第288話 セー・ラー・ブー
「ホワイト・ウィドワーズの真の首魁がシャトーブリアン女学園に?」
「ええ。俄かには信じ難いことかもしれませんが」
「何を言う、お主がそう申すのであればそうなのであろう!」
「わー凄い信頼感。もし俺が間違っていたらどうするつもりなんです?」
「その時はこの俺が正してやろうとも!」
「わあ迷いなき力強さが頼もしい。だからみんなから好かれるんですよ陛下」
「そのみんなにお主は当然入っておるのだろうな?」
「まあ、それなりには」
「ならばよし!」
イグニス陛下に抱き締められ、頬ずりされるのを死んだ魚の目で……はなく、そのモフモフとした極上の毛並みに猫吸い感覚でちょっとしたイイ笑顔で応じるホーク。1本で銀貨どころか金貨何枚クラスの超高級獣人用ボディシャンプーと専属のエステティシャンたちによる極上のエステにより最上級のふわふわもふもふ毛並みを誇るイグニスの黒毛はとびっきりの極上品だ。そんな仲よしおバカふたりをローガンがやや呆れたように眺めている。
「だが困ったね。場所がデリゲード王国とあらば迂闊に踏み込めば間違いなく面倒なことになってしまう」
「なーに、そこら辺の面倒事回避のためにお主がおるのであろうが!」
「俺ですか?」
「うむ! ほれ、おったであろう。あのおっかないメイドが!」
「おっかないのはイグニス様がやり過ぎるからであって、普通にしていればそこまでおっかなくはない筈なんですけどねえ」
「俺にとってはこれが飾り気なき普通であるのだから致し方あるまい! 一国の皇帝に向かって一切の躊躇いなく銃を向けるあの気丈さ! 実にそそるものよな! ……っと、すまん!」
「一切悪気がないだけに余計にタチが悪いですよね、あなたって人は」
そんなわけで、神様として面が割れすぎているゼト神を除くチーム豚ーズの中では唯一女学園に潜入しても問題のなさそうなローリエにお鉢が回ってきたわけなのだが……。
「嫌じゃー!!」
「何を申しておる! 部下を独りで危険な死地に送り込むなど、そなたは鬼か!」
「鬼はお前じゃ!! そこは信じて送り出すのも主の器量だろうが!!」
ゴルド商会とマーマイト帝国の金とコネを水面下でフル活用して、シャトーブリアン女学園に転校生を送り込む。勿論身元は完璧に偽造された真っ赤な偽物であるため、ローリエが仕事を終え学園から消えた後もゴルド商会にもマーマイト帝国にもヴァスコーダガマ王国にも迷惑が掛かることはない。
最悪マーマイト帝国には何を言われようが知らぬ存ぜぬで突っぱねられるだけの国力もある。どうせイグニスの世界的なパブリックイメージは最悪と最高の多層重ね状態なのだ。今更心証が悪化したところで-90が-91になるようなものである。
「ギャース!? やめてお皇帝様およしになって! あーれー!?」
「ムッハハハハ!! よいではないか、よいではないかー!」
だがホークにとって予想外過ぎたのは、イグニスがローリエだけでなくホークの分のセーラー服まで調達してきたことであった。身長100センチ、横幅太めの女子中学生にしてもあり得ない体型の子豚に誂えたかのようにピッタリと合う制服なんぞ既製品である筈もなく。文字通り特注で誂えさせたのだろう。いきなり羽交い絞めにされ着替えさせられ、オークウッド印の一吹き一秒でバージルがローリエヘアーになれるという夢の増毛剤でロン毛にさせられた髪をポニーテールに結われ。
「さあ、今更後には引けぬぞホーク! いやハム子よ! お前たちは謎の美人転校生姉妹! 姉だけ急に来られなくなりましたとあらば怪しまれようものよなあ?」
「俺が! 行った方が! 絶ッッッ対怪しまれるでしょうが!? ローリエもこの薄らバカに何か言ってやってよ!!」
「……その……とても可愛らしゅうございます、坊ちゃま」
「Nooooooooo!?」
ローリエのセンスはちょっぴり独特であった。或いは惚れた目で見りゃアバタもエクボ理論のなせる業なのか。まさかの裏切りに愕然とするホーク、多数決で女装決定。満面の笑みを浮かべたイグニスの腕の中で、病院行きを察した猫のように暴れるも力では敵わない。なまじ無駄に似合っているが故の悲劇であった。
◆◇◆◇◆
「幼き頃より人殺しの道具として育てられ、真っ当に学校に通うこともなく、血と怨嗟に塗れた暗い青春を送ったわたくしですが……学校とは、こんなにも楽しいところ、なのですね」
「いい感じの雰囲気で誤魔化そうとしてもダメだからね?? あっ思い出すとまた腹が立ってきた!!」
「……本当に、申し訳ございませんお姉様。わたくしとしたことが、つい出過ぎた真似を」
「この状況で坊ちゃんと呼ばないプロ根性はさすがだと思うよまったく」
