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第33話 未来を生きる者と過去に置き去りの者達

その日は徹夜明けの朝だった。碌に家にも帰らず、大学の研究棟に引きこもって、学者先生達と楽しく無属性に限らない魔法の研究を楽しんでいた矢先のこと。一向に家に戻ってこない俺に痺れを切らした父が心配して、力尽くでも連れ戻してくるよう護衛トリオに命令したらしいのである。


「あー、久しぶりクレソン」


「久しぶり、じゃねえよ!このバカが!」


ゴルド邸に強制帰宅させられるための馬車に仕方なく乗り込もうとして朝の強い日差しを浴びた俺は、寝不足と不摂生と栄養不足が祟って眩暈だか貧血だかを起こし、そのままぶっ倒れてしまったのだ。気付いた時にはゴルド邸の俺の部屋……ではなく、王立病院のベッドの上にいた。


えーと、一体どうしてここにいるんだっけ、と頭がクラクラした状態でベッドから起き上がろうとした俺は、ベッドサイドにある小さな椅子が壊れてしまうのではないかと不安になるぐらいの肉厚の巨体から不機嫌オーラを発しつつ座っているクレソンと、久しぶりに言葉を交わしたというわけだ。


「バカは酷いなあ」


「うるせえ!テメエなんぞバカで十分だこのバカ!」


「それより、父さんに連絡してないよね?お願い、してないって言って。研究のしすぎで倒れたなんてバレたらあの心配性の父さんのことだから、部屋から出してもらえなくなっちゃうかも」


「チッ!してねえよ!オメエがそう言うだろうと思って、オリーヴの野郎がオメエの親父にも学院側にも連絡しねえようにって気回しやがったんだからな!ぶっ倒れたオメエのために飯まで買いに行ってやがんだぞ!感謝しろや!」


「ありがとうふたりとも。別に俺なんかのためにわざわざそこまでしてもらわなくても大丈夫なのに、手間かけさせちゃって悪いね。父さんとこに顔出したら、またすぐに大学に戻るからさ。そしたら俺のことなんか放っておいて、またすぐ自由にすごしてもらえるようになるか」


ら、と言い終える前に、ベッドから降りようとした俺はバランスを崩してベッドから転がり落ちそうになったところを、咄嗟にクレソンが抱きとめてくれる。しばらくぶりかに触れる毛皮の懐かしいモフモフ感とフワフワ感は、以前よりも更に良質になっていた。シャンプーでも変えたのだろうか。最近は一緒に風呂に入るどころか飯を食うことさえ碌にしなくなっていたから、こいつらの動向なんてこれっぽっちも知らないが。


「なあご主人よ。俺ら、オメエになんかしちまったか?」


「え?何もされてないけど?むしろ介抱してもらってるじゃん」


「そうじゃねえよ!テメエ、本気で解ってねえのか!?」


「何を?」


「こんの、バカ野郎がァ!!」


体調不良の頭に彼の怒鳴り声がグワングワン響いて、目が回りそうで気持ち悪くなりながらも、彼の怒った顔を見つめる。何が言いたいのかよく解らなくて、面倒だから闇属性魔法を唱えてさっさと彼の心の中を覗き込もうとして、失敗した。


ゴチン!!と頭に拳骨を落とされたのだ。


痛い。誰かに殴られるなんて、何年ぶりだろう。前世でまだ幼稚園児ぐらいだった頃に母親に頭をひっぱたかれて以来だろうか。筋肉達磨の彼が本気で殴ったら、それだけで頭蓋骨が砕けて死んでしまいそうだから、よっぽど手加減して殴られたであろうことは解る。


理解できないのは、何故殴った側の彼の方が、痛そうな顔をしているのか、だ。


奴隷の首輪を着けられている彼が、飼い主である俺に暴力を振るうことはできないんじゃないかって?そんな首輪、とっくに外したよ。さすがにもう五年も一緒に暮らしてたんだぜ?そんな首輪なんて必要ないぐらいに打ち解けられたから、王立学院に入学する前にはとっくに外してやってたよ。


本当はいざって時の肉壁要員として、俺を庇って死んでくれる身代わり奴隷を買ったつもりだったのに、結局一緒に仲よく暮らしているうちにすっかり情が湧いてしまったせいで、それもできなくなっちゃったんだよな。俺ってばとことん甘ちゃんっていうか、偽善者っていうか。


とにかく、彼はもう自由の身だ。どこへなりとも好きに行っていいよ、と告げたところ、このまま今の生活を続けてやってもいい、と言うので、奴隷ではなく護衛としてきちんと雇い、他のふたりと同じだけのお給料も支払っている。父さんがだけど。


「もう我慢ならねえ!あのふたりと違って、俺ァ気がみじけェんだ!」


「いや、いきなりそんなこと言われても解らないって。何?俺、なんかやらかしちゃった?」


「なんにもやらねェんだろうが!いきなりなんにもやらなくなっちまった!トランプも、チェスも、将棋も、リバーシも、乗馬も、買い物も、外食もだ!!一緒に飯を食うことも、風呂に入ることもしねェようになっちまって、俺らの尻尾に触ることすらしなくなっちまった!!なんにも言わねェ!なんにも求めねェ!あんだけ懐っこかったクセによォ、いきなり俺らを一瞥すらしねェようになっちまうってェのは一体どういうこった!」


