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第283話 かっこいい大人目指して

「チッ! 猿芝居をご破算にされちまった以上、こんなところにいつまでもいられっか! あばよ!」


「そうはいきません」


ピンク髪のカツラといたいけな少女の仮面を脱ぎ捨て、正体を現したエージェント・エシャロットちゃんが一転逃走しようとしたので、とりあえず指パッチンで両脚を黄金に変えて転ばせておく。師匠の真似だけど、石化させるよりもゴージャス感あっていいなコレ。


「んなっ!? テメエ!?」


いかに凄腕っぽいエージェントといえども、さすがに下半身が金属になってしまっては逃げられまい。と思ったら今度は両腕で陸軍人めいた驚異的な速度で匍匐前進を始めたので両腕も黄金化させておく。地味に凄いなエシャロットちゃん。そのバイタリティと割り切りの早さはちょっと見直したかも。


「畜生っ! エシャロットが命じる! 雷y」


「はーい、おとなしくしていれば命までは取りませんからねー」


舌噛み切られたり魔法で反撃されても大変だから、いっそ港に着くまでの間、全身黄金像でいてもらおうか。大丈夫大丈夫、師匠の黄金ブレスと同じように、意識はないバージョンにしておくから。さすがに意識ありのままにするほど鬼じゃないから。


かくして自作自演探偵の美少女黄金像が完成し、犯罪者とはいえ目の前で生きた人間、それもうら若き少女が黄金像に変えられる一部始終を目撃してしまったお客さんたちはドン引きしてお通夜のようなムードになってしまった。一部どこか興奮している様子の紳士淑女もいるようだが。まあ、金持ちには好事家も少なくないから……。


「ともあれ! これにて一軒落着! 船内を騒がすお騒がせ殺人犯2名は我らの手で見事無力化され、後は港に到着次第警察に引き渡すのみよ! さあ諸君! これで安心して、明日から心置きなく豪華なクルージングの続きを楽しもうではないか!」


『おー!!』と空気の読めるマーマイト帝国の軍人さんたちが拍手喝采歓声を上げ、ヴァスコーダガマ王国の護衛の騎士さんたちが空気を読んでそれに追従する。伝声管の向こうからも歓声が上がったので、音声だけでお楽しみください状態だった2等客室や3等客室のお客さんたちはなんやかんや前向きな気分になれたのならよしとしよう。


さすがにこの場にお集まりの船会社のお偉いさんたちや一部を除く1等客室のお客さんたちは無理そうだったが、まあしょうがない。時が癒してくれるよ時が。


     ◆◇◆◇◆


「やーれやれ、此度もとんだ災難だったのう!」


「そうですねー。おふたりともお疲れ様でした」


「うん、お疲れ様。亡くなられた夫人やミス・プルーンには気の毒だったけれどね」


「何、元は夫人が蒔いた種よ。慈善事業に熱心なのも結構だが、周囲を顧みず独りよがりなものとなっては却って不幸を生む時もある、ということだな!」


ローガン様の部屋が諸事情により使えなくなってしまったので、俺たちは数日間イグニス様のお部屋に泊まることになった。これには人間よりも嗅覚に秀でているゼト様もお冠である。プリプリ怒る彼女は早々に、今日はもう疲れたからとイグニス様の船室のソファで毛布をかぶって横になってしまった。キングサイズのベッドがふたつあるんだから、そっち使えばいいのに。


ちなみにどう酷いのかは具体的には言えないが、大分(だいぶん)酷いことになってしまったパセリ―ちゃんとやらは軍人さんたちがキッチリ魔法の使用を封じる罪人用の手枷と足枷を装着してから運び出してくれたので、エシャロットちゃん共々監視のついたお部屋でおとなしくしていてもらおう。大丈夫、スプラッターな意味での酷い奴ではないから。ローガン様は紳士だからね。ただ人によっては、エも過ぎればグに感じるかもしれないけれど。


