第3話 護衛面接を受けに来た赤髪女冒険者
この世界に転生してから十年の歳月が経った。あれから毎朝一時間のジョギングと、剣の素振り千回と、腕立て伏せ一万回を日課にした俺は見事ダイエットに成功し、この手の悪役デブに転生したけど痩せたら超絶美男美女だったことが発覚するという悪役令嬢モノのお約束みたいな理由で細身の金髪碧眼イケメンへと超進化し、それから転生特典の才能チートが見付かって世界一の天才剣士になっていた。
はい、嘘です。無理に決まってんだろ、そんなもん。転生してから十年どころかまだ十日も経ってないわ。
異世界に転生したら本気出す!とか言ってる友人が前世同じクラスにいたような気がしたが、日本で頑張れないような奴が異世界で頑張れるわけがない。試しに明日からいつもより一時間早く起きて学校なり会社なりに行く前にジョギングしてシャワー浴びるという生活を送ってみ?無理だろ?
初日から諦めて二度寝しちゃうようなのが俺らみたいな人種だからな。むしろ夜のうちにアラームをセットできただけでも十分な快挙と言える。
そんなわけで異世界転生しても、俺は前世と変わらず無能で怠惰な豚のままだった。別にダイエットしたどころでブサメンが痩せても痩せたブサメンになるだけなので意味がないし、将来大金持ちのパパの後を継いでゴルド商会の若社長になる俺が剣だの魔法だの覚えてもしょうがないだろ?……と思ったのだが、せっかく剣と魔法の世界に転生したのだ。魔法に興味がないと言えば嘘になる。
この世界にはまるでソシャゲのように全部で11種類の属性が存在し、人間だろうがエルフだろうが魔物だろうが全ての生物には生まれ付き適性属性というものが備わっているようで、適性属性以外の魔法は使えないらしい。なので、試しに鑑定士を呼んで鑑定してもらったところ、俺は闇属性だった。ついでに妹のマリーは光属性であり、父は闇属性魔法と金属性のふたつに適性があり、母は水属性魔法の使い手だったらしい。
まあ、親の属性が子供に遺伝しやすいとはいえ、確実に受け継ぐわけではないから例えば火属性の父親と氷属性の母親から風属性の子供が産まれてくることも珍しいことじゃない、とのことだったが、少なくともあの豚親父は『やっぱりワシの子じゃないからか!』と気に入らないだろうな。マリーの鑑定結果については黙っておいた方がよさそうだ。
さて、この世界では魔法を覚えるためには学校に通うなり家庭教師を呼ぶなりしなければならないらしく、この国にある唯一の学校、王立学院に入学できるのは十歳からだそうだ。それも義務教育ではなく、わざわざ結構な額の学費を支払って入るという懐に余裕のある家の子供でなければ入学できないという。
そんなこの国の教育事情はさておき、我が家は大金持ちなので、父に家庭教師をつけてほしいと頼んだらあっさり承知してくれた。これだから金持ちってのは最高だぜ!
しかし11種類も属性があるのに、闇属性ひとつにしか適性がないって、俺ってほんとに主人公なんだろうか。なろうのチート主人公ならここで11種類全ての属性にSSSランクの適性があるとか、存在しない幻の伝説の12番目の属性の適合者であることが判明するとか、あるいは属性魔法への適性が一切ない代わりに全ての魔法を無効化できる打ち消し能力者になるみたいな、ありきたりなチート展開があってもおかしくないだろうに。
まあ、ないものねだりをしていてもしょうがない。人生はいつだって不平等で、配られたカードにどれだけ文句を垂れたところで手持ちのカードで勝負するしかないのが人生だからな。
11種類も属性があるせいで、闇属性の家庭教師をひとり探すだけでも結構時間がかかるらしいからちょっと待って、と冒険者ギルドの方から言われたので、俺はその間に屋敷の中の大掃除、具体的には大幅なリストラと模様替えを行うことにした。
いきなりそんなことできるんか、と思われるかもしれないが、成金バカ息子ならできるのだ。試しに『大好きなパパあ!僕ちんメイドに殺されかけたのでメイドなんてもう見たくもないでブヒ!今屋敷にいるメイド全員クビにしてくれなきゃパパのこと嫌いになっちゃうかもしれないでブヒい!』と豚親父の脂肪分タップタプなビール腹に抱きついておねだりすれば一発だった。
それでいいのかイーグル・ゴルド。名前負けしているんじゃないかイーグル・ゴルド。親子揃って完全に豚ってるのに、父親の名前はイーグルで息子の名前がホークとか、身の程知らずにもほどがあるのでは?いやまあ、いいわけないのだが、今回に限っては都合がよいので目を瞑ることにする。そりゃホークの人格も歪みに歪みきるわけだわ。
