第31話 キラキラ王子の兄はキラキラ王子
「やあ、こんにちはホーク君!今日も今日とてひとりでランチか?よければ俺も、ご一緒させてもらっていいだろうか!」
「畏れ多いことでございます、殿下」
「ははは!俺のことは親しみを込めてルタバガと呼んでくれと言ったろ?」
「畏れ多いことでございます、殿下」
「そんな露骨に畏まられてしまうと寂しいな!学院内では王族も貴族もなく皆平等、だろ?」
「ははは、それこそお戯れを。あなた様は21歳。私はまだ11歳。対等になり得るはずがございません」
「年齢とか、身分とかって、そんなに大事なことか?」
寝言は寝てから言えバカ野郎。大事に決まってんだろうが、とはさすがに言えない。
「大事なことでございますとも。あなた様はよろしくとも、私共にとっては大問題です」
そこそこ充実した大学生活が始まって数週間が経過した頃。
最近俺は、妙な美青年に付き纏われるようになってしまって難儀している。既視感を覚える展開だなって?大正解!相手は三年生の先輩、白髪碧眼の第二王子、ルタバガ・ブランストン。そう、あのピクルス王子の腹違いのお兄様である。またか!兄弟揃ってなんなんだ一体!
ピクルス王子が正統派のキラキライケメン王子様だとしたら、ルタバガ王子はスポーツマン系の爽やか細マッチョイケメンといった感じだ。スポコン漫画に出てくるような、部員達をそのカリスマ性でグイグイ引っ張っていく系の、静かなる熱き闘志を秘めたクールな部長キャラみたいなのを想像してくれれば解りやすいと思う。
露骨に無視されたりあからさまに視線で見下されたりといった、初等部のガキ共ほど直接的ではないにせよゼミ内で軽いイジメに遭い始めた頃から何かと俺を気にかけてくれていた彼は、俺が腕時計型の魔道具を使って存在感を消すようになってからもその隠蔽魔法を見破り、普通に話しかけてくることができる程度には人間性も実力もちゃんとしているらしい。
もっとも、王族が平民イジメや子供を相手に差別を主導するわけにはいかないという当たり前の理由や打算もあるのかもしれないが、少なくともこの大学内で出会った大学生達の中では、一番まともな人間であることは間違いない。
とはいえ、弟の方が直視するのが憚られるような発光物系のキラキライケメンなら、兄の方はブレ〇ケアを五粒ぐらい一気に口の中で噛み潰したかのような、口の中が猛烈にスースーするを通り越してむしろ痛いわ!ってぐらいの清涼感の暴力がごとき爽やかイケメン。陰キャの俺にとって教室内で『オタク君なんの本読んでんのー!』みたいなノリで悪気なく絡んできそうな根明で陽気なスポーツマンというのはまさに水と油だ。
「午前中の講義はどうだった?解らないことがあったら、なんでも訊いてくれていいんだぜ?」
「殿下が私のような下賎の者に目をかけてくださる理由が何よりも解らないですね」
「おいおい、さすがにそれは自分を卑下しすぎだろ!数十年ぶりに飛び級をなし遂げたって評判の天才児だぜ?それも初等部から大学部への飛び級は、開校以来初めての快挙だって話じゃないか!今この大学内に、君のことが気にならない奴はいないさ!」
「気に食わない奴、の間違いでしょう」
俺のプヨプヨした肉厚のほっぺを指でツンツンしながら、美味そうに大盛り味噌ラーメンと大盛り炒飯のセットという剣と魔法のファンタジー世界のイメージをブチ壊しにするような定食を食べるルタバガ王子。大学の食堂としては正解なのだろうが、異世界的には不正解だ。
「まあまあ、そう言うなって!せっかくこうして縁あって知り合いになれたのに、君が独りぼっちでポツンとしているのを見るのは忍びなくてさ!」
「お気持ちは大変ありがたいのですが、私のことはどうぞ、放っておいてください。これ以上要らぬ波風が立ってしまうことを、私も周囲の皆さんも望んではいないのです」
「……そっか」
この国の第二王子がボンクラではなかったことを喜ぶべきか。あるいは彼が典型的な『いい人』であるせいで、こうして事あるごとに絡まれ無理矢理みんなとやらの輪の中に引っ張り込まれそうになるのでその都度全力でお断りするハメになっているのだと嘆くべきか。
彼に悪気がなく、親切心でやってくれていることは解る。でも、ほんと切実にやめてほしい。スクールカーストの頂点がスクールカーストの最底辺に好意的って、ハリウッド映画とかで冴えないナード系主人公にも優しく親切にしてくれる金髪巨乳ヒロインとかじゃないんだからさ。深海魚を無理矢理明るい水面付近に引っ張り上げたら死んじゃうんだぞ?
