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第294話 ガメツとボイルドビーフ

「お前さん、一体何を企んでおるのかね?」


「別に何も?」


「笑わせるでないよ!」


「お前さんみたいな欲の皮の突っ張ったがめつい業突く張りが、おとなしくアレに従うもんかね」


「ははははは! それは言いがかりというものですな。わたくしは今も昔も、女神ミツカ様の忠実なる使徒にして、女教皇アンジェラ様の信頼篤き聖職者でございますとも」


「ならば、ゴルド商会からの不正献金についてはどう弁明するつもりかね?」


「一体裏でどれだけの額を受領したのか知れたものではないわ!」


「あれはわたくしの一切関与せぬ、純然たるゴルド様と匿名希望の篤志家氏のご厚意でございますよ。人様の善意を疑うなど、とてもとても!」


「ふざけるなよガメツ・ゴーツク!」


「我ら全員を同時に敵に回すということが、どういう意味を持つか解っているのかね?」


「おやおや、言うに事欠いて敵などと、それこそご冗談を。我ら女神教最高幹部たる13使徒。ええ、同じ信仰と志を抱き、女神教の教えを広める仲間にありますれば!」


お前ら全員が束になってかかってきたところで、痛くも痒くもねえんだよ! と言外に、そして露骨に表情に出しながら、使徒ガメツ・ゴーツクは他の使徒たちの前で、悠然と勝ち誇った笑みを浮かべる。かくして荒れに荒れ、紛糾に次ぐ紛糾を重ねた女神教13使徒会議は幕を閉じたのであった。


ったく、業突く張りのくたばり損ない共が、と内心口汚く吐き捨てながら、ガメツは通信用魔道具を利用したリモート会議を打ち切る。水晶板や鏡に遠見の魔法をかけて相手の姿を映し、風の魔法による音声伝達を利用した電話を組み合わせれば、異世界テレビ電話の完成だ。


女神教ブランストン王国支部・支部長室の壁に備え付けられた巨大な水晶板に浮かび上がっていたジジババ共の顔が同時に消え失せ、スッキリした! と何も映らなくなった水晶板に中指を突き立ててやった。


女教皇様に次ぐ女神教の最高幹部、13使徒などと言っても実際はこんなものだ。どいつもこいつも欲の皮の突っ張った拝金主義のロクデナシども。尤も、かつてはガメツ自身もそうであったのだが。やだねえ、昔の俺もあいつらと似たような醜い顔で似たようなみっともないこと言ってたのかねえ、反吐が出ちまうねえ、とぼやきながら、ガメツは支部長室を出る。


「ガメツ様! お出かけですか?」


「ええ、日課の散歩を。わたくしの分の昼食は不要です。その分は、どうか子供たちに」


「ですが、一日一食だけではガメツ様のお体が心配ですわ」


「はは! わたくしのような老人ともなると、すっかり胃も小さくなってしまうのですよ。わたくしのことはどうかお気になさらず、少しでも食べ盛りの子供たちに食べさせてあげてください。さあ」


「嗚呼、ガメツ様!」


「なんとお優しい!」


善良なシスターたちをいつも通りの適当な言い訳で追っ払い、認識阻害魔法とフード付きのマントを羽織ってひとり教会を出たガメツが向かう先は、当然馴染みの地下酒場、『アスタル亭』である。


「肉をくれ。牛肉ならなんでもいい」


「えーっとお、それじゃあ今日のオススメ、ボイルドビーフなんていかがですう?」


「それでいい。あとブドウ酒とベイクドポテトも頼むぜ。ブラックペッパーたっぷりでな」


「はあい! マスター! ボイルドビーフとベイクドポテトブラックペッパーマシマシ、それにブドウ酒入りまーす!」


アスタル亭の主人とは古い付き合いである。互いに人には詮索されたくない過去を持つ者同士、この国で知り合ってからもう何十年とここで人知れず清貧とはかけ離れた豪奢な飯を食らってきたのだ。あんなショボい飯で腹が膨れるかよ、と善良なシスターたちが知ったら卒倒してしまいそうな本性を剥き出しにして、彼はお通しの塩茹でにされた枝豆の小鉢に手を伸ばす。


そして一見頭もお尻も軽そうな美人ウエイトレスの正体が、腕利きの暗殺者であることもとっくの昔に知っている。なんなら夜のお相手を頼んだこともあるし、本業の暗殺を依頼したこともある。


「今日は子豚ちゃんと一緒じゃないんですねえ」


「よせよせ、噂をすりゃ影って言うだろうが!」


まるで厄介者であるかのような口ぶりだが、その実満更でもなさそうなことを見抜いているウエイトレスは、素直じゃないんだから、とブドウ酒の瓶とグラスをテーブルに置き、厨房の方へ戻っていく。そんな彼女の臀部に目をやりつつ早速一杯ひっかけていると、じきにワサビ醤油ダレのかかった熱々のボイルドビーフと皮までこんがり焼き上げられ、大粒のブラックペッパーがしっかりとかかったベイクドポテトの山が運ばれてきた。


人間やっぱ肉だよなあ、というしみじみした思いと共に、しっかりと味の染み込んだ牛肉を噛み締めながら、ガメツは上機嫌でスパイシーなジャガイモにフォークを突き刺し、フーフーと冷ましつつ口に運ぶ。いつもならばこの辺で、狙いすましたかのようにゴルドの倅が顔を出すところだが、あの悪童、今日は来ないようだ。別に会いたいわけでもないので、一向に構いはしないのだが。


今のガメツには精神的余裕があった。なんなら上手いことやってあのガキからかっぱらった(と当人は言い張っている)チート能力もあった。それに女教皇アンジェラからの篤い信頼も。他の使徒たち相手に嘯いた言葉は、満更嘘っぱちでもないのだ。なんせこちとら異端審問部隊ディヴァインズエイトとそれにまつわる女教皇絡みのゴタゴタの一部始終を知り尽くしているのだから。


あの懐かしき騒動からもう何年が経ったのか。女神教の内部、というか上層部、より言えば上層部の後ろ暗い暗部内で粛清や人事異動、その他諸々の嵐が吹き荒れたのだが。最大限それを利用して己の地位を更なる盤石で強固なものへと押し上げ、地位も名誉も金も、ついでに力ももう十分すぎるだろうってぐらいに手にしたガメツは、なんというか、一旦はもう満足してしまったのである。


つまりはそう、来るところまで来たなあ、もうこれ以上はないかもなあ、ぐらいの、欲しいものはなんでも手に入る人生最高の絶頂期、勝ち馬の上でリンボーダンスしているかのような充足感に、ちょっぴり燃え尽き症候群気味だったのだ。


とはいえそれも一過性のものだ。還暦すぎたジジイとはいえ、まだまだ煩悩はたっぷり残っているし、あの腐れジジババ共の悔しがる顔をやり込めてやるのは最高の娯楽だし、飯は美味いしあのチビ豚がヒーコラ言いながら運んでくる騒ぎも外野から眺めて面白がっている分には退屈はしない。


なんのなんの、まだまだ人生これからじゃないか。ガメツはお行儀悪くボイルドビーフを噛み締めながら、ブドウ酒を呷る。少なくとも他の使徒(ジジババ)どもよか長生きしてやらあ、と、ひとりそう決心しつつ、今日も今日とて彼は健康に悪いジャンクな食事を満喫するのであった。

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