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第230話 完成!デステニー・デストロイヤー!

薄暗い密室。張り詰めた吐息がかかりそうな程の至近距離で、真剣な顔で見つめ合う俺たち。不安げな、だがどこか期待しているかのようなディル君の熱い眼差しが俺に突き刺さる。


「ディルくん、本当にいいんだね?」


「は、はい! 覚悟はできてるッスお義兄さん! 一思いにやってほしいッス!」


よろしくお願いしまッス! ときつく目を瞑る彼に、痛みはない筈だから安心して、と告げる俺。いや、こちらとしても初めてやるわけだから、保証はできかねるのだが。とはいえ『ひょっとしたらかなり痛いかも』なんて言えるムードじゃないからなあ。『なるべく優しくするよ』もなんか違う気がする。どう優しくしろってんだよって話だよ。


「いくよ?」


「ッ!」


俺がハサミを入れると、彼の左手の小指から伸びる赤い糸は、呆気なく断ち切られた。


「はい、おしまい」


「え? これで終わりッスか……? ほんとに……?」


信じられない、といった表情を浮かべる彼に魔道具眼鏡を差し出すと、彼はそれをかけて自分の左手を見た。


「あ……き、切れてる! ほんとに、切れて……うううう! やったあーッ! やったッスよ義兄ちゃん! ありがとうございます! ありがとうございますッ! 俺、嬉しいッスー!」


「やりましたねェホークくん! 実験は大成功ですぞ!」


「ええ。博士もありがとうございました」


「なんのなんの! 我輩も興味深い研究ができて実に面白……有意義でしたぞ!」


盛大に男泣きするディル君に抱き締められている俺に親指を立てる博士に、こちらも親指を立て返す。



さて、何から話したものだろうか。そうだな、まずは結果から先に言おうか。ディル君と天命のつがいたるゼエタ族を結ぶ赤い糸は、博士と俺が共同開発した天命の赤い糸カッター、仮称デステニー・デストロイヤーにより無事に断ち切ることができた。


光属性や風属性、闇属性の魔法の中には、視力を強化する魔法というものがある。小さいものを拡大して見るための虫眼鏡魔法、遠くのものを見るための望遠魔法、暗闇の中でもよく見えるようになる暗視魔法などがそれだ。普段見えないものを見えるようにする、というアプローチが、今回役に立つんじゃないかと思ったのは、運命の赤い糸という、おとぎ話のような乙女チックな伝説による。


ほらアレだ、今更説明するまでもないだろうが、将来結ばれるふたりの小指は赤い糸で結ばれているとかいう、女児向けの伝承。『ひょっとしたら、視力強化魔法を応用すれば天命のつがい同士を結ぶ赤い糸も見えるんじゃね? いやある種の願望実現器的な側面を持つこの世界の魔法の性質的に、俺らが本気で見たいと願えば見えるようになるんじゃないか、むしろ赤い糸が実在すると本気で信じればそこに生まれるんじゃないか』って逆説的な発想を閃いて、試しにやってみたらできちゃったのである。


今時赤い糸の伝説なんて、初等部の女生徒だって信じませんよ、と笑い飛ばされるような眉唾な代物だが、それだけ根強く幅広くこの世界にも浸透している概念だ。形にするのは容易かろう。まずはヴァスコーダガマ王立学園の方にディル君名義で外泊許可を宮殿経由で申請し、オークウッド博士に頼んで用意してもらった隔離実験室にディル君を直送。これは以前誰からも愛される妹と誰からも愛されない姉事件の時に使った檻を再利用することで解決した。


後は実験中に余計な相手、ゼエタ族とかゼエタ族の血を引く奴とかにうっかり出会ってしまわないよう彼を監禁もとい隔離しながら、博士とあーでもないこーでもないと議論を交わし、視力強化魔法を基盤に運命の赤い糸ならぬ天命の赤い糸が見えるようになる魔法を開発。次いでその魔法術式を刻印した赤いフレームがいかにもそれっぽい魔道具眼鏡を作製することにも成功した。


正直運命の赤い糸と天命のつがいがイコールなのかどうかは疑問の余地が残らなくもないが、天命のつがいとは別に赤い糸で結ばれた相手とかまずおらんやろってことで三人で話し合って納得した結果、とりあえず魔力を込めたハサミでそれを切ってみようという話になったのだ。


『本当に、いいんだね?』


『大丈夫ッスよお義兄さん! 俺、こんな俺のためにメチャクチャよくしてくれたお義兄さんたちを信じてるッス! それに、神様とか女神様とかに将来好きになる相手を最初っから決められてるだなんて、寂しいじゃないッスか。たとえマリーちゃんとは赤い糸で繋がっていなかったとしても、俺は今の俺の気持ちに正直でいたいッス!』