とはいえいきなり全員を解雇してしまうと誰もいなくなってしまって屋敷の中の仕事が回らなくなってしまうので、例のあきらかに裏の顔をお持ちっぽい青髪のメイド長と何人かのまだまともな人材だけを残し、親父の愛人気取りで仕事をサボったりだとかやる気がなかったりだとか、妹に辛くあたっていたメイドなどを軒並み解雇し、冒険者ギルド経由で新たにうちで働きたい人材を大募集。
当然、今までのゴルド親子のバカっぷりが知れ渡っているせいで世間じゃ評判の悪すぎる我が家で働きたいなどと思うような奇特な人間はほとんどいなかったので、高額報酬で釣り上げることにした。まあ、初期投資としてはやむを得ない出費だ。どうせ払うのは親父だからな。
その過程で完全に座敷牢状態だった妹の部屋を改装し、物理的にも人間関係的にもお屋敷の中の風通しをよくした結果、俺が前世の記憶を取り戻す前の澱んだ空気が充満していた嫌すぎる邸宅から、遥かにまともですごしやすい快適なおうちへと劇的に生まれ変わったのである。
当然バカ息子の気紛れひとつで解雇されたメイド達からは恨まれやっぱりゴルド親子はクソ!という悪評を街で流されたようだが、既に俺ら親子の悪名はたっぷり轟いてしまっているため、今更気にもすまい。
さて、そんな具合に周囲の人間関係を整理していると、父から護衛を雇わないか、という話が出た。溺愛する息子がメイドに階段から突き落とされて殺されかけた(と思い込んでいる)のだ。あの時傍に護衛がいれば、と考えるのは我が子を案じる父親としては自然なことだろう。
俺としても魔物だの盗賊だのが簡単に人を殺す物騒なファンタジー世界で、いざという時の身の安全が確保できないのは怖ろしいので、冒険者ギルドに連絡し、腕の立つ冒険者達の中から護衛の仕事に就いてくれそうな人材を募集する依頼を出した。無論、ホークのクソガキっぷりは世間に広く知れ渡ってしまっているので、破格の高額報酬で釣って人を集めなければ、誰も来ないだろう。
それにしても、都合よく冒険者ギルドがあって助かった。さすがは異世界転生。なろうらしいご都合主義満載で助かる。
というのもこの世界では魔法を利用した独自の科学技術がそこそこ発達しており、雷属性魔法を使用した電気、火属性魔法を使ったガス、水属性魔法を使った水道が普通に存在しているのだ。なのでノブを捻ればお湯が出てくるお風呂場にシャワーがあるだとか、洋式トイレに水属性魔法を利用したウォシュレット機能が完備されているだとか、生活水準的にファンタジー要素が台なしなのである。
RPGっぽい感じの飛空艇はあるのに自動車はなく、街には馬車が走り、魔法で灯るガス灯やランプが幽玄な光を発している傍ら書き物をする時は羊皮紙よりも普及している普通の紙に羽根ペンとか、街中の食堂に入れば大盛りライスにソースのかかったトンカツに千切りキャベツと味噌汁、緑茶なんかが当たり前に出てくるという、非常によく分からない世界観になってしまっているので、本格的になんかの創作物の世界なんじゃないかと疑ってしまう俺の気持ちが解るだろ?まあ、便利だからいいけどさ。
そんなこんなで、護衛決めをする日がやってきた。
「諸君、本日はよく集まってくれた。早速だが、諸君らが私の命を預けるに足るに相応しい護衛であるかどうかを見極めるべく、選抜試験を行わせてもらう。私は曲がりなりにも商人の息子なものでね。諸君らという商品の価値を、己の目で判断させてもらいたい」
下手な小学校ぐらいの敷地があるゴルド邸の庭に集まったB級冒険者達。ちなみに冒険者ランクは上はSから下はEまでが存在し、A級以上の冒険者は護衛なんかやらなくとも一生遊んで暮らせるだけの稼ぎがあったり、名門貴族のお抱えになったりする奴が多いので、うちのような成金商会にはまず来ない。S級冒険者以上ともなれば、それこそたったひとりでドラゴンを討伐したり、戦争の戦局をひっくり返したりみたいな活躍ができる人外の域の連中ばかりだそうで、なんとも景気のいい話だ。
逆にDランク以下は碌に使い物にならない木っ端冒険者か、冒険者になったばかりの新人しかいないため、余程の青田買いでもしない限りはノーセンキュ―。
