第268話 朝の鍛練風景
常人ならば踏ん張っているだけでも一杯一杯な黄金の暴風が吹き荒れる険しい山頂。金粉の竜巻を伴い天から舞い降りるは生きた災害と呼称されるこの世界最強にして最悪の魔物、邪眼の黄金竜ハインツだ。
その黄金に輝く瞳とジャンボジェット機を凌駕する巨躯を前にしてしまえば、並みの冒険者であれば心を折られそれだけでショック死してしまってもおかしくはないだろう。心臓を鷲掴みにされるような重圧と緊張感。背筋を冷たい汗が伝うが、手に震えはない。
「行くよ」
「ああ」
「おう」
「抜かるなよ」
「承知」
「やれやれ、いつもながら怖ろしいね」
「領域展開! 砂金上の楼閣!」
師匠と対峙するにあたり、初手で必ずやらなければならないことは足場固めだ。
生きたひとつの神たる師匠の周囲は11種類のエレメントが無尽蔵に渦巻き、巨大な重力場が発生しているため迂闊に近づけば渦巻く魔力と重圧で人間など洗濯機に放り込まれたティッシュのようにバラバラにされてしまう。まさに生ける大災害の名の通り。
そのため俺は魔法で皆の体にそれらの意図的な攻撃ですらない理不尽体質に対する保護をかけ、ついでに身体能力を大幅に底上げする。俺の役目は攻撃役ではなく補助係だ。
そもそもみんな程戦闘経験のない俺が指揮をしたところで戦闘の邪魔になるだけだろうから、上に立って指揮するのではなく、庇護下に置いてもらって都度お願いする方が戦略的には理に適っている。
「行くぜジジイ!」
最初に飛び出したのは、我が家の斬り込み隊長というか、制御不能の初手核弾頭というか、安定のクレソンだった。バリバリと紫電を撒き散らしてその雷撃で強引に無数にうねる竜巻を蹴散らしながら、一直線に猛スピードで跳んでいく。
「うォッ! りゃあァーッ!」
クレソンが手に入れたチート。それは、『どんな相手とも殴り合える力』。相手が巨大だろうが、理不尽チートだろうが、上位存在だろうが関係ない。相手と同じ土俵に立って、殴り合えるぐらいまで強引に己の肉体と魂のステージを引き上げる掟破りの自己進化。
見る見るうちに、一瞬で山のような巨獣に巨大化したクレソンが、師匠に組みついてその樹齢千年を超える杉の巨木のような腕で師匠の首を締め上げる。さながらキングコ〇グvsキングギ〇ラといった怪獣大決戦の様相を前に、俺は拡声魔法で声を張り上げた。
「こらークレソン! 巨大化はなしって言ったでしょー!」
「ッと! ダッハッハ! すまねえなァご主人! ついいつもの癖でやっちまったぜ!」
「うむ、売られた喧嘩は条件反射で買うのが余の流儀故な。すまなんだ」
そこいらの山々を削りながらふたりで取っ組み合って暴れていた進撃のクレソンと竜モードの師匠が、俺の叱責を浴びておとなしくなる。同時に世界の終わりかな? みたいな大嵐も雷もやんで、辺り一帯はにわかに快晴が戻ってきた。
やがてクレソンはチート能力を解除して元の大きさに戻り、師匠の体の表面を滑り台のように滑りながら降りてくる。まったくもう、怪獣大決戦が始まっちゃったら俺たちの割り込む余地がなくなっちゃうでしょうが!