はーーー!! と2段ベッドの下段で不貞腐れるホークのやさぐれため息は重たい。そんな主の顔をローリエが恐る恐る覗き込んでくる。そんな顔をするぐらいならば、最初からイグニスの悪ふざけに付き合わなければよかったのに、何が彼女を狂わせたのか。夏の魔物のせいだろうか。
「此度の任務が終わり次第、処罰は如何様にも」
「……いいよ。君たちが本気で俺を笑い者にして恥を掻かせることを楽しんだりするような奴じゃないことぐらいは解ってるから。それはそれとして魔道具カメラの新型機まで持ち出してきやがったあの愉快犯は後でお仕置きだけど」
ハロウィンの折には猫耳写真がデカデカと掲載された新聞が世界中にばら撒かれた身だ。今更女装のひとつやふたつ、どってことない、と自分に言い聞かせるように強がるホーク。そうでなければセーラー服のスカートなど穿いてはいられまい。
「あのさ、今後の参考のために正直に答えてほしーんだけど」
「嘘偽りなく、なんなりと」
「俺の女装姿のどこに需要があったの?」
大丈夫? 女神がローリエに変な毒電波を送信したりしてない? と若干心配げに妹の顔を見上げるハム子。
「……とても可愛らしゅうございます」
「……そっか。変わった趣味だね」
「ええ、自覚はあります」
ございます、ではなく、あります、なところに素の本音が出ていることを察したホーク。これでも階段から落ちたあの日から、もう10年以上主従をやってきた仲だ。気付くべきことには気付いているし、気付かれていることに気付いた上で素知らぬフリをしていることにも気付いているのならば、互いに言葉は要らない。
「今夜中にホワイト・ウィドワーズの真のボスを始末して、こんなところさっさとおさらばしてやるう!」
「全力を尽くします」
「シェリー! 昼間歩き回ってスキャンした中等部の敷地内の3Dホログラムを出して!」
「イエスマム」
「お前もセーラー服アバターにしてやろうか? ん?? イケ老執事のルーズソックス&セーラー服姿はさぞ反響が大きかろうなあ?」
「イエッサー!」
この部屋に魔道具盗聴器などが仕掛けられていないことは既に確認済みだ。カーテンを閉め、扉に鍵をかければそこは密室である。時刻は20時。間もなく消灯時間だ。お嬢様学校の夜は早い。無論、学生寮に男を連れ込むようなことがあれば大スキャンダルになってしまうため、夜間の警備は厳重である。
だがこのチートトリオにかかれば、相手がチート持ちでもない限り対処は左程難しくない。点呼を終え、消灯時間になるなりいきなり抜け出すのではなく、深夜2時頃まで時間を潰してから、ホークとローリエは部屋を出た。勿論、セーラー服姿で。ここにいるのはあくまでハム子とロリ江なのだから。
さすがに悪ノリが過ぎたなと、お詫びに帝国技研の開発した最新鋭の軍用装備をしこたま持たせてくれたイグニスに感謝……だーれがするか! と内心ブツクサ文句を言いながら、魔道具暗視ゴーグルや仕込みコンバットブーツなどで身を固め、真夜中の女子寮を慎重に進んでいくセーラー服姿のスターゲイジー姉妹。
だが目的の部屋に侵入した時、そこに目当ての女生徒はいなかった。ルームメイトである少女が2段ベッドの上段で、グッスリ眠っているだけだ。
(シェリー! 標的の生体反応を探って!)
(了解……これは)
(どうした?)
(どうやら標的は礼拝堂にいらっしゃるようでございます)
(礼拝堂かー。時計塔と並んで、異能力学園バトルモノにありがちな対決スポットだなー)
ともかく、礼拝堂にいると判ったのならば急ぐだけだ。警備の厳重な学生寮を抜け出し、ハム子とロリ江は夜の敷地内を小走りに進む。早朝から降り続く嵐のような暴風雨は降りやむ気配がないどころか更に勢いを増し、雷すらもゴロゴロピカピカ大騒ぎをしている有様であった。だが今のふたりはホークの張ったシールドで守られているため、濡れもせず風に飛ばされることもなく、万が一落雷が直撃しても無傷の絶対安心仕様である。
「夜の学校って、不気味で怖いんだよなあ」
「恐いもの知らずのお姉様にも、怖ろしいものがおありなのですね」
「そりゃあ、沢山あるよ。世の中怖い物事ばっかりだもん」
「では、わたくしがしっかりとお守りさせて頂きます」
「うん、よろしく頼むよ」
シャトーブリアン女学園の女神礼拝堂は、中等部と高等部の敷地のちょうど境目ぐらいにある小さな森の中に、小さな建物がヒッソリと建っているだけの寂しい代物だった。どうやらこの国ではあまり女神教は熱心に拝まれてはいないらしい。セーラー服だが機関銃ではなく最新式の大型銃を取り出し構えるロリ江。金属探知魔法を遮断するキャリーケースの2重底に隠した名刀アケガラスを腰に提げ、礼拝堂の扉を蹴破るハム子。さあ、決戦だ。