なのでC級からB級辺りで燻っている、A級とB級の間にある高い壁を前に足踏みしてしまっているうちに、もうそろそろ冒険者として生きていくには限界を感じてきたので、引退するなり定職に就くなりしたいなあ、と考えているであろう、そこそこ腕の立つ連中を、今回は狙ってみたというわけだ。その中から更に質を上げるため、募集をB級冒険者に絞ったのもそのためだった。
さて、既に試験は始まっている。ガキが何言ってやがんだ、みたいなバカにした目で見てくる奴は駄目。未来の雇用主が目の前にいるのに、姿勢が悪かったり身なりが悪い奴も却下。うちは商会なのだ。
信用第一、第一印象が大事な商人が、ゴロツキ崩れのチンピラもどき連れて歩くわけにはいかない。会社の面接試験に私服でよいと言われたわけでもないのにスーツで来ない奴とか、面接官の前で椅子にふんぞり返ってだらけて座る奴ぐらいあり得ない。よって、この時点で結構なふるい落としが始まる。
「君と、君。それから君と君。二次試験をするので私についてきてくれ。残りの者達は残念ながら、今回は不合格だ。諸君らの今後の成功と活躍を祈る」
「おい!そっちの都合で来いっつったくせにいきなり帰れとか、何様のつもりだ!」
ガラの悪そうな男が、いきなり凄んでくる。うっわ、凄くチンピラ臭い。大方、金持ちのバカ息子丸出しの五歳児に上から目線で大口を叩かれてムカついたので、少し脅し付けてやればビビって言うことを聞くようになるとでも勘違いしているのだろうか。
「ローリエ」
「かしこまりました、坊ちゃま。皆々様方、素直にお引き取り頂けない場合は、申し訳ございませんが実力行使とさせて頂きます。これも坊ちゃんの身の安全をお守りするためでございますので、どうか平にご容赦を」
念のために背後に控えてもらっていた青髪メイド長から、ブワっと殺気が滲み出す。ただそれだけで、俺に因縁を付けてきた冒険者の男は息を詰まらせて竦んでしまい、身動きが取れなくなってしまったようだ。自分でやらせておいてなんだけど、曲がりなりにもそれなりに冒険者としては実績を積んできたであろうB級冒険者をビビらせるとか、本当に何者だよこの女。
あ、残った四人の護衛候補のうちのひとりが、恐怖に顔を歪めている。残念ながら、彼も失格だな。
「試験の手間が省けて丁度よかった。君と君、それから君は、次の試験に進んでもらう。どうやら君は、ここまでのようだ。縁があればまた会おう」
そんなわけで、俺の護衛候補として残った冒険者は三人。
まずはいかにも冒険者ギルドや酒場で、物語の主人公やヒロインにウザ絡みしてワンパンで倒されてしまいそうな、噛ませ犬っぽい臭いがプンプン漂うハゲ頭の筋肉質な中年男性。
続いて仏頂面で目付きの悪い、それなりに歳のいっていそうな、黒毛のイヌ科の獣人男性。そう、獣人なのだ。この世界には獣人がいるのである。本物の獣人を初めて目にした俺は内心感動しながら、不躾とは解りつつもついつい彼の外見をジロジロ眺めてしまう。本当に顔の造形は犬のようだし、全身毛皮に覆われている。一体人体構造はどのようになっているのだろうか。着ぐるみともまた違う、不思議な感覚だ。触ってみたい。が、さすがに初対面で犬扱いしてしまっては失礼だろう、と自重する。
そして最後のひとりは、あきらかに君ひとりだけ雰囲気が違うよね?と問い詰めたくなるような、勝ち気そうな風貌の赤髪の美少女剣士だった。間違いない、こいつはメイド長と同じ、ヒロイン候補的な何かだ。
最近気付いたのだが、この世界には赤や青や緑といった、非常にカラフルな色の毛髪の持ち主がいる。そしてそれは、この世界基準でもとても珍しいことらしい。基本的にこの世界の人間は金髪か茶髪がデフォであり、そんな世界でカラフルな髪色をしている女は、非常にレアなのだ。だからといって珍しいと持て囃されたりはしておらず、当人も他人も髪の色について言及することは何故かない。
そんなあからさまに『私は他のモブとは違うメインキャラでーす!』と自己主張せんばかりの派手な赤髪を持つ長髪の美少女剣士が、なんとはなしにやけに露出度の高い装備で露骨に巨乳をアピールするような感じでチラチラとこちらに色仕掛けを仕掛けてきているのはなんというか、前世の記憶を取り戻す前の、典型的な女の子大好き人間だった萌え豚野郎のままのホークだったら、見た目だけで彼女を即採用していただろうな、という感じだ。
恐らくバカでドスケベと評判のドラ息子なんぞちょっと肌をチラつかせてやれば簡単に誘惑できるだろう、みたいな魂胆に違いない。実際その通りだったのはつい先日までだ。残念だったな、赤髪のヒロイン候補よ。女嫌いとなった俺に、その手は完全に逆効果なのだよ。