『そっか。なら、やろうか』



かくしてディル君の赤い糸は切れた。その先に繋がっていたのがマリーだったのか、それとも全然知らない別の相手、天命のつがいたるゼエタ族だったのかはもう誰にも判らない。いや、判らないままでいた方がいい、と彼がそう望んだのだから、これでよかったのだと思う。彼の小指から垂れていた赤い糸の切れ端は、しばらくしてフッと消えてしまった。


「本当に、ありがとうございました! 博士さんも、義兄ちゃんも! ……あっ!」


「いいよ、義兄ちゃんで。お義兄さんよりは他人行儀じゃないかもだしね」


「……押忍!」


「うんうん、よかったですねェ! やはり科学と魔法で人を幸せにすることこそが、我輩の天命であるとしみじみ思いましたぞ!」


ははは抜かしよる。まあ実際、博士には助けられてばかりだから、あながち間違いでもないのだが。ディル君は何もなくなった小指を見届け、心から嬉しそうに泣き笑いながら魔道具眼鏡を外す。今回も間違いなく彼を幸せにしたのだから、博士がそれに喜びを見出してくれるのなら結構なことだ。変に世界征服とか企まれても困るし。まさになんとかとハサミは使い様ってか。


しっかし、赤い糸が見えるようになる魔法といい、それを刻んだ眼鏡といい、魔力さえ込めればただのハサミでもそれが切れちゃう仕組みといい、またしてもとんだ危険物が爆誕してしまったものだ。さすがにこれは絶対世に出せないだろうから、博士の『試しに作ってみたらなんかできちゃったけど、これがバレたら私の学者生命が終わるのでこっそり隠しと庫』に厳重に封印しといてもらうとしよう。


てか、そんなものを仰山隠し持っている博士もそれはそれで怖いんですけど!? うちのパパのコレクションといい師匠の宝物庫といい博士の隠し倉庫といい、身近に厄ネタ不発弾が溢れすぎなのでは……?


     ◆◇◆◇◆


「お兄様っ! これは一体どういうことですのっ!?」


「違うんだマリーちゃん! 全部俺のためにやってくれたことなんだよ! 義兄ちゃんは何も悪くないんだ!」


「義兄ちゃっ!? わたくし抜きで、随分と仲よくなられたようですのね! やはり脂肪!? 脂肪ですの!?」


「一方的な勘違いと思い込みで、そうカッカするんじゃないマリー。ヒステリックな女は嫌われるぞ?」


ぞ、と同時に右手の人さし指の先から『少し頭冷やそう波』をマリーの鳩尾に撃ち込んでやる。強制的に相手の頭を冷やさせる魔法というのはやっぱ便利だね。話の通じない人間にはこれが一番だよ。


「……ごめんなさい。わたくしったら声を荒げて、淑女として少々はしたなかったですわね。でも、本当に心配したんですのよ? とても深刻な様子であなたからアル・ハ族の血を引いていることを打ち明けられた直後に、急になんの説明もなく一週間の外泊届なんて提出なさるんですもの。心配になってお見舞いに来たら、お義父様もお義母様も何も知らないって仰いますし、わたくし、ディル様が何かよからぬ事件に巻き込まれてしまったか、もしくは思い詰めて先走ってしまわれたのではないかと不安で不安で……!」


「そっか、俺のせいで心配かけちまったな。ごめんな、マリーちゃん」


ディル君の分厚い胸に飛び込んで涙ぐむマリーと、そんなマリーを優しく抱きとめるディル君。『いいから説明しろや!』みたいな目で睨んでくるハイビスカスをガン無視して、俺はそそくさとディル君のお宅からお暇することにした。ディル君とマリーと、ふたりで積もる話もあるだろう。


うーむ、彼の実家である養鶏場の正門前に直接転移するのはちょっとリスキーだったか。年頃の男の子の部屋に直接飛ぶのは失礼かなと思ったのだが、まさか自分に一言もなくいきなり一週間も学校を休むことになった彼ぴっぴを心配してお見舞いに来ていたマリぴっぴとハイビッビが帰ろうとしていたところにバッタリ遭遇してしまうとは。


念のため、多めに取っておいた一週間の休暇のうちの二日目の夕方にこうして帰ってくることができたから騒ぎにならずに済んだが、これ以上遅れていたら心配したご両親とマリーによって警察に通報されていた可能性も十分ある。さっさと面倒事を片付けてしまいたくて急いでいたのと、外泊許可を取りに行く途中でディル君がバッタリ天命のつがいに遭遇したりしないようにとの配慮もあってか、王族とのコネを使ってショートカットしたことが裏目に出たかな。