俺の体をベッドに仰向けに叩き付け……こそしなかったものの、片手で押さえ付けながら、俺を睨み付けてくるクレソン。どうやら本気で怒っているようだ。一体どうしたというのだろうか。ああ、そういえば、こいつらがヴァン君と楽しそうに仲よくしてる姿を見ているとなんだか無性にムカついたんで、こいつらの名前を要らないものリストに書き加えて、いついなくなってもいいようにと仲よくすることをやめたんだった。


だが、それがどうしたというのか。彼らには、今まで俺のワガママに付き合わせて束縛してしまっていた時間を自由時間として解放してあげたのだから、嬉しいはずだ。ただでさえホワイト勤務な仕事の時間が、更にゴッソリ減ったのだから。俺だったら、大して好きでもない上司に嫌々付き合わされる時間が減ってラッキー!ぐらいにしか思わないだろうに。彼がそれに不満を抱く理由がよく解らない。


「なあ、俺らはオメエに何をしちまったんだ?オメエ、ここんとこちィっとも笑わなくなっちまったじゃねえか!!少しも楽しそうじゃねェ!!大人になったってェのとも違う!!あんだよ!!俺らの何が不満だってんだ!!今まで仲よくやってきたじゃねェか!!そんないきなり手の平返したみてェに冷たくされる理由が分かんねェよ!!文句があるってんならそう言えよ!!」


だって、だって、俺と一緒にいるよりヴァン君と一緒にいる方が楽しそうに見えたから。脇役の俺なんかより、やっぱりみんな主人公の方をみんな好きになるんだなって、そう思ったから。


「もう我慢の限界だ!!オリーヴもバージルも、今はオメエを信じて待つだとか悠長なこと言ってやがったがよォ!!俺ァ気がみじけェんだ!!もうこれ以上は辛抱ならねェ!!」


ヴァン君という主人公と仲よくなった今、今更俺のことなんかどうでもいいんじゃなかったのか?そんな風に言われたら勘違いしてしまいそうになるじゃないか。それじゃあまるで、俺のことを大切な友達だと思ってくれてるみたいな……


「何かしちまったってんなら謝るからよォ!!そんな泣きそうな面してやがるクセして、じっと黙りこくってなんも言わねェで俺らに背ェ向けんじゃねェよ!!俺らはダチだろうが!!言いたいことがあんなら言え!!こっちを向け!!俺らを見ろ、こんの、大バカ野郎が!!」


慟哭にも似た絶叫。クレソンの、俺の顔よりも大きな手が伸びてきて、俺の首を鷲掴みにする。彼の握力ならそのまま首を絞めるどころか首の骨をへし折って俺を殺してしまえるだろう。だが少しも息苦しさは感じない。そのまま親指と人さし指で俺の顎を挟んで、無理矢理彼の方を向かせられる。


目と目が合った。たったそれだけのことさえ、久しくなかった気がする。


「……見ろって言われても、見て……」


るよ、と言おうとした言葉が、途切れた。


ああ、直視させられたのは、彼の顔だけではない。現実だ。


あれ?クレソンってこんな顔してたっけ?出会ったばかりの頃はもっと薄汚れた感じで、一年も経つ頃にはちょっと太った?なんて軽口を叩き合って。それで、それから、えーと……


「ねえ」


「おう」


「なんか、老けた?」


「ああ、オメエに心配かけられたせいでな」


前世では現実的にあり得なかったような、山猫とは思えない鮮やかなオレンジ色の毛並みに、白髪が混じっていた。もうずっと彼の顔を見ないようにしていたから気付かなかったけれど。


「戻ったぞ……おい!何をしているクレソン!坊ちゃんの首を絞めるなど、正気か!?」


「わー、待って待って!大丈夫だから!」


ホルスターから拳銃を取り出し構えようとするオリーヴに、慌てて両手を振って制止する。


「オリーヴ、だよね?」


「どうした?頭でも打ったのか?記憶の混濁があるようなら今すぐ医者を呼んでくるが」


「いや、大丈夫だよ。うん、大丈夫だ」


黒毛の山犬は、記憶の中の姿とあまり変わってはいなかった。極力視界に入れないようにしていたので、ハッキリと顔を認識したのはかなり久しぶりかもしれない。そうか、冷静に考えたら、もう何週間も意図的に彼らを避けていたのだから、久しぶりと思ってしまうのも当然か。


前世の記憶に覚醒した時に似た気分だった。まるで目が覚めたような。いや、実際目が覚めたのだ。


視界がぼやけて、色彩が滲む。自分が涙を流していることに気付いたのは、俺の首から手を放したクレソンが、そのまま親指で流れ落ちる涙を拭ってくれたからだ。心に堅くかけた錠前が、砕けたようなイメージだった。心の闇の奥底に沈めたはずの想いが解き放たれて、いつか癇癪を起こした子供が地べたに叩き付けるように、投げ捨てるように、わざと乱暴に手放したものが、この手の中に戻ってきたかのような。


フっと心が軽くなったと同時に、俺は自分が腹を空かせていることに気付いた。そんなことまで忘れてしまうぐらい、自分自身を蔑ろにしていたのだ俺は。ああ、本当に、どうしようもねーな……


「ねえ、君達さ……俺のこと、結構好きだったりする?」


「ったりめェだろうが。嫌いな奴のためにわざわざ怒ったりするかよ」


「それがどうかしたのか?」


「ああ、いや、うん……どうもしないよ。どうもしない」

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