第263話 Daddy! Cool!
意図せず4話ぐらい続いたパパ無双編も今回で一旦おしまいです
いわゆるエピローグ的な
「ホークちゃん、ホークちゃん、起きて。そろそろ着くよ」
「んー……」
最近なんかトラブル多くない? 癒しが必要じゃない? ってことで、今週は有休を取ったのだが、父もなんだかお疲れモードだったらしく、それじゃあせっかくだからと父も今週は有休を取って、父子水入らずで釣りに行くことになった。
水入らずといっても、オリーヴとバージルは護衛兼荷物持ちとしてついてきてくれているのだが。オリーヴの乗り物酔いは大丈夫なのかって? フッ、安易なチートパワーなどに頼るのではなく、酔い止めの薬という人類の英知の賜物を得た今のオリーヴにとっては、船酔いなぞ敵ではないのだ。
ブランストン王国の領地内にある風光明媚な観光地、デュラム湖の傍に建つ観光ホテルに一泊し、早朝のうちから船室付きのモーターボートで湖へ。なんでも若い頃に必要に迫られて船舶免許を取得したらしく、父さんは船の操縦ができるというのが意外だった。
車でもなんでも、運転の上手い大人というのはかっこいいよなあと思う。父の運転の下、釣り場に到着した俺たちは、父子並んで座ってのんびり釣り糸を垂らしながら、夜明けの太陽を反射してキラキラ輝く湖面を眺めつつ、魔法瓶で熱々のコンソメスープを飲んだ。
「はー、あったかーい」
「大丈夫? ちょっとでも寒かったらすぐにパパに言うんだよ?」
「大丈夫だよ父さん。ありがと」
2月の早朝の湖で釣りなんかしたら凍死するだろ、というのは日本人の感性だ。内蔵された魔法で保温と防風を両立してくれる毛皮の防寒具を羽織っているお陰で、湖面が凍りついてしまいそうな真冬の早朝でも俺たちはポッカポカである。
凍える空気は凛として澄み、瑠璃色に染まる夜明けの空に太陽がゆっくりと昇っていく。美しい湖と、ちょっと遠くに見える陸地の緑が光に照らされながら、ゆったりと冬の朝の凍り付くような空気を胸いっぱいに吸い込めば、熱々のスープで火照った体に心地よい冷気が入り込んできた。
「あっ!」
「おっ! 来たね! 頑張れホークちゃん!」
「うん!」
美しい風景をぼーっと眺めていると、不意に手元の釣り竿がしなり、俺は慌ててリールを巻き始める。凄いな、生きてる魚ってこんなに力強いのか。四肢に筋力強化の魔法をかけつつ、懸命にリールを巻き上げていると、やがて氷水のような湖面からバシャっと結構大きな魚が飛び出してきた。
「やった!」
「やったねホークちゃん!」
イエーイ! とイーグルパパとハイタッチして、人生初のフィッシング大成功を祝う。
「はーい、そんじゃ撮りやすぜー。1+1はー?」
「「2ー!」」
生きた魚にも釣り餌にも触れないチキン野郎な俺に代わって釣り用のグローブをした父が慣れた手つきで魚を外してくれた後で、父の愛用する帝国製の最新式魔道具カメラで記念撮影をパシャリ。ちなみにカメラマンは付き添いのバージルだ。
ビチビチと力強く暴れる魚には申し訳ないが、後程感謝してその命を頂戴するとしよう。
「よーしパパも負けないぞー!」
「頑張れ父さん」
穏やかな冬の早朝。豊かな大自然の中で、俺達はのんびり釣りを楽しむ。父さんも釣り歴は長いと豪語するだけあってか、見事に魚を何匹も釣り上げ、反対側で釣り糸を垂らしつつのんびりしていた護衛のオリーヴとバージルも、そこそこの釣果を上げているようだ。
こういうの、なんかいいな。普段とは違うお父さんのかっこよさというか、今まで知らなかった父の魅力的な一面を新たに発見した気分。
途中朝が早かったのと、船が揺れて揺りかごみたいな効果をもたらしたせいか眠くなってしまい、父にもたれかかりながら1時間ばかり眠ってしまったが、それもまたアウトドアの楽しみ方のひとつだと、父は笑いながら釣りを中断し、俺が起きるまで隣で座っていてくれた。
「ホークちゃん、楽しんでるかい?」
「うん、楽しんでるよ。父さんは?」
「勿論、楽しいよ! ホークちゃんと一緒なら、パパはいつだってニコニコ笑顔満開さ!」
考えてみればこの11年、こうして父とふたりだけ(?)でゆっくりお泊まり遠征するという機会は数える程しかなかったかもしれない。家族旅行の時はマリーや母が一緒だったし、演劇やオペラ鑑賞、ディナーなんかは日帰りだしな。
父が生魚を手際よく捌けることを始めて知ったし、実は船を操縦できるというのも初耳だった。オリーヴを助手にしてキッチンに立ち、ふたりしてエプロン姿でワイルドな男飯を調理している姿はとても新鮮な光景である。
だが考えてみれば、あの砂漠の故国を幼い身ひとつ、裸一貫で飛び出してからブランストン王国で露天商を始め、道端の露天商から王国一の大商会のトップにまで一代で成り上がった男なのだ。
冷静に考えてみればとんでもなくミラクルでサクセスなジャンボドリームを実現している人だよな。俺の人生よりパパの人生をドキュメンタリー番組にした方が視聴率を稼げるのでは? という気がしないでもないぞ?
「お待たせ―! さ、食べて食べて!」
「おおー! すっげー!」
なんちゃらって魚の香草焼きに、なんとかって魚の塩焼き。それにイカっぽい魔物の唐揚げと、タコっぽい魔物のマリネ。スイートルームにお泊まりのお客様のご要望ということで、特別にホテルのシェフに用立ててもらった具沢山のサンドイッチと魔法瓶の中に残っていたコンソメスープも添えて。
「いっただっきまーす!」
「頂きます」
「頂きやす」
「どうぞ召し上がれ」
美味ーい! と湖面に俺とバージルの歓声がハモる。
「父さん、すっごく美味しいよ!」
「全くでさあ。まさか旦那がこんなにも料理上手だったとは存じやせんでしたぜ!」
「とても美味です」
「そーかねそーかね! ほら、沢山あるから遠慮せず食べて食べて!」
喜色満面、得意気な笑みを浮かべる父も、クーラーボックスに入れて持参したお酒を飲みながら、ニコニコ嬉しそうに楽しそうに笑っている。小さな船の小さな船室、小さなテーブルに沢山乗った美味しいお料理。笑顔溢れる穏やかなひと時。
なんて素敵な休日なんだろう。幸せってのはきっと、こういうのを言うんだろうな。