「君、王宮でも結構話題になってるんだぜ?あのピクルスにようやく友達ができたと思ったら、まさかの平民の商人だったって。おまけに今度は無適合者に関する論文を書いて飛び級だろ?君、自分が思ってるよりずっと周囲の注目を集めてるんだってこと、自覚した方がいいかもだぜ?」
「それはなんとも……ご忠告痛み入ります」
「ははは!ほんと、不思議な子だなあ!だからかな?君のこと、結構気になっちゃうのは!」
おっと、爽やか度1000%みたいなルタバガ王子の青い目に一瞬だけ昏いものが宿る。第一から第三まで、三人も母親の違う王子様がいると水面下での派閥争いとか、熾烈な後継者レースみたいなのもあるんだろうな。爽やかなだけじゃやっていけない世界だよね、王族って。
とはいえ、そんな王子間での派閥争いなんてものに俺を抱き込む旨味はほとんどないだろう。むしろ無属性魔法なんて女神教関連での厄ネタにしかならなそうな分野に携わっている分、王子様としては見過ごせないまである。だからか?そのために監視を兼ねて接触してきたのか?
「君と話をしてみたかったってのは本当。話をした上で、君のことをもっと知りたいなと思ったのも本当。どうだい?昼食が終わったら、腹ごなしにバスケかテニスでもやらないか?」
1 運動音痴の肥満児がスポーツなんかできるわけがない。断る。
2 11歳児が21歳の大学生相手に勝てる要素がない。拒否する。
3 食べてすぐ運動するとかバカだろ。謹んで辞退する。
「簡単なラリーぐらいしかできませんが」
「はは、さすがに11歳の子相手に、本気の試合をしようとは言わないよ」
正解は4 王子様の言い出したことに平民ごときが逆らえるわけがない、だ。
「軽い腹ごなしさ。楽しもうぜ」
さて、お昼休みに大学の中庭にあるコートでお遊びテニスを始めたせいで、周囲の注目が集まっている。いい機会だから、俺が普段使ってる魔道具の効果がどのような仕組みなのかを軽く解説しておこう。
たとえば、フェンスの向こうで俺とルタバガ王子がテニスをしているところをじっと見つめている、恐らくルタバガ王子に好意を寄せているであろう女子大生A。
『わあ、ルタバガ王子がテニスをしていらっしゃる。素敵だわ。相手は誰かしら?ああ、あの忌ま忌ましいゴルドか。『どうでもいいわね』。それよりルタバガ王子はやっぱりかっこいいわ。それにしてもあの豚、ルタバガ王子のお相手に選ばれるだなんて、卑怯な手を使って不正入学した豚の分際で『別にどうでもいい』わね。『ゴルドのことなんてどうでもいい』わ。『それよりルタバガ様の勇姿をこの目に焼き付けておかないと』。ああ、やっぱり素敵!飛び散る汗が堪らないわ!』
とまあ、こんな具合に俺へのヘイトを『どうでもいい』と思い込むように誘導する仕組みとなっている。当然、本心の部分では俺にどんな悪感情を抱いているか解ったもんじゃないが、それこそ俺の知ったことではないので『どうでもいい』。
「なあホークくん!君は今のこの国の、この学院のあり方について、どう思う?」
「特にどうとも思いませんが」
「本当に?」
「ええ、本当に。私のような一介の平民が、皆様方に何を思うことも無礼でありましょう」
「本当にそうかな?そうやって君達に口を噤ませてしまう俺達の方が」
「お戯れを、殿下」
打ち返すことを放棄した俺の顔のすぐ横を、硬球が通りすぎていく。フェンスにぶつかって軋んだ音を立てたテニスボールが、転々と転がっていく。
「あなた様も、ですか?」
彼は無言で微笑んでいる。
「ローザ様もピクルス様も、あなた様も。揃いも揃って皆様、私めごときに一体、何を期待なさっておられるのでしょうか」
「都合よく利用されることが不快かい?便利に使われることが不愉快かい?」
「いえ、いいえ。ただ、不思議なだけです。私などより余ほど、有用な道具はお持ちでしょうに」
俺がボールを拾いに行く気配がないので、ルタバガ王子はポケットから予備のボールを取り出すと、それをコートの地面に数回バウンドさせてから、またサーブしてくる。
「使えるものはなんでも使う。利用できるものは躊躇いなく利用する。王族・貴族の生き方なんてそんなものさ。長く使いたいと思ったものでも、必要とあらば壊れるまで酷使することも厭わない。俺もピクルスもローザちゃんもヴァニティ君もみんな、生まれながらにして誰かの道具だ」
一点の曇りもない爽やかな笑顔でそう言ってのける彼はなるほど、王子様なのだなと実感させられる。そして半分しか血が繋がっておらずとも、間違いなくあのピクルス様の兄弟なのだ、とも。
「だからこそ君のような、自分は誰のものにもならない、とハッキリ主張するような態度で、俺達のような王族相手でもこれっぽっちも臆することのない存在が、気になってしょうがないのかもしれないね。手に入らないものほど、人は欲しくなってしまうものだから」
「俺は、そんなに偉そうに見えてしまっているのでしょうか?」
「まあ、俺は好ましく思うよ。きっとあの子達にとっても、そうなんじゃないかな」
打ち返すことを完全放棄した俺を見下ろしながら、そろそろお開きにしようか、と彼は笑った。





