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第249話 豚骨の刃

日本の梅雨と南米の熱帯雨林を混ぜこぜにしたような不思議な島国、ジャパゾン国の首都エドガー町の位置が東京だとすれば、ユニリバ町の所在地は地理的に大阪と京都の中間ぐらいに該当する。そんな歴史と伝統と商いの町、ユニリバ町に隠遁する十三代目イワカワ・ミハルなる人物は、まだ20代前半ぐらいの凛とした横顔が美しい女性であった。


「ああ、カガチヒコ先生かい。頼まれたもんはできてるよ」


それだけを言い、ぶっきらぼうに顎でしゃくられた先に鎮座していたのは、一振りの小太刀であった。俺が練習用にと購入した銘刀クロサギも決して悪い刀ではないが、コレには比べるまでもない、と刀には疎い俺でも解るぐらい、静謐で荘厳な、ただならぬ雰囲気を放っている。


「名をつけるとしたらそうさね……アケガラスってとこかい」


「素晴らしい。やはりそなたに頼んで正解であった」


一応はお尋ね者であるため、室内でも編笠を目深にかぶっていたカガチヒコ先生が拝礼して編笠を外してから小太刀を手に取り、鞘から抜き放つと。まるでカラスの羽のような黒い刃が、朝の光を反射して鈍く輝く。それは父の熱心な教育により、幾分目利きのできるようになった商人の俺から見ても、カガチヒコ先生の指導により、一端の剣士となった俺から見ても、間違いなくこの世に双つとない傑作であると理解できる程、厳かな神々しさを放っている。


「爺様の代から散々世話になったカガチヒコ先生の頼みだ。そりゃあ気合いも入るってもんさ。おい小僧」


「はい」


ギロリと殺気マシマシで睨まれ、一瞬頬の薄皮を斬られたかのような剣気をビリビリと感じる。だが俺も、この程度で臆することはないぐらいには、色々な敵と戦ってきた。曲がりなりにも神様の端くれであるゼト神とか、外宇宙の彼方から飛来した邪神とか、未来から来たタイムパトロール隊員とか。


「ふん。どこぞの間抜けな金持ちのボンボンにくれてやるにはあんまりにも過ぎたる玩具だとは思ったがねえ、なかなかどうしてやるじゃないのさ。いいよ、持っていきな」


『MIDIよりも軽く! ADSLよりも速く! by岩川海春』とツッコミどころしかない年代物の掛け軸の前で不敵に微笑む十三代目の名工さん。アレか、初代はこの手の異世界転生モノの極東エリアにポップしがちな何十年~何百年前にこの世界に偶発的に飛ばされてきた転生者とか転移者みたいな感じなんか??


「ありがとうございます、カガチヒコ先生、イワカワさん。大切に使わせて頂きます」


「うむ」


「ふん!」


柄も鍔も刃も黒い黒刀を、黒い鞘に納めたカガチヒコ先生から、本当に驚くほど軽い小太刀を受け取る。バージルにあげた神剣といい、この世界の鍛冶職人は本当に凄い技術を持っているのだな。俺はそれを自宅の道場に置いてきたクロサギの代わりに、袴の腰に差す。


コスプレじゃないぞ。ヒラヒラのお貴族様服を着た金髪碧眼の異人と怪しい編笠男のコンビじゃ目立ちすぎるからと、せめてもの対策にカガチヒコ先生とお揃いの道着と袴をわざわざ仕立てたのだ。さすがに足袋と雪駄はキツかったので足元はブーツだが、顔面丸出しよりかはまあまあ怪しさは減ったんじゃないかと思う。


「感謝する。当代ミハル殿」


「いいって。『今のアンタ』がわざわざ訪ねてきたぐらいなんだ。何かあるとは思ってたさ」


どうやらは2人はかなり長い付き合いらしい。爺様の代からって言ってたぐらいだもんな。意味深な笑みを交わし合う2人を前に、俺は一瞬この刀とこの人達に恥じることのない剣士にならねば不義理がすぎるぞ、という圧倒的薩摩隼人な思考に呑み込まれそうになってしまった。いやだって、子供に贈る降誕祭プレゼントとしては完全に破格だよ。誰かの人生を変えてしまうには十分すぎる傑作だよコレ。


「主殿、参ろうか」


「うん、じゃなかった。はい先生」


まるでそこにあることを忘れてしまいそうなぐらい軽く、けれど、並みの浅打程度なら刀身ごとスッパリ斬り落とせてしまいそうなぐらいに鋭いこの刀に使われるのではなく、使いこなさねばそれこそ恥だ。2人で彼女に深々と頭を下げてから、編笠を被り店を、というかただの一軒家にすぎない彼女の住まいを出る。隠遁というのはなる程、まさに隠れ家的鍛冶場ってわけだ。


     ◆◇◆◇◆


鉄道と言えばマーマイト帝国から女神教の聖地ベリーズまでを結ぶ大陸横断鉄道『アズ・サニー号』が有名だが、極東の島国であるジャパゾン国にもまた国土縦断列車『銀星号』が壱(いち)号から漆(しち)号まで全七本走っている。


