第235話 豚者の贈りもの Fromカガチヒコ
毎年12月25日は女神降誕祭である。この世界に女神が降臨した記念すべき祝日。その前夜祭たる12月24から25日にかけては家族や友人たちで集まり、盛大にお祝いするのが恒例であり、俗に聖の6時間と呼ばれる24日の21時から25日の3時までの6時間の間に子作りをすると、女神に祝福された丈夫で健康な男児を授かる、というのが通説だ。
よってこの世界では、9月生まれが結構多い。みんな女神の加護にあやかりたいのだろう。それはさておきこの世界にもやっぱり降誕祭にプレゼントを贈り合う習慣や、24日の夜によい子の枕元へサンタクロースが来るという伝承は存在し、改めてサンタの強さを思い知らされる所存だ、とホークがぼやき始める12月の初め。
カガチヒコはホークへの降誕祭プレゼントを購入すべく、連日粉雪が舞い散っているというのに随分と混雑している冬の街中を歩いていた。
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極東の島国、ジャパゾンに生まれ育ち、齢六十を過ぎるまで異国の地を踏むことなく生きてきた某であったが、数奇な縁に導かれ、ホーク殿の下で厄介になってからは、まだまだ知らぬことがこの世には多々あったのだと驚くばかりの日々を送っている。
例えばそう、降誕祭なる祭りを祝う習慣なぞは、我らにはなかった。だが、だからといって、某が降誕祭に参加せぬ理由にはならぬ。ホーク殿の家では毎年、降誕祭を祝う夜会が華やかに開催される。これはかの一家に限った話でなく、この国の民らは皆そうして一年の労を労い合い、親睦を深めるのだとか。
なれば某も、普段世話になっておるホーク殿、そのご家族、同僚たち、屋敷の皆に日頃の感謝を込めて贈りものをすべきではあるまいか。そう思い立ち、雪の降る中傘を差して、街へ繰り出したはよいものの。
贈答品とあれば茶、海苔、ないしは清酒などが無難であろうか。否、屋敷で働く者たちは、大半が歳若い娘御らである。なればやはり、菓子がよかろう。
ホーク殿より贈られたマフラーなる防寒具で隠した口元に、ふと笑みが浮かぶ。かつて仕えしカグラザカ家の暮れの賑わいを、ふと思い出したのだ。二度とは戻れぬ我が第二の故郷。永久に顔向けせぬと誓ったかつての主君ら。
斯様にして顔を隠す必要も最早ないのだと。そう思えば今の我が身が健在であるのも、全てはあの日、あの温泉で、ホーク殿に出会ったことが全ての始まりであったとしみじみ思う。
思えば何ゆえに彼は、己のような素性も知れぬ怪しき老骨をあそこまで信じてくれたのか。某が偽りを騙っているとは思わなんだのか。あるいは、ケチな虚言など魔法で容易く見破ること能うが故か。
『カガチヒコせんせー!』
主君らの誉れのため。罪なき人々までをも巻き込んで皆殺しの業を背負い、人殺しの罪を犯し、この手を落としきれぬ血に染め、逃げた。逃げて逃げて、どこへ行こうともなく逃げ続けて、某はどうするつもりだったのか。全ては今考えても詮なき事。
人斬りに身を窶した罪人、キヌサダ・ホオズキマルは死んだのだ。ここに在りしはただの老いぼれ山猿のカガチヒコ一匹。死後地獄でいかなる裁きを受けようとも、そこに至るまでには今しばらくの猶予を与えられた。ならば我が余生、恩人たる彼のために捧げたいと、今はそう願うばかりなり。
「あら! 誰かと思えばカガチヒコ先生!」
「む、ササメ殿か」
屋敷の皆に贈る和菓子と、護衛の皆に配る清酒を贖うため、商店街へと向かう道中。声をかけられ振り向けば、馴染みの小料理屋の女将、カラス鳥人の血を引く半鳥人、ササメ殿が両手に重たげな買い物袋を提げ手を振っておった。
「寒いと思ったら、雪どすなあ! 先生もお買い物どすか?」
「うむ。降誕祭のための歳暮をちとな」
「やあねえ先生! お歳暮だなんて風情のない! プレゼントって言うんですよお!」
「ふむ、プレゼントか」
その背から伸びる黒き翼以外は人間のそれと大差のない女将は、その西方訛りも相俟ってか性格も物腰もややきつめだが、美しく熟れたその美貌とカラスの濡れ羽色の長髪と色白の柔肌は、多くの客らの憧れの的である。
「先生も今度、是非うちの忘年会に参加してくださいな! 歓迎しますえ!」
「うむ。そのうちまた顔を出す」
「お待ちしております!」
上品さよりは元気さで売っている女将は、逞しく両腕に大量の荷物を提げ、真っ赤な和傘を揺らしながら店の方へと去っていく。思えば彼女も独りジャパゾンを飛び出し、ブランストン王国で店を開き、日々の営みを送っているのだ。人間誰しもそれぞれに過去や事情があり、今を懸命に生きている。
それを思えばこそ、己ただひとりだけが特別であるわけではないのだと。誰しもが人知れず過去を背負い、人には吐露できぬ秘密をその胸に抱え、それでも力強く明日を生きていくために、歯を食い縛り、踏ん張って、何食わぬ顔で笑顔を浮かべているのだと。
『来年も、再来年も、その先もずっと。先生に沢山のことを教えて頂けたら、俺は嬉しいです』
『もし先生が、ご自分の意志でここを去りたいと思う日が来るまでは。誰がなんと言おうと、ここが先生の居場所です。カガチヒコ先生は、ここにいていいんです』
嗚呼。ふと、ホーク殿を小料理屋に連れていってやったら、喜ぶだろうかと考えた。人見知りで偏食だが、美味いものには目がなく、礼儀正しい子だ。常連の客らとも、すぐに打ち解けられ……いや、無理であろうな、と確信する。きっとあの子は表面上こそ愛想よく振る舞いつつも、居心地が悪そうにしながら、救いを求めるように、そっと身を寄せてくるに違いない。
それもまた一興である、と思えてしまうのは、なるほど、とんだ意地悪爺だ。
人で賑わう商店街。幽玄に揺れる酒屋の灯りに蝋燭を連想しながら、亡き妻を想い、彼女と共に命を落としてしまった、産まれること能わず母共々この世を去った我が子に想いを馳せる。
たとえ血の繋がりはなくとも、この人殺しの老いぼれを家族だ、と言ってくれた優しい子。願わくばもう少しだけ、彼の成長を見守っていたい。そちらに逝くのは少し遅れるやもしれぬが。あるいはそなたらと同じ場所には逝けぬやもしれぬが。それでも今はここで、皆と共に過ごしていたいと。某は、そう冀う。
そろそろ苦しくなってきた小ネタ
カガチヒコ先生は今でも奥さんを愛していますがそれはそれ、これはこれの精神で割り切って今の生活を楽しんでいます。時代劇俳優も顔負けの渋ーい色男なので大層おモテになられるんですよね、先生





