第257話 アンファン・フィクション
「何なのよっ! なんなのよもうっ! こんな筈ありませんわ! これはきっと何かの手違いなのよそうに決まっておりますわっ! どんなインチキをしたのか正直に仰い!」
あ、因果律が途切れたことで、普通に喋れるようになったんすね。よかったね。なんて言ってる場合じゃ当人はなさそうだ。
頼みの綱のパチモン軍団があっさりオリジナルに破られていくのを信じられないものを見るような目で見つめていたマンホールワットが、棒読み演技ではなく普通の喋り方で叫びながら、ガリガリとその長髪を掻きむしる。それを見て、俺はなんだか無性に物悲しくなった。
確かに幾ら偽物とはいえ、俺にみんなの形をした物を殺させた罪は赦し難い。犯行動機も逆恨みもいいとこすぎて同情の余地は皆無だ。だがそれでも、なんでここまで聞き分けのない、思い込みに狂った歪んだ娘に育ってしまったのかといえば、それはきっと彼女がこういう役目をこの世界に押し付けられたからではなかろうか。
ほら、よくあるじゃん。なろうの追放モノとかざまあモノ、或いは嫌われ夢小説なんかでさ、『いや冷静に考えたらそうはならんやろ』みたいな発想の飛躍すっ飛ばして、宇宙の彼方まで突き抜けてるんじゃないかって感じの、まずあり得ない暴論振りかざして主人公様にやれやれされる系の電波な悪役。
最初から、ただ4000文字とか8000文字ぐらいの短編でざまあされるためだけに用意された、中身のないスッカスカの悪役。脚本の都合で性格・言動を歪に捻じ曲げられ、ただただ嘲笑されボコボコにされても可哀想に思われないためだけに、まともな人間としてはまずあり得ない狂った台詞を強要される紙の道化。さあさ皆さん、今から一緒にコイツをぶっ叩いてスッキリしましょう、きっと楽しいですよ、と差し出された、中身のないサンドバッグ。
現実と創作物を混同してはいけない、と思われるかもしれないが、俺はこの世界が女神の箱庭であることを既に知っている。転生した俺の人生が1つの娯楽として神々に消費され、そのVIEWパワーや信仰心が女神の利益となっていることを承知の上で、それでもなおこの世界で生きている。だから、そういうこともあるんじゃないかなって。実際、コイツなんなの? って質問に対し、女神は露骨に妙な反応見せてたしね。
「さようなら。来世では、もう少しマシな役をもらえるといいね?」
尤も、そんな俺の同情や憐憫は、全くの的外れ極まりない、ただの頓珍漢な思い違いの可能性も十分にあり得るのだが。世の中バカと変態は星の数である。前世、コンビニやファミレスで店員さん相手にあり得ないキレ方をする老害やクソDQNなんてのはザラにいたし、小学校時代一年間だけ担任だったあるババア教師は『頭アンハッピーセットなんか?』ってぐらいあり得ない人格破綻者だったし。
ともあれどんな理由があれ、敵として立ちはだかったからには排除しなければならない。カガチヒコ先生に因果律を斬ってもらい、コイツのあり得ない棒読みが解除された以上、ここで殺しても余計な横槍は入らない筈だ。何の補整がかかっていたのかは知らないが、一度切断された以上は再接続でもされない限り、自然とこの世界の基準に補正されるだろう。
「っ!? 待ちなさ」
「待たない」
暗闇に同化して不可視の刃となっている黒刀を一閃。ふと、彼女の父親のことを思い出した。大臣の座を捨ててまで大事なひとり娘を守ろうとした、愚かしくも憐れな父親のことを。
今ここにいる彼女が父親の目を盗んで家出してきたのかどうかは知らないが、まず間違いなく彼女の父はそれを許しはしないだろう。どれだけ愚かでも、我が子は可愛く、また守りたいと思ってしまうのが、親というもののサガなのだろうか。本来の世界線でのホーク・ゴルドがどれだけの愚行・悪行を際限なく積み重ねようとも、最期の最期までただ1人、その味方であり続けたイーグルパパのように。
俺は指先に陛下直伝の黒炎を灯すと、足元に転がるいかにも邪悪そうな装飾が分かりやすく施された手鏡を靴底で踏み砕いた。その残骸が黒炎に焼き尽くされ、灰すら残さずこの世から消滅したのを見届け、ため息を1つ。
「ようやく見つけたぜェご主人よォ! ったく、ほんとオメエはトラブルメーカーだなァおい!」
「わっ!? ちょっと! 俺が好き好んでトラブルに突っ込んでってるわけじゃないんですけどォ!?」
「知っているさ。だからこそ心配なんだ」
柄にもなくしんみりしていると、背後からクレソンに首根っこを掴まれひょいと持ち上げられてしまう。抗議の意味を込めて宙吊りにされながらジタバタしていると、心配そうなオリーヴが俺のボディチェックを始めた。どこも何ともないから大丈夫だよ。
「大事には至らず何よりにござる」
「大丈夫だってんなら、こんな辛気臭えとことっととおさらばしやしょうぜ?」
「そうだね、さっさと帰ろう」
