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第26話 続・濁った眼をした女嫌いの金髪子豚

「ホーク!おはよう!今日もいい朝だな!」


「ええ、おはようございます、ヴァン様」


「あはは!様なんてよしてくれよ!俺はもう貴族じゃないんだぜ?普通にヴァンでいいよ!」


「いえ、商人の習性とでも思って頂ければと」


ヴァンにとって、ホーク・ゴルドという男は、平民になって初めてできた、大切な友達だった。


ヴァンはかつて、ヴァニティ・ゼロという、公爵家の長男であった。だが、王立学院の入学試験中に、自分には属性魔法への適性がないことが発覚してしまい、貴族としては不名誉な不適合者の烙印を押され、公爵家の恥と罵られ、名前も名字も奪われて、追放されてしまった。自分を庇ったことと、でき損ないの長男を生んだ罪だと公爵家より追い出された、愛する母とふたりで。


公爵家の長男としての輝かしい人生から一転。平民に身分を堕とされた彼の人生は暗く、辛く、苦しいものとなった。今まで友達だと思っていた貴族の跡取り達は、ヴァンに対し手の平を返したように冷たく意地悪となり、誰も見向きもされなくなったどころか、石を投げ付けられる始末。


かつて当たり前のように食べていた食事が、今ではパンひとつ買うことにも難儀するぐらいに高価な代物であったことを知り、自分が着ていたシャツ一枚で、平民の四人家族が一日分の食事を賄えることを知った。自分がいかに甘やかされて育った、世間知らずの無知な子供であったかを思い知らされ、後悔しても、もうあの頃の生活には戻れない。


だが不幸中の幸いにも、妹のローザとその婚約者であるピクルス王子だけは、ヴァンを見捨てずにいてくれた。公爵たる父……いや、もう父とも呼ばせてもらえない赤の他人となった男からの手切れ金を切り崩しながら、今日からお前達はここで暮らすのだ、と公爵家が用意した小さく狭い下町の一軒家で細々と暮らし始めた自分達の前に現れた、ホーク・ゴルド。彼はローザとピクルス様と知己であると語り、彼女らの頼みでここへ来たのだと明かした。


彼は皮肉屋であったが、商家の息子であるためか公爵家の者ではなくなったヴァンにもヴァンの母に対しても丁寧で、本人は無自覚なのかもしれないが、面倒見のいい人物だった。


「バージルさん!今日もよろしくお願いします!」


「おう、どっからでもかかってきな!」


魔法を使えないどころか、魔法が効かないという、とことん無適合な体質故に、病気や怪我を回復魔法で治療してもらうことができない自分が、慣れない下町暮らしで風邪を引いてしまった時に薬を持ってきてくれたのもホークだったし、強くなりたいと言えば、護衛の冒険者さんに、自分に稽古をつけてやれと言ってくれた。世間知らずで常識に疎かった自分達母子に、平民の世界に溶け込んで生きていくための術を教えてくれたのも、非力な母と自分を守ってくれる魔法の守護結界をこの家にかけてくれたのも、ローザからの手紙や援助金を届けてくれているのも、教会での炊き出しを強化するように働きかけてくれたのも、全てホークだ。


あなたのことが大好きなおふたりに、強く頼み込まれてしまいましたので、と本人は少しも恩に着せるような素振りは見せず、打算でやっているのでそこまで感謝されても困ります、とぶっきらぼうな態度で突き放すような言葉を投げてくるものの、それならばもっと冷淡で事務的な態度を取ってもいいはずだ。少なくとも自分達母子に対し、慇懃無礼でも冷淡でもなく、ひとりの人間として優しく親切に接してくれる彼のことを、自分も、母も、好ましく思っている。


『いいですかヴァン様。無知であることはそれだけであらぬ誤解や悲劇を生むきっかけとなり得ます。世の中には知らない方がいいことも多々ありますが、それでも得られる知識は極力得ておくに越したことはありません。学んでください。あなたがひとりでも生きていけるように』


『無適合者であろうと、魔力を持っていることに変わりはありません。無属性魔法への適性があるかもしれないという可能性も、考慮しておくべきです。この国の誰もが無属性魔法が存在しないことを証明できないのですよ?だったら、存在していても不思議ではないのですから』


『そもそも、魔法が効かない体質というのがまずおかしいのです。何もしていないのに魔法が消えるなどということはあり得ません。無自覚のうちに、あなたが魔法に対してなんらかのアプローチをしていることは明白です。無属性魔法で属性魔法を打ち消している、と考えた方が遥かに論理的ですよ。世の中他人の言うことだけが全てではないのです。ご自分の体のことなのですから、一度自分自身でじっくり考えてみてください』


