失礼にあたるとはいえ、やっぱり落ち着かない。世の美醜逆転世界への転生者たちも日々こんな茶番めいた視線に耐えているのだろうか。
「でもねえ」
「どうしてあんな『醜い』獣を連れていらっしゃるのかしら」
「幾らでも選り好みできる立場でしょうに」
「きっと彼は美醜で他者を区別しない、心優しき人格者であるに違いない!」
「まあそうなの!」
「見た目だけでなく心まで美しいとは! なんとなんと!」
ビキ、と俺の額に青筋が浮かびそうになる。俺の一歩半後ろを、売店で買ったチョコバナナを齧りながらついてくるカガチヒコ先生は山猿の獣人だ。この国では金髪は縁起がよいとされ、色白・肥満・獣人要素薄めが裕福な美のステータス。逆に日焼け・筋肉・獣人要素強めは貧困の証として、醜いとされている。
つまりは、だ。オリーヴやクレソン、カガチヒコ先生といった頭部が動物のそれである屈強な獣人は、この国では醜い奴扱いなのだ。逆にこの国の守護神であるゼト神や或いはリンドウのような、人間に耳や角や尻尾だけくっ付けたような容姿は絶賛される。うーん、理解に苦しむよ全く。国を挙げて萌え豚かテメーらはと言いたい。
「ごめんなさいね先生。やっぱバージルに頼んで来てもらった方がよかったかなあ」
「構いませぬ。畏れ多くもかつては大名家の剣術指南役に座した身。陰口を囁かれることには慣れております故」
自分をバカにされることはなんとも思わなくても、自分の好きな人たちをバカにされることについては我慢できない、というのはありがちな展開だが、ありがちというのはそれだけ大勢の人間がそう思っているからこそありがちになるわけで。うーん、ムカつく。
かつての俺だったら大切なモノなんか作る方が悪い、自分から弱点を増やしてどうするバカが、自業自得だなどと罵っていたかもしれないが、今の俺は前世から筋金入りだった拗らせをある程度解消してもらった身。そのせいで逆に大人げなくなった気もするが、人としてはやや真っ当側に寄ったんじゃないかという気もする。
「義兄ちゃん! こっちッス!」
「お帰りホークちゃん!」
「もうすぐ始まるわよ」
グサグサと突き刺さる視線と囁きをスルーして体育館に戻ると、両親と護衛のオリーヴ、それにマリーの彼氏のディルくんがプログラムの紙を片手に座っていた。奥からオリーヴ、母さん、父さん、俺、ディルくん、カガチヒコ先生の順に座り、どこかのクラスがやっている演劇のクライマックスを眺めながらマリーたちのクラスの出番を待つこと数分。
「お、始まるぞ!」
「マリー! 頑張れー!」
「頑張ってー!」
疎らな拍手やそれぞれの家族の声援と共に幕が開き、それぞれお洒落に着飾った学生たちによる合唱が始まる。金髪・色白という縁起物であり、『後は胸以外の部分にもちゃんと脂肪さえ付いていれば文句なしの美人なのになあ』と惜しまれるマリーはどうやら女性パートの大事なところを任されたようだ。
なんというか、うん、普通だね。絶世の美声だとか、天使の歌声だとか、スタンディングオベーション不可避だとか、そういったことは特になく、普通に学生レベルで普通に上手い合唱が体育館に響き渡る。マリーが歌っている姿は鼻歌ぐらいしか聴いたことがなかったが、ちゃんと胸を張って堂々と歌えているようで何よりだ。緊張もしていないみたいだし。
「マリー、気合い入ってますね」
「そうだね」
美少女らしい素敵な笑顔を振りまきながら、次第に興が乗ってきたのか声量が強まっていき、迫力のある歌声に観客たちがやや圧倒されている。熱量が増したのはマリーだけではなかった。一生懸命練習してきた成果の見せ所だと、つられて同級生たちの声量も上がっていく。そのままの勢いで3曲歌って、マリーたちのクラスの出番は終わった。万雷の拍手喝采が体育館に鳴り響く。
「お父様! お母様! お兄様!」
「おお、マリー!」
「マリー! よかったわよ!」
「アレなら優勝も狙えるんじゃないか?」
発表が終わり、次の出し物の準備のために幕が下りる。未だ観客たちの興奮冷めやらぬ中、ハイビスカスと共にこちらへ合流したマリーが、嬉しそうに笑顔の花を咲かせた。
「マリー! 綺麗だったよ! 本当に輝いてた!」
「ディル! 嬉しい!」
大胆にも公衆の面前で、ディルくんに抱き着いて喜ぶマリー。父さんが咳払いをするか迷っているようだったので、出っ張ったお腹を肘でツンツンして、やめてあげようと合図を送ると、しょうがないな、という風に苦笑する父さん。母さんも初々しいカップルを見てニコニコしている。と、その時である。
「あん?」
「主殿」
「うん、気付いてる気付いてる」
刺々しい敵意。刺すような視線が遠巻きに俺たちに向けられたことに気付いたのは、俺とカガチヒコ先生、オリーヴに、あと父さんもか。さすがはイーグルパパ。人一倍人の敵意や悪意には敏感だ。ハイビスカスはどうなんだ、と横目に見上げると、気付いてはいるが放置を決め込んでいるらしい。ずっとマリーの傍にいる彼女がそう判断したのなら大丈夫だろうが、念のためお節介なお兄ちゃんが心配性のひとつでも発揮しときますか。
「オリーヴ、みんなをよろしく」
「ああ」
「ホークちゃん、気を付けてね!」
「大丈夫だよパパ」
「あら? どこ行くのホーク?」
「ちょっとトイレー」
強い殺気すら混じっていた、敵意溢れる謎の視線。ただの杞憂であればよいのだが。カガチヒコ先生を伴って、俺は視線の主の後を追う。王立学園の制服に身を包んだ男子生徒。大勢の客で賑わう校舎を抜け、空き教室に向かった彼は、しばらく佇んで拳を握り締めていたが、おもむろにすぐ傍にある机を蹴った。
「畜生! ディルの野郎、調子に乗りやがって! マリーちゃんに抱き着かれてヘラヘラしてるんじゃねえよあの貧乏人風情が!」
おっとこれは、修羅場の気配?