ホワイト・ウィドワーズなる謎の犯罪組織がどうこうといった船会社とのやり取りや、港に到着後の警察への事情説明は陛下から後を一任されたキャロブさんが先頭に立ってマーマイト帝国の優秀な軍人さんたちがメインで行ってくれているらしいのできっと安心だ。遅くまでお疲れ様です。


そんなわけで、事後処理は皆さんにお任せしてようやく一息吐けた俺たちは、疲れた時は熱いお風呂に浸かってサッパリするのが一番だ! と部屋風呂に入ることにした。お風呂はいいぞ。あっついお湯なら最高、広ければなおのことよしだ。既に時刻は0時すぎ。今日はなんだかとても長い1日だったように感じる。うん、間違いなく長い1日だった。道理で疲れも溜まるわけだ。


1等客室のバルコニーに据え付けられたジャグジー付きの露天風呂は満天の星空と船の灯りに照らされた夜の海を一望でき、これが昼間であったならば最高のオーシャンビューを楽しめたところだろう。明日朝起きたら試してみよっと。


「船会社の人たちも折角の最新の豪華客船の処女航海にとんだケチがついてしまって、関係者一同胃が痛いでしょうね」


「なーに! 他ならぬこの余が宣伝してやればその程度の瑕疵など即座に吹き飛ぶであろうさ! カシミール公国に着くまではまだ数日あるのだ! 楽しい思い出作りをする時間は十分にあるぞ!」


「うお!?」


ブクブクと魔道具装置で細やかな泡が生み出されるジャグジーに浸かりつつ、美しい星空を見上げながら寛いでいると、イグニス様にガシっとヘッドロックを決められる。


「人生山あり谷あり! 氷山もあれば海溝もあろう! 過ぎ去ったことに気を取られ後ろばかり気にするよりも、目の前の今を全力で楽しむのだ! たとえ明日死ぬやも知れずともな!」


「そうだね。イグニス殿もたまにはよいことを言う」


「フハハハハ!! 言ったなこの巨峰めが!」


「うわっぷ!? やったなこの!」


「なんの! ホークシールド!」


「人を盾にせんでくださいっ!」


バシャっと顔にお湯をかけられ、お返しとばかりにお湯をかけ返して反撃したローガン様。いい歳したおじさんたちが何やってるんだ全く。いや逆か。いい歳のおじさんたちだからこそ、周囲の目を気にせずはしゃげる時には思いっきりはしゃいでおくことも大事なのかも。


「おお! 確か冷蔵庫に冷えたシャンパンがあったな! 折角だから取ってくるか!」


「あ、陛下! せめてタオルぐらい」


「キャー!? 何考えてんのよこの変態っ!」


「おっと、すまぬ! グハハハハハ!!」


「何堂々と笑ってんのよ! 少しはか・く・せ! っての!」


「何を言うか! 余の肉体に恥じ入るところなぞ一点もないぞ!」


「こんの、ボケ猫ォ!」


ほーら、言わんこっちゃない。ゼト様はもう横になっているとは言ったが、横になっているだけでまだ寝入ってはいなかったのだろう。上機嫌で結露したシャンパンの瓶とミネラルウォーターの瓶、それにグラスを3つ手に戻ってきたイグニス様が、それらをバスタブの縁に置いてザブリとジャグジーに浸かる。


「ホークはまだ水がよかろう?」


「ん、ありがと」


「ありがとう、イグニス殿」


「なーに、気にするな! いい機会だ! この俺に給仕をさせるという、最高の贅沢を存分に味わうがよかろう!」


『かんぱーい!』と。満天の星空の下、夜の海を往く船の片隅に、俺たちの声が小さく響き渡る。この楽しい一瞬がいつか、かけがえのない大切な思い出になるのだろう。そうして俺は沢山の大切をひとつずつ積み重ねながら、一歩一歩大人になっていくのだ。

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