『あなたは魔法に嫌われているのではない。魔法の方が、あなたを恐れている。そうお考えになられてはいかがでしょうか?心の中で考えるだけならば、何を思おうと自由です。ネガティブな思考ばかりして俯いているよりも、ポジティブな思考で顔を上げて前を向いている方が、よほど建設的な人生を送れると思いませんか?まあ、俺が言えた義理ではないのですが』


ローザは自分を公爵家に連れ戻すために尽力しており、ピクルス王子はそのために協力してくれているという。いずれ公爵家に戻ることができるかもしれないなら、そのためにも初等部で得られる最低限の知識ぐらいは詰め込んでおけと、彼は自分に勉強すら教えてくれた。


ローザ、ピクルス様、そして、ホーク。俺の、本当の友達。


自分にできるだろうか。いくら公爵家からの頼みとはいえ、赤の他人のために自分の貴重な休日を潰すことが。彼にだってゴルド商会の跡取りとしての、次期男爵としての勉強や仕事があるだろうに。それでも嫌な顔をすることなく、こうして下町まで足を運ぶことが。


「ほらほら、集中しな坊主!戦っている時に考えごとなんぞ命取りだぜ?」


「うわ!?」


バージルに足払いを食らい、すっ転んでしまった拍子に手にチクリと痛みが走る。


「痛っ!」


「うお、やべえ!やっちまったか!?すまねえ、大丈夫か坊主!」


「いえ、ちょっと血が出たぐらいです。大丈夫です、続きを」


「ダメに決まっているでしょう」


立ち上がった自分の肩に、ホークが手を置く。


「坊ちゃん、すまねえ」


「強くなりたいと言い出したのは彼の方です。接待でもあるまいし、さすがに一切の傷や怪我を負わせることなく鍛え上げろなどと無茶は言いませんよ。とはいえ、軽い出血でも傷口から雑菌や黴菌が入ってしまえば、深刻な感染症などに繋がる恐れもあります」


「うえー、またあの消毒液って奴塗られるのか?あれ、沁みるからヤなんだよな」


「感染症になって苦しんだり死んだりするよりはマシでしょう?ただでさえ魔法が効かない体質なのですから、病気や怪我には人一倍注意するべきですよ。あなたにもしものことがあったら、俺がローザ様に殺されます」


「そいつは大変だ!」


「では、おとなしく諦めてください」


ホークに連れられ家に入ると、母が編み物をしていた。彼に勧められたらしい。手編みの品をバザーなどで売ったり、物々交換に出したりするのだそうだ。


元より母は編み物が上手かったし、平民として追放されてからは、覚束ない手で家事をするか、日がな一日途方に暮れるか、窓辺でぼんやり座っている時間が異様に増えたため、やることができてからは、以前よりもずっと人間らしさを取り戻したような気がする。


「まあ、ヴァン!血が!?」


「ただの切り傷だよ母さん。大袈裟だな」


「それだけ心配してくださるお母上がいらっしゃるというのは幸福なことですよ。さあ、さっさと水で洗い流してきてください」


言われてハっとなる。彼には母親がいないらしい。悪い、と言おうとして、謝罪するのはもっと失礼な気がして、何も気付かなかったフリをして水瓶に近付く。自分は、彼に何を返せるだろう。恩にどう報いればよいのか判らないでいるうちに、どんどんどんどん、彼への借りばかりが増えていく。


『将来の公爵様に多大な恩を売っておけると思えばこの程度、安い投資です』


『俺はもう公爵にはなれないよ』


『あなたが公爵に返り咲くことができればそれでよし。失敗したとしても、次期公爵であるローザ様に大きな恩を売れたならば、ゴルド商会の利益にも、ゴールドバーグ男爵家の利益にもなるでしょう?ほら、暗い顔をしている暇があったら、料理のひとつでも覚えてください』


水瓶の水面に映る自分の顔を見下ろす。以前よりもずっと、明るくなった自覚がある。

理不尽を嘆き、我が身の不運不幸を嘆き、世界を恨み、どうして、どうしてと他者を憎むだけの存在であったヴァニティ・ゼロはもういない。


自分はヴァンだ。平民のヴァン。

ホークの友達、ローザの兄、ピクルス様の友人として、それに恥じない男を目指して足掻く者。


コップで水瓶に貯まった水を掬い、窓から手を出して、血を洗い流す。ふと思い立って、もう一杯水を汲み、頭からそれを被ってみた。火照って汗を掻いた体に、冷たい水が心地よい。


強くなりたい。優しくありたい。強さも優しさもひけらかすことなく、ただ自然体でそれを為す、彼のように。そうしていつか胸を張って、彼に友達だと言ってもらえるように。

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