第306話 冒涜的呼び声
「やっとこの世界一ニッチな誰得性癖博覧会も終わりかー」
「侵入者をエロい目に遭わせるダンジョンって聞いた時は不謹慎にもちょっと行ってみてえ、と思っちまいやしたが、ここまでえげつねえモンがドッサリ来るとエロってよりグロの領域すぎてドン引きですわ」
「敗者の尊厳を辱めるにも限度ってもんがあらァな。俺ァ、死ぬとしてもここでだけは死にたくねェぜ」
(人類史の貴重な参考資料として、ナノマシンドローンで録画・撮影していることは皆さまには伏せておいた方がよさそうですね)
(そんなことしてたんかい!?)
(ホッホッホ。これは坊ちゃま、どうぞ密に、密に)
なんかこう、イラスト投稿SNSや有償依頼サイトなどで覗いてはいけない深淵をうっかり覗いてしまった時のようなSAN値の減少を感じる。まさに好奇心は猫をって奴か。
前に奥に進む度に次から次へと目の前に広がりまくる悪趣味度で言えばこの世界でも最低最悪レベルの魔境魔窟なのではなかろうか。ここに来たのがある程度精神的には熟成している俺たちでよかった。多感な思春期のヴァンくんやリンドウでは胃が耐えられなかったかもしれない。
さて、非常に不本意だがこの先に進んだらボス戦ですよ、みたいな重厚な巨大扉が目の前には鎮座している。正直開けずに帰りたいところだが、老若男女無差別桃色スライムの異常発生の原因がなんなのか判らない以上、いつ再発するとも知れないのでできれば原因は取り除いておきたいのだが。
またなんか人間の悪意とかで蘇る第2第3の魔王だのチート転移者だのがポップリポップジャンプしましたみたいな感じで生えてこないとも限らないしな。
「Heyシェリー、この先に何がいる?」
「何かがおりますな。惑星よりも巨大でありながら細胞よりも小さく、男でありながら女でもある。老人のようでいて幼児のようでもあり、人になったかと思えば人の形から逸脱し、何よりも強いのに誰より弱い。何者でもあり何者でもなく、誰でもあって誰でもない。そこにいるのにどこにもいない、を脈絡なく不定期に繰り返すような、途方もない何かが。情報の分析が全く追い付きませぬ」
「う わ あ」
「なんでェそりゃあ?」
「ワケ分かんねえけど、シェリーの爺さんが嘘を吐くとも冗談を言うとも思えねえですし。それに俺の第六感が、今すぐ一目散にケツ捲って逃げろってガンガン警鐘を鳴らしてやがるんですがそれは」
やめよう、絶対厄ネタじゃん。いやでも、ここで引き返したら絶対近いうちに悪夢の中に勝手に押しかけてきそうでそれはそれで正直困る。どうしよう、すげえ関わり合いになりたくない!! 頑張れば倒せなくはないだろうけど、倒したところで旨味もリターンもほとんどないような厄介な地雷ボスじゃん完全に!
「シェリー大丈夫? 逆ハックとかなんかでよからぬウイルスに感染したりしてない??」
「今のところは。どうやら『まだ』見逃されているようでございますな」
しょうがない、あっちがその気ならこっちもまずは平和的にお話し合いと参りますか。
「何やってんだご主人」
「文通」
「やめましょうよ坊ちゃん! オリーヴの野郎でなくとも解る、ぜってえ碌でもねえ嫌な予感がしやすぜ?」
「さすが鋭いね、大当たりだよ!」
俺は念のため持ってきていた肩がけ鞄の中から裏側が白い広告チラシを折りたたんだものと鉛筆を取り出すと、走り書きをした紙を鉄扉の下の隙間からそっと差し込んだ。
『初めまして、匿名希望の子豚です。もう帰っていいですか?』
すると、さして間を置かずに紙が戻ってくる。そこには血のような赤黒い文字が、直視を拒むようなおどろおどろしい書体で書かれていた。
『いいよ。自分、ドラゴンや鰐や鮫やリザードマンにしか基本興味ないから』
あっぶねえ!! セーフセーフ!! 師匠を連れてこなくてよかったー!! というかリンドウ危機一髪だったじゃねえか!! いや、あいつは人間成分強すぎて扉の向こうの奴のセンサーには引っかからないか? なんて考えてしまった次の瞬間、別の紙が扉の下からスっと出てくる。
『うん。ドラゴン娘を名乗るならせめて体や顔の半分は鱗に覆われていてほしいよね。何あの人間に飾りを付けた程度の角と尻尾と八重歯だけって。詐欺じゃん。爪も舌も牙も短すぎて全然ダメ。ナメとんのかって女神に苦情を入れたいレベル』
色々言いたいことはあるが、俺はスルーしてこちらも返事をしたためる。
『帰った後で俺らの身心に何かが起きたりはしませんよね?』
『しないって。自分ルールって大事じゃん? 自分の場合はこのダンジョンに入ってきた奴は全員自分の獲物だけど、君たちは無事最後の大ボス以外の罠を全部突破してみせた。だからってムキになって手持ちの戦力以外の駒を投げ付けるのはフェアじゃないし、タワーディフェンスで出待ちしていいのは敵の湧口前まででしょ?』
『その割にはなんか変なピンクスライムがお外に出てきましたけど? ていうか俺、その獲物を解放しちゃいましたけどいいんですか?』
『それは敵が湧かなくなったからやむなくだよ。このダンジョン、放置してたらまずいぞーって脅してやれば慌てて討伐しに来るでしょ? 人間が人間を助けに来るのは別に構わないよ。ドロケイだってそうだし。そもそも自分は獲物を堕とすまでが楽しいのであって、堕ちた後は別にそこまでそそられないし』
凄い。凄い速さで紙に血文字のような赤黒い文字が浮かび上がってくる。ヲタク特有の早口なのか高速タイピングなのかは知らんが、とにかく知りたいことは知れたのでよしとしよう。
『別に入ってきてくれてもいいんだよ?』
『はっはっは、遠慮しておきますよ。よそ様のプライベートルームに土足で踏み込むのも失礼ですしね』
『(´・ω・`)』
突然の顔文字やめい!!
