第305話 なろうで魔物と言ったらスライムか骨
スライム、と聞いて何を思い浮かべるだろうか。RPGの序盤のザコ敵だろうか。
日本では貧弱でどこか可愛らしいゼリー状のプルプル生物の印象が強いが、洋ゲーなどだと斬っても突いても殴っても即座に分裂し、再生してしまう上に体液が強酸性だったりと物理にはめっぽう強い難敵として登場することも珍しくなく、人によって抱くイメージはそれなりに振れ幅があるだろう。
或いはよくあるなろうや異世界転生モノなどでは、一見最弱に見えて実は最強生物、みたいな扱いをされることも多い。取り込んだ獲物の能力を吸収する、みたいなのがメジャーどころだろう。
中にはドロドロネバネバ、GとIの間に挟まれた何かを想像してしまう者がいてもおかしくはない。適当に美少女キャラ複数名をスライムとの戦いに放り込んで、服だけ溶かされちゃってキャー! みたいなお色気要素で男を釣るというのはマーケティング的には大正解だからね。
その点、うちは安心だ。なんせメインの女性キャラがローリエぐらいしかいないからな。彼女の得意分野は凍結という、粘液生物にとってはクリティカルな弱点。そうでなくともあのメイド服のどこかから平然と取り出す火炎放射器で焼き払うことも容易だろう。なんらかのご都合主義的天の介入がなければだが。
「そんなわけで、ちゃちゃっと退治しちゃいますか」
「うーす」
「おー」
「御意に」
非常にやる気のない態度で力弱く拳を突き上げるのは、今回の『え? 牢トラップダンジョン?』攻略メンバーに選んだバージルとクレソン、それにナノマシン義体で実体化している老執事シェリーだ。最近実体を持って活動することができるようになったため、暇な時はこうしてスマホから出てくるのである。
「シェリーは地味に初陣じゃない?」
「ええ。ですのでわたくし、とても楽しみでございます」
「執事服に刀なのはなんでなの?」
「メイドと言えば機関銃、執事と言えばピアノ線か刀でございましょう?」
「言われてみれば、そんな気がしないでもないかも」
「いやいや、そんな執事見たことねーですから!」
常識的なツッコミを入れるバージルはさておき、パスティーッシュ牢獄を覚えているだろうか。ほら、なんか知らんけど足を踏み入れた人間をエロい目に遭わせる方向に超進化したとかいう謎のダンジョン。
去年新聞で読んだ時は別に放置でいいだろ、と思ってそれきり忘れていたのだが、なんか最近になって牢獄ダンジョン内からピンク色した変異種スライムが大量に溢れ出してきたらしく、とうとう冒険者ギルドが本格的に事件解決に乗り出したらしい。
なんでも女性冒険者が一切寄り付かなくなってしまい、女性冒険者が来ないんじゃ意味ねーや、と男性冒険者も去ってしまい、残されたのは正義感に燃える一部のお人よし連中と、そんなお人よしたちがエロトラップダンジョンで酷い目に遭うのを見るのが大好きというちょっとアレな連中ばかり。
かくして攻略は遅々として一向に進まず、とうとう大規模な桃色スライムたちのスタンピードが発生してしまったわけだ。
さてここで問題です。将来は冒険者として生きていこうと冒険者学校の体験入学や公開入試の見学等色々やってるお人よし青年のヴァンくんがこんな大事件を放置しておくでしょうか? 答えはノー。ヴァンくんが首を突っ込むとなれば当然彼女のリンドウと、お兄様大好きっ子のローザ様もほっとくわけがない。
善意で首を突っ込んだ結果、危く首ではない何かを突っ込まれる羽目になっちゃいましたーなんてことになったら洒落にならないわけで。俺にとってもヴァンくんは数少ない同年代の友達である。そんなヴァンくんが薄い本案件な目に遭うのは少々忍びない。
かくして公爵家より多額の依頼料+αの報酬と共に、冒険者ギルド経由でB級冒険者"成金野郎"バージルと面倒臭がって昇格試験をずっと放置しているD級冒険者"紫電"のクレソンにご指名が回ってきたというわけだ。しっかし、紫電はいいとして成金野郎ってどういうふたつ名だよ。ただの悪口じゃねーか!