これは前世で言えば北は青森から南は和歌山までの地を結ぶ寝台特急であり、かつては長らく鎖国が続いていたせいで飛空艇技術があまり発達していないこの国では、諸外国からの技術や魔法、情報、金属の流入によって最初に誕生した革新的な移動手段として、人や物を大量かつ迅速に運ぶのにかなり重宝されている、いわば文明開化の象徴めいたありがたい代物なのだそうだ。


そんな銀星号にユニリバ駅から乗った俺とカガチヒコ先生は、編笠を目深にかぶったまま駅弁を食べながら、のんびり車窓から流れる景色を眺めていた。空は青、雲は白、流れる田園地帯はお米の収穫が終わったせいなのか、些か荒涼としていて寂しく、春夏であれば稲穂の緑が、秋であれば一面の金色が風にそよいで波打っていたであろうことが窺える。


「西の者達は面妖な弁当を考えつくものだ」


「美味しいですよ?」


「うむ。味はよいのだが……如何せん慣れぬ」


ユニリバ駅名物タコ焼き弁当。中身は白米に沢庵、そしてまさかのソースとマヨネーズがたっぷりかかったタコ焼き6個。なお8個入りもある模様。駅で買ったばかりのまだあったかいうちに食べるとそこそこ美味しく頂けたが、たぶんコレタコ焼きが冷めてしまったら相当悲惨なことになりそうな奴だ。


なんでわざわざ俺たちがこんなのどかな鉄道旅行を楽しんでいるのかというと、鉄道旅行を楽しむためだ。転移魔法は便利だけど、瞬時に行って帰ってくるだけだから旅情がないじゃん? と他ならぬカガチヒコ先生が言い出したので、ユニリバ駅からエドガー駅を経て飛空艇の発着場があるピーナリッツタ駅までの6時間程度の鉄道旅行を楽しもうということになったのである。


一応まだお尋ね者の先生がのんきに列車に揺られてていいのかなあと思いはしたが、逆にお尋ね者がノコノコこんな目立つ列車に乗って駅弁なんか食べているだなんて誰も思わないだろうから、逆にアリなのか? 一応カガチヒコ先生は編笠をずっと目深にかぶってるし、俺も可愛らしい猫耳型の突起が2つついた子供用の編笠をかぶっているので容姿を理由に奇異の目で見られることはなかろうが、うーむ。


「貴様ら動くな!」


「キャー!?」


「騒ぐな! おとなしくしていろ!」


「ぐわー!?」


そんな時である。突然一等車 (とはいえ寝台特急アズ・サニー号のような豪奢な個室ではなく、普通の4人がけのボックス席だが)の扉が開いたかと思うと、黒い天狗のお面をかぶった侍数名がドカドカと乗り込んできて、着物を着た年配のご婦人やドレスを着た若い女性など、大正モダンな雰囲気漂う車内にいた、一等車両に乗れるような金持ちの名士達に抜き放たれた刀を向ける。


咄嗟に短筒、いわゆる拳銃を抜いて抵抗しようとしたスーツ一式に革靴、ハット姿の熟年紳士を複数人がかりで殴りつけ抑え込むと、何名かが先頭車両へと走っていき、残りの数名が怯える車内のセレブ達を睥睨した。


「我らは革命の志士! 黒天狗党である! 軽佻浮薄にも西洋文化に被れ、ジャパゾン男児・ジャパゾン撫子の誇りを失い堕落しつつあるこの国の未来を憂い蜂起した、真なる愛国の忠士と心得よ!」


どうやら黒い天狗のお面をかぶったモブ侍達を束ねるリーダー的存在らしき、まだ10代半ばっぽい感じのポニーテールの黒髪美少女剣士が、鞘ごと地面にドン! と突いた刀の柄頭に両手を乗せつつ大声で威圧しながら叫ぶ。なる程、どういう連中なのか大体判った。


「これより我らが党首、黒天狗様が首都エドガーにてジャパゾン国政府に対し声明を出す! 貴様らと銀星壱号はそのための人質というわけだ! 我らの要求が受け入れられれば貴様らの命と身の安全は保証されるであろう! だがもしも受け入れられなかった場合……」


ニヤリ、とサディスティックな笑みを浮かべ、真っ赤な口紅を引いた女剣士は片手で地面に突いた刀を押さえながら、複数名の黒天狗面達に抑えつけられ無理矢理立ち上がらされたハイカラ熟年紳士の顎に、もう片方の手で彼から取り上げた拳銃を向ける。


「父上え!」


「あなたっ!」


見た目俺より少し年上ぐらいかな? って感じの洋服を着た男の子が飛び出そうとするのを、30代ぐらいの着物を着た女性が懸命に抱き留めている。どうやら彼の細君と息子のようだ。


「ふ! 恨むのなら西洋文化に被れ、ジャパゾン男児のジャパゾン魂を忘れた腑抜けの愚かな父親を恨むのだな! 我らが正義を邪魔立てするということが如何なる意味を持つのか、思い知るがいい!」


「先生」


「うむ」


次の瞬間、引き金を引こうとした女剣士、否、革命家気取りの外道の手首が、拳銃を握り締めたまま宙を舞い、列車の壁に叩きつけられた。

明け烏 夜明けに鳴く烏のこと。

転じて、一夜を共にした男女の仲を引き裂く無粋な微睡み破りの象徴とされる。

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