『ところで、もし脅しで魔物を派遣してもそれでも本当に誰も来なくなった場合、自分ルールの線引きはどこになるんです?』
『(`・ω・´)』
『割と真剣に洒落にならないのですが??』
『メンゴメンゴ。ま、引き際はちゃんと弁えるから大丈夫だよ。バカがバカやって許されるのは垢BANされない範疇までだからネ? 特にここの世界は、よその世界に比べて監視とか規制超厳しいし』
とにかく、絶対明けない方がいいドアなのは解った。幸いあちらさんも帰っていいよって言ってくれてるみたいだし、遠慮なく帰らせてもらうとしよう。ここで調子に乗って俺らチート集団だから平気平気! とか言って突撃してSAN値直葬とか悪いけど絶対お断り。
俺結構ビビリだから前世じゃホラー映画とかかなり苦手だったんだけど、視覚的な不快感で生理的嫌悪感を刺激しようとする系のホラーって特にダメなんだよねマジで。超嫌い。チョーキライ!
「俺らは何も見なかった! 適当にスライムを蹴散らして人助けしただけ! 一番奥にある謎の扉は開けられなかったので、やむなく引き返しました! いいね?」
「異論ありやせん」
「お、おう」
「仰せのままに」
んなとこさっさと出やしょう! と俺を急かすバージルやニッコリ微笑むシェリーとは対照的に、オリーヴとはまた別ベクトルで野生の勘は俺らの中で誰より鋭いはずなのにあんまピンと来ていない感じのクレソンだったが、俺の暗黒微笑で何かを察したのか、しょうがねえなァ、とボリボリ後ろ頭を掻く。
アレか? その気になればチートパワーで『邪神とも拳で語り合える。』ができちゃうせいで脅威度判定がそこまで高くない感じなのか? 相手は『そのチートパワー、消えるよ』ができちゃうかもしれん可能性を秘めた領域外の生命体(そもそもまず生きてるかどうかも不明)だぞ??
「そ」
れじゃあ、お邪魔しました、と言いかけて。慌てて俺は口を塞ぐ。ふう、危ない危ない。ここまで念には念を入れて筆談だけで無事乗り切ったのに、最後の最後でこの世のものとは思えないような、おおよそ人間の声とは思えないような悍ましい声を聞かされちゃ堪らんぜよ。
「(う ん 、 よ け れ ば ま
た お い
で 。
次 は イ ル カ や ナ ス
ビ
の
話 を し よ う)」
それは、思わずウットリしてしまうような。この世のものとは思えないぐらい狂おしい程に美しく透き通り綺麗に濁った透明で極彩色な響きを伴う、誰よりも可愛らしく何よりも愛らしく甘く優しく可憐で妖艶で無邪気で純粋で蠱惑的で退廃的に囁かれた、宇宙で一番魅力的な重苦しく甘美な声だった。
人の言葉などでは断じてない、冒涜的な異音が耳の穴の中を這いずって中に潜り込んでくるかのような強烈な悍ましさである筈なのに、もっと来て、もっと沢山、もっと奥に、と跪いて冀ってしまいそうになる程の、凄まじい『何か』。
今の今まで『さっさと帰りやしょ!』と一目散に撤退モードだったバージルが、思わず足を止めて聞き惚れてしまう程の。あのクレソンが反射的にブワっと全身の毛を逆立てて爪も牙も剥き出しにしてしまう程の。人工知能であるシェリーの手が、思わずフラフラと扉に伸びそうになってしまう程の。まるで何万光年の彼方に待ち焦がれ続けた運命の最愛がこの向こうにいるのだと錯覚せんばかりの勢いでもって、『ソレ』は母より優しく我らを手招く。いやいや嫌。
「みんな大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫、だよな? 俺」
「……チッ! そういうことかよッ!」
「これ程までとは……」
ガシャーン! とシェリーの操るドローンが地面に墜落し壊れる音で、3人はハっと我に返ったようだ。そして俺だけがなんともなかったのが解せぬ。いや、解せなくはないか。たとえ極めて邪神っぽい何かの魅惑の囁きであろうと、存在レベルで色恋沙汰に興味がないせいで魅了判定をメチャクチャスルー可能なことが証明されてしまったわけだからな。嬉しいんだけど、なんか複雑。
にしても楽な依頼のはずが、最後の最後にとんだド級の厄ネタが待っていたとは。ほんと、触らぬ神に祟りなしだぜ。くわばらくわばら。胆試しにゃまだ早いってーの。とりあえず帰ったら知り合い全員、特に師匠に、クッソ面倒なことになるからこのダンジョンにだけは絶対近寄らないようにって念入りに釘を刺しておくとするかね。
なお今回の一件でゴルド商会並びに冒険者ライセンス持ち2名の株がまた上がった模様