まるで卵の殻がヒビ割れるのを内側から眺めるように、露骨に呪われていそうだった手鏡の中の、暗闇に閉ざされた世界が砕け散る。そうして気付いた時には、俺達は初詣の参拝客で賑わう女神神社へと続く参道の端に佇んでいた。爽やかなお正月の日差しが眩しい。
「うっし! 帰んぞ!」
まァた勝手にどっか行かれちまったら困るからよォ、と俺の首根っこを掴み上げていたクレソンが、そのままボールみたいに俺をヒョイっと上に放り上げて脇の下に両手を突っ込み、そのまま持ち上げて肩車に移行する。こうしてクレソンに肩車されるのも随分と久しぶりな気がする……と思ったけど、さっきお賽銭投げる時にしてもらったばっかだったわ。全然久しぶりじゃなかったのだわさ。
「ごめんねみんな。心配かけちゃったお詫びに、甘酒でも奢るよ」
「おッ! そりゃあいいな!」
「へっへっへ! ゴチになりやす!」
本殿に続く参道には甘酒や鈴カステラのほか、人形焼きやソース煎餅、リンゴ飴といった和な屋台が立ち並び、参拝客らの胃袋を満たしている。客がほぼ全員ナーロッパファンタジーな見た目をしていることを除けば、前世で子供の頃、家族と行った初詣を思い出す光景だな。
「ふむ。この国の甘酒は酒粕を溶いたものではなく、米を麹で発酵させたものが主流にござるか」
「子供でも飲めるようにでしょう。初詣ですから特に」
「たまにゃあ甘酒ってのもいいもんでやすねえ」
「そうだねえ。甘くて、あったかくて、なんだかほっとするお味って感じ」
「うむ。かつて故郷で飲んだあの味を思い出し申す」
手土産に屋台の鈴カステラも買い、5人で甘酒を飲みながら帰路につこうとしていると、不意に後ろの方で『女の子が倒れているぞ!』と騒ぎになり始めた。首を刎ねる寸前で反転させた刃の背で峰打ちを食らい、意識を飛ばしたバーバラ・マンホールワットである。
なんだ、いつもの記憶消去コースかよマンネリだな、と思われそうだが、今回は違う。俺がやったのはあの人格破綻者の心に欠落していた(させられていた?)、良心とか良識とか罪悪感みたいなものを無理矢理植え付けてやっただけだ。
目が覚め時には別人のような真人間としてのまともな心を手に入れているだろうが、その分自分がこれまでやらかしてきたことへの罪悪感やら羞恥心で死にたさゲージが完全に振り切れてしまうことだろう。といってもそのまま自殺されてしまっては本末転倒なので、罪の意識だけでなく安易な自殺や死んでお詫びには走らないようにと誠意を強めに外付けしておいたから大丈夫だろう、きっと。
上位世界から女神チャンネルを観ている神々の中には、なんで殺さなかったのか、手緩い、偽善者、と批判する声も上がるだろうが……なんで殺さなかったんだろうな、ほんと。いや、本音を言えば斬り捨ててしまいたかったよ俺も。だって例え贋作とはいえ俺にみんなの姿をしたものを殺させたんだぞ?
でも。この寒空の下、お正月そっちのけで行方をくらました娘を懸命に探し回っているであろう1人の父親のことを思うと、なんだか忍びなかったのだ。ホークちゃん、ホークちゃん! と叫びながら、俺のことを必死に探し回るイーグルパパの姿を一瞬でも幻視してしまったから、もう駄目だった。
亡骸を目の前に突きつけられるのも辛いが、二度と帰らぬ行方知れずの我が子をいつまでも待ち続けるのも辛かろう。二度あることは三度あると言うが、仏の顔も三度までとも言う。今回だけは娘想いの父親に免じて、見逃してやろうじゃないか。お正月から血生臭い刃傷沙汰で、折角パパが仕立ててくれたゴルド家の家紋が入った紋付袴を穢してしまうのもアレだったしな。
無論、三度目があるなら次こそは一切の情け容赦なく殺すが。まあ、先生に因果律を斬ってもらい、精神操作で無理矢理改心させた今、恐らくはその心配もなかろう。精々お詫びに来たいと言われたら顔も見たくないから嫌とお断りの返信を認めるぐらいである。
「なァ、折角街まで来たんだからよォ、どっか寄り道してかねェか?」
「いいな。確か武器屋で武器の福袋が売りに出されていたはずだ」
「え? 何? 武器の福袋??」
思わぬ単語に驚く俺に対し、みんなは当たり前のようにそれを受け入れているのが解せないのですが?
「そうだ。近距離タイプ・遠距離タイプの2種類があってな」
「昔の俺らみてえな、万年金欠で満足に武具を買い替えたり買い足したりもできねえような中堅未満の冒険者にとっちゃあ、武器屋とか防具屋とかの福袋は結構ありがてえもんだったんですぜ」
「そうなんだ……奥が深いね福袋……」
「では、まずは武器屋へ」
飲み終えた甘酒の紙コップをゴミ箱に捨ててから、参拝客でそこそこ混雑している女神神社を後にする。お賽銭、ケチって銅貨1枚にするんじゃなくて、せめて銀貨1枚とかにすればよかったかな?
キリがよかったのでここで第5部終了と致しとうございます
引き続き第6部もよろしくお願い致します





