第32話 ちょっと状況を整理してみよう
世界が広がるということは、接する人の数が増えるということだ。学院長、ルタバガ第二王子、各種ギルド長達と大学の教授に講師陣、そして学生達。正直、人と関わり合いになるどころか他人の顔と名前を新たに覚えることさえ酷く億劫なのだが、そうも言ってられないので、ここらで少し頭を冷やして状況を整理してみよう。
まず俺が大学に飛び級した目的。
ひとつは無属性魔法に関する研究を進め、ゼロ兄妹に恩を売ること。ヴァン君は間違いなくこの世界における主人公だ。恩や媚びを売っておいて損はない。見た目は子供でも中身がもう22歳相当な俺が小中学生をもう一度やらされるという軽い拷問を回避するためにも必要なことだった。正直、やってられんかったからな。
世の中には小学校のテストで百点満点を取ったぐらいで親や教師や同級生を相手にドヤ顔でイキリ散らかす痛々しい元中年サラリーマンだとか、精神年齢が肉体年齢に引っ張られているとかいういやそうはならんやろな理屈で小学生男児に本気で恋をしてしまったり、悲しいからと人目も憚らずにギャン泣きしてしまうような元独身OLなどの痛々しい連中(個人の感想です)は存在するみたいだが、さすがにねえ……(あくまで個人の感想DEATH)
もうひとつは、もしなんらかの研究で功績を上げて爵位を授与されるようなことになれば、サニーとしたくもない結婚をしなくて済む、という点。彼女のことは嫌いではないが、本音を言えば正直俺は生涯独身でいたい。男爵家を継ぐ立場になれば、子供は絶対に必須だろうからな。結婚だけでも猛烈に嫌なのに、まして中等部を卒業したばかりの15~16歳ぐらいの少女を孕ませろというのは死んでもお断りしたいに決まってるだろ?
実際、イジメ問題を抜きにすれば、学者ギルドはいいところだ。国王も女神教も知ったことか!俺達は研究に生きるんじゃい!とばかりに、決して表沙汰にできないような研究に日頃から手を染めていたらしい彼らは、無属性魔法や無適合者に関する研究にもバンバン協力してくれるので非常に助かる。
「では、無属性魔法の本質とは、人間の体内で変換されたエレメントの属性情報だけでなく、エレメントに付与された魔法の指向性をも無効化・ないしは初期化することにある、と?」
「あくまで仮説ですが。光属性・水属性といった属性を問わず、回復魔法そのものが、怪我を負ったヴァン少年には効きませんでした。それも、ただ効力がないのではなく、魔法そのものが彼の体に触れた途端に掻き消されてしまうのです。ただ術者の体内で光や水の属性に変換されたエレメントを初期の状態に戻しているだけならば、『無属性の回復魔法』として、回復効果そのものは残っていなければおかしい。では回復せよという呪文部分が打ち消されているのだとしたら、光や水の魔力に変換されたエレメントはどこへ行ってしまうのか?」
「無属性の回復魔法!」
「その発想はまさに盲点でしたな!」
「考えてみれば、無属性魔法で何ができるのかさえ、我々は知らない!」
盛り上がる学者先生達を手で制し、俺は続ける。
「僕達が普段利用している魔法は、空気中に含まれるエレメントを体内に取り込んでそれぞれの体質ごとに異なる属性の魔力に変換し、その属性に適合した現象を引き起こすべく、指向性を持たせた命令を実行させることで発動しているわけですが」
「一口に回復魔法と言っても、光属性でも水属性でも傷を癒やすというその一点においては全く同じ結果をもたらすという事実にも着目すべきですな!エルフ達の間では、木属性の回復魔法なるものが使われているという事例もありますぞ!」
「ではエレメントに付与された指向性そのものが魔法の本質であり、属性はその効力をイメージすることを後押し・補強するための補助的な代物に過ぎないのだとすれば!」
「世界がひっくり返りかねませんな!理論上、闇属性の回復魔法、火属性の回復魔法といった、従来の発想ではあり得なかった魔法を実現することさえ可能になるやもしれませぬ!」
「危険な、極めて危険な発想ですわ!ですが、だからこそ研究のし甲斐がある!」
「属性とは何か!魔法とは何か!ああ、これまで誰もが常識と信じて疑わなかったものが、覆されるかもしれないこの高揚!この興奮!この期待!これだから研究はやめられませんなあ!」
放っておいたらこのまま翌朝まで続く討論会でも始めかねない勢いの大盛り上がりだ。
「属性と、効果!これまで同列に語られていた概念が、引き剥がされようとしている!そこを別個に分けて考えることが可能になるならば、まさしくパラダイムシフトが起きますぞ!素晴らしい、実に素晴らしい着眼点です、ホーク君!我輩、興奮のあまり胸の高鳴りが止まりませんぞ!」