「では、仕切り直しと行くか!」
「うわ!?」
改めて、砂金煌めく暴風、つまりは無防備に呼吸をしたら砂金の刃が呼吸器を内側からズタズタに切り裂くそれ、を呼び起こした師匠が、翼をはためかせ飛翔する。その羽ばたきのひとつひとつに耐えるだけでも魔法なしじゃあ一苦労だ。
「一番槍はもらうよ!」
「おっと、殿下にばっかいいカッコさせやせんぜ!」
気を取り直して、駆け出したのは太陽の聖剣レクスカリヴァーを持つ太陽の勇者ローガン様と、竜殺しの神剣クサナギソードを肩に担いだ魔王殺しの勇者バージルだ。
闇の翼で羽ばたくローガン様と、砂の足場を空中に組み上げまるで空を走っているかのように全力疾走するバージルの煌めく剣閃が、X字に師匠の胴体を切り裂……きはしないが、強かに打ち据える。
非殺傷系の保護魔法をそれぞれの武器にかけてあるため、一時的に刃が鈍っているのである。まさか毎朝の鍛練で流血沙汰になるわけにはいかないからね、しょうがないね。
「よい一撃だ! だが、甘い!」
「そうはさせん」
「おっと!」
「あっぶね!」
渾身の一撃を叩き込んだ反動で僅かに動きがブレるふたりを鷲掴みにせんとする師匠の手を撃ち抜かんばかりにペイント弾を直撃させたのは、金属性魔法で超強化したマジカル散弾銃をおよそ三百丁程空中に浮かべ、全方位から狙撃できる布陣を確立した魔砲将獣オリーヴだ。
煩わしげにペイント弾を弾く師匠がふたりを捕まえるのを堅実に阻害しながら、師匠の背後から音もなく落雷と化して急降下する紫電の塊から意識を逸らす。
「オラ、よォッ!」
「うおっ!?」
首筋に隕石でも振ってきたかのような急降下爆撃。重力と引力と魔力と腕力と筋力を全部詰め込んだクレソンの重すぎる拳の直撃を受け、ヴィクトゥルーユ号のクリーン核ミサイルを直撃させても傷ひとつつかない頑丈すぎる黄金の鱗に覆われた師匠の巨体がぐらつく。
「今だ!」
「応!」
仕上げにカガチヒコ先生が名刀ドウゲンザカで正真正銘の峰打ちを大地に叩き伏せられた師匠の足を切り上げるように叩き込めば、大きくバランスを崩した師匠はそのままドタアン! と山肌にスッ転んで、小さくはない地震が霊峰トルーブルー山を震源地として起こった。
「うーむ、見事に一本取られてしまったわい。ハッハッハッハッハ! そなたら、着実に強くなっておるのう! よきかなよきかな!」
のそりとその巨体を起き上がらせ呵々大笑するハインツ師匠を前に、俺たちは一列に整列して一礼する。
「ありがとうございました、師匠!」
「うむ! 今後もその調子で精進せよ、我が弟子らよ!」
チート能力を得てかなり強くなってしまった俺たちは、調子に乗っているわけじゃないがまともに全力を出して戦える相手はそれこそ現状ではお互いぐらいになってしまったため、こうして朝の鍛練では互いを仮想敵として戦うことが恒例になってしまった。
時には1対1で戦う日もあるし、2人組に別れたり1対多で割れてみたり、こうして師匠が参加してくれる日は全員で師匠に挑んだりもするし、たまには誰かが師匠と組んで、それ以外の全員で戦いに挑む時もある。
ただひとつ言えることは、そのどれもが楽しく、また非常に意義のある行為だということだ。特に、強い相手と戦うのが生き甲斐みたいなものなのに、自分より強い相手がほとんどいなくなってしまって欲求不満を拗らせているクレソンの気晴らしとしては、最高峰と言えよう。
「うーん、やはりこの体格差はいかんともし難いものがあるね」
「そりゃあ、相手は竜でこちとら人間ですからねえ。ない知恵絞り出して、なんとかせにゃあならんでしょう」
「おいオメエら! 次は巨大化した俺を全員で殺しに来いや!」
「それはまた明日ね。あんまり遅くなると朝食が冷めちゃうから」
「そもそも、お前はルール違反で失格退場だバカモノ」
「えェー!? 戦場にルールなんてもんがあるかよォ!」
「あるぞ」
「あんのかよ!?」
「戦に最低限度の規則を設けしは古今東西いつの世も必須よ。さもなくばどちらかが尽き果てるまで終わらぬ殺し合いになってしまうが故な」
「メンドクセエー! どっちかが音を上げるまでやり合えばそれでいいじゃねえか、なァご主人よう!」
「うーん、時と場合によるかなー」
やいのやいのと反省会をしながら、転移魔法でトルーブルー山にあるハインツ神殿からゴルド邸に帰還する。さあ、朝の稽古を終えたら待っているのは美味しい朝ご飯だ。適度に体を動かして、お腹を空かせてから食べるご飯は結構美味しいぞ。
こうして今日も、俺たちの一日はいつものように恙なく始まるのであった。
今現在までに判明してるみんなのチート
ホーク/明日もみんなで笑顔で食卓を囲める程度のチート&女神スマホで宅配ピザからお医者さんの往診、技術者派遣までまで幅広くデリバリー
バージル/3回に1回ぐらいの頻度でアイスの当たり棒が出るぐらいのささやかな幸運。3割の確率で致命傷やファンブル回避のプチラッキー
オリーヴ/野生の勘の超凄いバージョン。これで坊ちゃんがいつどこに消えてしまっても居場所を突き止められるようになったよやったね
シェリー/実写版トランス〇ォーマー顔負けのナノマシン技術。ナノマシンの群体で構成された超小型ドローンとか地味にやばめ
カガチヒコ/目には見えないものも斬れるようになった。時間とか空間とか、絆とか病魔とか。コンニャクの繊維も余裕で斬れるよ
クレソン/どんな相手とも対等に殴り合えるまで一時的に超進化する力。相手が銀河系規模の敵だったら銀河系ばりに大きくなれるゾ!←NEW!