「ホーク義兄ちゃーん! ほんとにありがとうございましたー! 押ー忍!」


マリーを抱き締めたまま、大きな手を大きくブンブン振って満面の笑顔で叫ぶ彼に小さく手を振り返し、俺は再び開けた転移門の中に身を躍らせたのだった。


     ◆◇◆◇◆


「なるほど、そんなことが」


「ええ」


所変わって夜のヴァスコーダガマ王宮。今回アル・ハ族とゼエタ族について教えてくれたり、宮殿の図書室に収められていた天命のつがい絡みの書物を貸してくれたりと、要所要所で手助けしてくれたローガン様にお礼を言いに来たついでに夕飯をご馳走になってしまい、こうして王族専用の豪奢な露天風呂で最上級のオイルマッサージまで受けさせてもらったりしちゃって、気分はすっかり打ち上げ DE 温泉モードだ。


宮廷料理人が作る美味しいエスニック料理をたっぷりと頂き、夜の街並みを一望しながら気持ちよくお風呂で汗を流したところで、王族の体に直接奉仕できる役職なだけあってか口の固さは他の追随を許さないとローガン様が太鼓判を押してくれた超一流のマッサージ師さんによる、蕩けるようなオイルマッサージを受ける。これぞまさに贅沢の極みって奴だな。今回の功労者である博士も連れてきてあげたかったかも。きっとあの平然と何日も続ける泊まり込みのせいでゴワゴワになりがちな赤毛も、見違える程フワフワになるだろうに。


「ホーク君。ヴァスコーダガマ王家にはね、アル・ハ族とゼエタ族の血を混じらせてはならないという伝統があるんだ。何故かはもう説明するまでもないだろうけれど」


「そりゃまあ、あんな話聞かされちゃった後ですからね」


ローガン様いわく。天命のつがいというのは基本的に幸福な出会いをもたらすものであるらしく、ディルくんのひいひいお婆様ぐらい酷いケースは極めて稀らしい。歴史上に幾つか天命のつがいが現れた事例はあるが、そのどれもがいわゆる『こうしてふたりはいつまでも幸せに暮らしました、めでたしめでたし』で終わることがほとんどで、あそこまで拗れに拗れまくった悲劇は史上類を見ないレベルなのだとか。


「通常、彼らが天命のつがいに出会える確率は10万人にひとりとも100万人にひとりとも言われているんだよ。然う然う滅多に、それこそ100年に1組出るか出ないかぐらいの確率で起こるのが、天命のつがいというものである筈なのさ」


「となると、100万分の1の3乗ですか。そいつはまさに、奇跡って奴ですね」


「奇跡は起こるからこその奇跡、というわけかい?」


「ローガン様なら、それをよおっくご存じなのでは?」


三十年近く魔女の呪いに抗い耐え続けてきたローガン様が、遂に呪いに屈して塔の天辺からその身を投げ出した夜、偶然この国に来ていた俺が、たまたま夜の散歩に誘われて夜遅くに出歩いていたせいで、その現場に奇跡的に立ち会い彼の命を助けることができた。うん、まさに奇跡だ。ほんの一日どころか、たったの数十秒タイミングがずれていただけで、ローガン様が死んでいたであろうことを考えると、とんでもない生存確率だ。


「っはははは! まさしくその通りだ。ああ、そうだとも。君を見ていると、奇跡はあるのだと胸を張って言えてしまうよ」


バッキバキに割れた腹筋や大胸筋から、一滴いくらするのかも判らない超高級オイルが飛び散る程に大笑いしながら、ローガン様が施術台に仰向けに寝そべったまま、首だけを捻ってこちらを見てくる。


「君は本当に、退屈させてくれない子だね。次はどんな奇跡を僕達に見せてくれるんだい?」


「さあ……? 俺の場合は奇跡ってより女神の因果とか、トラブルシューティングって呼んだ方が適切かもしれませんけど」


マッサージ師さんの指が、たっぷりのオイルで潤いまくりな俺の顔をパン生地かうどん生地でも捏ねるようにしっかりと、それでいて痛くない程度に優しく揉む。マッサージなんて年寄りが受けるもんだとばかり思っていたのだけれど、どうやらそれはただの偏見だったらしい。どちらかというと美容エステに近い感じのアロマテラピー・スパ・オイルマッサージが一体となったリラクゼーションサービスは、なるほど確かに身も心も芯からほぐれるとても心地よいものだ。


燃えるような運命の恋に劇的に振り回されるような、ドキドキワクワク、波乱万丈でドラマチックな人生よりも、俺はこういう癒しのひと時みたいな穏やかで心安らぐ平和な毎日を、いつまでもみんなと送れたらいいなと思う。そのみんなの輪の中に、新しく入ってくるマリーのお婿さんがディル君なら、それも悪くはないんじゃなかろうかと、今は素直にそう思えた。

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