「無属性にエレメントを変換する、という考えが、前提からして間違っている可能性もありますね。水属性の魔法を氷属性の魔法で上書きしたり、木属性の魔法を火属性の魔法で乗っ取る形で威力を底上げして発動することができる点は既に証明されていますから。元々全てのエレメントは最初から無属性であり、人間が勝手に属性を後付けしているだけだとしたら」
「ブラボー!ブラボー!」
「その発想はなかった!まさに悪魔的発想だ!」
「すぐに研究を!実験を!検証を!解明を!証明を!」
「素晴らしい、素晴らしいですぞホーク君!やはり君を招聘することを選んだ我輩の目は間違っていなかった!同志諸君、さあさあ座っている場合ではありませんぞ!」
俺の持ち込んだ無属性魔法と、無適合者に関する研究。その研究に協力してくれている学者先生達との話し合いは、毎度のように激論となる。学者ギルド長のオークウッド博士は毎回必ず顔を出すし、魔術師ギルド長のお髭のおじ様も、一度堪らずといった様子で口を挟んでオークウッド博士と一時間以上も激論を交わし合ってからは、参加する機会があきらかに増えた。
何から何まで興味のある分野ならば節操なしに片っ端から食い付いていく学者ギルドとは違い、魔法だけを信奉する魔術師ギルドにとっても魔法の根幹を揺るがしかねない此度の題材はそれまで宗教的な理由で敬遠されていた未知の分野を掘り下げていくだけあってか、学者ギルドの天災的天才達とは別のベクトルで極まった魔法バカ達が、専門家としての意見を遠慮なく述べてくれるというのはこちらとしても大助かりである。
当然、こんな話をしていることが国や女神教にバレたら即刻研究を凍結されるどころか俺自身が反逆罪で捕まってしまってもおかしくはないレベルでの特級危険物を取り扱っていることは間違いないので、それぞれのギルド長が見込んだ、本当に知識の探求のためなら神をも畏れぬ極まった大バカ野郎だけが集められており、情報が洩れるリスクも最小限に留めている。
まあ、だからこそ『普段大学で何をやっているのかよく分からないのに何故か過剰に評価されている。教授や講師達に訊ねてもその理由を教えてもらえない』と余計に大学生達からは反感を買う結果となっているのだが、別に連中と仲よしこよしがしたいわけじゃないからどうでもいいな。
俺が1を言えば10の質問が飛んできて、10の返答に対し100の議論が飛び交い始めるような魔窟でああでもない、こうでもないと議論を交わし合うことは、結構楽しかったりする。元々オタク気質な俺は、ひとつの事柄について深く掘り下げて考察したり、意見をぶつけ合ったりすることは好きだ。
「なんだか随分と凄いことになってしまっておりますわね。わたくし達三人だけで議論していた頃とは比べものになりませんわ」
「そうだね。やはり素人の寄せ集めが頭を捻らせているより、素直に専門家に知恵を拝借する方が正確で確実なのかもしれない」
一応当事者の妹ということで、見学に来たローザ様とピクルス王子は白熱する学者達の盛り上がりっぷりについていけないといった風な顔をしており、ルタバガ王子は熱く意見をぶつけ合う学者や魔術師達の姿に目を輝かせている。
「本当に面白い子に目を付けたものだなピクルス!お前が気にかける理由もよく解るよ!是非ともホーク君にはこのまま、この国の更なる発展のために尽力してもらいたいと思わないか?」
「この国の、ですか?」
「おっと、そんな怖い顔をするなよ。お前だって純粋な友情だけを彼に見出しているわけじゃないだろ?」
「それを言うのであれば、わたくしとて同じ穴のムジナですわ。元はお兄様をお助けしたいというわたくしのエゴが発端ですもの。利用している者として、彼への恩義には報いなければ」
ヒソヒソ話に耳を立てた限り、順調に恩は売れているようでよかった。このまま彼らの味方をしていれば、いずれヴァン君を主人公とするなんらかのストーリーが始まってしまったとしても、俺は主人公サイドの味方キャラとして認識してもらえるはずだ。
魔王が復活するとかかつて女神と戦った邪神(そんなものがいるのかは定かではないが)が蘇るとか、隣国との戦争が起こるとか魔物の大軍が王国を襲うとか、あるいはそんなものはなくてただ単に貴族ではなく平民として高等部から王立学院高等部に入学して髪の毛の色がカラフルな美少女達と甘酸っぱい青春ラブコメを平和に楽しむのかは知らないが、いざという時に彼らの仲間扱いをしてもらえるのならば、安泰だろう。