「順調ですねー」
「順調だねー」
「今更この程度のザコ相手に苦戦する理由もねェしなァ」
「左様でございますか。ああクレソン様、曲がり角に大型エネミーの反応が……今消えましたね。逃げたのでしょうか」
「賢明な判断だが、それじゃつまんねェぞォ!」
さて肝心の巨大地下牢獄ダンジョン攻略だが、言うなれば攻略推奨レベル40ぐらいのダンジョンを平均レベル250ぐらいのパーティで攻略しているようなものだ。つまりはお話にならない。紫色に発光する電撃を全身に纏わせたクレソンが先頭を歩くだけで、通路にミッチミチのギッチギチに詰まったスライムたちは順次焼き払われて蒸発していく。
マッピングや敵のサーチは万能電脳執事シェリーが広域スキャンで一気に行ってくれるため、元B級冒険者の腕の見せ所を特に発揮することもないまま神剣クサナギソードをいつでも抜ける状態でしんがりを務めるバージル。楽勝ムードでもちゃんと警戒を怠らないのはバージルのいいところだね。
俺の役割はって? 常に最悪の斜め上の真上の後ろの上下左右過去と未来を想定して、それを軽々と踏み越えてくるようなとんでもない奴が出てこないか疑心暗鬼になることだよ。揺るぎない卑屈さと被害妄想なら結構いい線いってる自覚はあるからね。
こうやって調子に乗って浮かれてるようなチート強者ムーブしてる奴に限ってあっさり足を掬われるんだぞ! と警鐘を鳴らしつつ、例えばこの地下牢獄ダンジョンの最奥には実は仲間に見捨てられ置き去りにされたり或いは上層の吹き抜けから突き落とされて最下層に落下してチートな覚醒を果たした冒険者がいたりするんじゃ、みたいな悪い方へ悪い方へ物事を考えてしまうのが俺の役割ってワケ。
ナノマシン散布と3次元スキャンによる超広域精密マッピングと、行き止まりに当たったら平然と突き当りの壁をぶち抜いて無理矢理先に進む筋肉達磨。物理的ショートカットとかいうクレソンのインチキ暴挙で天井などが崩落しそうになれば土魔法で瞬時に補強してくれるバージル。
まさに至れり尽くせりなパーティメンバーによって、俺たち一行は大量発生した桃色スライムをちゃっちゃか駆除しながら無事最下層まで到達したのであった。
「はっ! 分かったぞみんな! 今の俺たちは戦力的に言わばS級パーティを組んでる状態! つまり、役立たずの無能なお荷物子豚な俺はパーティを追放されてしまうに違いない!」
「なァにワケ分かんねェこと言ってやがんだオメエは。オラ、次の犠牲者がいやがったぞ。さっさと回復魔法でもなんでもかけてやれ」
「回復魔法っ!?」
冗談はさておき、ここは冒険者ギルドも認める工□トラップダンジョンである。それ即ち内部にはそれなりの数の被害者がそこそこの時間とっ捕まってしまっていたわけで。
階層が浅いうちはお尻ペンペン草だの足の裏ペロペロガエルだのどいった深夜アニメにも出演できそうな程度の魔物たちが憐れな被害者たちを責め苛んでいたわけだが、階段を下りるごとにどんどんそういったとんでも魔物たちの魔改造度や過激度が上がっていき、最深部ともなるとR-18を通り越してR-18Gな展開に陥ってしまっている、廃人一歩手前の重傷者もいるということだ。
同情はするが自分たちの意志でダンジョン攻略に乗り出したわけだから自己責任で、とダンジョン脱出用の魔道具アイテムを使って痴情に、失礼地上にある冒険者ギルドのベースキャンプで待機してもらっているヒーラーさんたちの元へ救助した犠牲者たちを転送していく。
中には人としての原型を留めていなかったり精神崩壊していたりと可哀想なことになっている男女もいたので、あまりに酷い場合は記憶消去魔法や時魔法で最低限人間と呼べる状態に戻しておいたけれど、ちょっと思ってたより精神的にクるものがあるな、うん。
まあ、野良ヒール辻ヒールはヒーラーの嗜みみたいなものだし、奇跡の大量投げ売りはチート転生者の醍醐味みたいなもんだから、人助けついでにこれぐらいはまあ許される範疇なのではなかろうか。





