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第228話 妹の彼氏とかいう関わりたくない存在

マリーの彼氏、虎の半獣人ディル君からマリーには内緒で、どうしてもふたりだけで会って相談したいことがある、という妙に深刻そうな雰囲気の手紙を受け取ったので、ものすごーーーく気が進まなかったのだが、嫌々ヴァスコーダガマ王国に行くことにした。ら、ローガン様もついてくることになった。


「ふたりだけとは一体」


「いや、すまないね。さすがに同席するつもりはないから安心してほしい。ただ、どうしてもひとつ気になることがあってね」


「気になること、ですか?」


いつもいつも転移魔法やヴィクトゥルーユ号で瞬時に行ったり来たりばかりでは風情がないので、たまには優雅に空の旅でも、ということで、ヴァスコーダガマ王国の王族専用機である豪奢な飛空艇で、砂漠の空を行く俺たち……というか、ローガン王兄殿下御一行様。さすが王族専用なだけあって、高級ホテルの一室みたいな快適な船室でザク切りにされたリンゴやレモンなどの、瑞々しい果実をたっぷり浮かべた冷たい炭酸水に舌鼓を打っていると、ローガン様が真面目な顔で頷く。


「ああ。件のその、なんと言ったか」


「ディル君ですね」


「そのディル君は、虎の半獣人だったんだね? それも、ヴァスコーダガマ王国の辺境出身の」


「それが何か?」


「……ホークくんは、アル・ハ族、ゼエタ族という部族を知っているかい?」


Heyシェリー! アル・ハ族について調べて! と言いそうになったのだが、ローガン様がそのまま説明してくれそうな流れだったので、いえ、と首を横に振るにとどめておく。


「虎獣人のアル・ハ族と狼獣人のゼエタ族は、ヴァスコーダガマ王国の領土内に住まう多種多様な部族の中でも少しばかり特殊な体質を持っていてね」


「なんでしょう、名前の対比だけで猛烈に嫌な予感がしてきました」


果たして俺の嫌な予感は的中してしまった。虎獣人のアル・ハ族と狼獣人のゼエタ族というのは、他の部族にはない特異な祖先の血を引いているらしく、極めて特殊な体質、即ち『天命のつがい』システムを標準搭載しているそうなのだ。天命のつがいって何? って人のために簡単に説明すると、一目惚れの極致のような、凄まじく厄介な代物と思ってもらえばよい。


天命の赤い糸で結ばれたアル・ハ族とゼエタ族が出会った瞬間、『アナタこそが私の天命の相手だ!』と双方が瞬時に魂レベルで悟り、互いに相手の存在以外のこの世の全てが目に入らなくなるぐらいの熱烈な恋に猛烈急転落下してしまう。対処方法も対抗策も一切ない。一度出会ってしまったが最後、決して逃れられない天命という名の呪いに心と体を蝕まれ、その相手だけを強烈に愛してしまうことを余儀なくされるという、おっそろしい仕組みなのだ。


例えばそうだな、仮に俺がアル・ハ族で、そんな俺の天命のつがいが、自分がゼエタ族の血を引いていることは知らずに育ち、結婚・出産し、旦那と一歳になる我が子を溺愛する十代後半の半狼獣人のケモ耳+尻尾だけ生やしている清楚な貴婦人だったとしよう。


俺とそいつがもしバッタリ出くわしてしまった場合、俺はこれまでの主義主張の一切合切を投げ捨てて、その女を盲目的に溺愛しまくる恋の奴隷になるだろう。この俺が、筋金入りの女嫌い一筋三十数年のこのホーク・ゴルド様が恋愛脳の糖度1000%なメロメロフォーリンラブ奴隷だぞ?


その女も、旦那と一歳になる我が子のことはただの路傍の石ころ程度の存在ぐらいにしか思わなくなり、代わりに俺のことを異常なまでに溺愛するようになる。これは決定事項であり、個々人の意思では覆しようのない絶対の天命だ。我が子が泣き叫ぼうが旦那が怒り狂おうが、誰にもどうにもできない。


どうだ? 怖ろしかろう。ふたりの人間のそれまでの人生や人格や尊厳を全部無視して、神の定めた天命とやらに強制的に自我を上塗りされてしまう恐怖。しかもこの天命のつがい、男同士だろうが女同士だろうが、相手が赤ん坊だろうが死にかけの老人だろうがお構いなく発動するという無差別式の核地雷なのだ。


実際これでもかなり控えめに表現している方だからね。『大好きなあの人と私が実は天命のつがいだったやったー!』ぐらいならまだよかったねで済むかもしれないが、実際はもっとえげつないところにまでガッツリ影響が出てくるからな……。


俺は自分がアル・ハ族でもゼエタ族でもないことを女神に感謝した。いや、こんな碌でもないシステムをこの世界に実装したのがそもそもあの美少年大好き美少年同士の恋愛も大好きな厄介女神だって可能性もあるのか? 前言撤回、やっぱり今の感謝の祈りはなかったことにしよう。


「それじゃあ、ひょっとしてふたりっきりで相談したいことってのは」


「その子が誠実な少年であるならば、アル・ハ族の特異体質のことだろうね。マリーちゃんと真剣な交際をしているのであれば、いずれ避けては通れぬ問題だろうから。だけど、幾ら誠意があってもいきなり君のご両親に打ち明けるには、かなり勇気が要る話だろう」


「……帰っていい?」


「はは。君が本当にそうしたいのならば、僕の許可など取らずにさっさと転移魔法で逃げてしまうだろう?」


君のそういうところが好ましいよ、と普段賢いのに時々頓珍漢なことを言うローガン様に頭を撫でられながら、俺は遠い目になってしまった。


     ◆◇◆◇◆


「やあ、ディルくんお久しぶり」


「お久しぶりです! すみませんお義兄さん! 遠路はるばるお越し頂いてしまって、恐縮です! 押忍!」


ヴァスコーダガマ王国、滞在二日目。到着後に食事の約束を取り付けたディル君と待ち合わせたのは、彼の小遣いではコーヒー一杯すら注文するのも難しそうな高級ホテルの一階にある高級レストランのVIPルームだった。誰にも聞かれることなく密談できる場所、という点で、必要だろうと考えてのことだ。


先だって受け取ったディル君からの手紙には、もし相談に応じてもらえるのならば彼の方からブランストン王国まで出向く旨書かれていたが、金と時間の無駄なので俺がこっちに来た方が遥かに手っ取り早い。それに、彼の実家は左程儲かってはいないらしい養鶏場らしいので、飛空艇代だってバカにならないだろう。前回はマリーがどうしてもと駄々を捏ね、マリーが両親から渡された帰省費用から彼の飛空艇代や旅費を捻出したことを未だに申し訳なく引け目に思っているようだからな。


なんとも律義というか、生真面目というか。その辺り結構ちゃらんぽらんな俺からすれば、好ましい人間性・人柄ではある。尤も、お義兄様の前で猫をかぶっていなければ、の話だが。こうして会うにしても、『観光も兼ねて何日か滞在するつもりだから、君の都合のいい日時を指定してくれればそれに合わせるよ』と告げた途端にこうして次の日にはもう学園を休んでまで相談に来ているのだから、余程精神的に切羽詰まっていたのかもしれないな。


「まさか飯を食うのにドレスコードなんてものがあるとは思いもしませんでした。だから制服で来いって仰ってたんスね。でも本当にいいんでしょうか、こんな高そうな料理をご馳走になってしまって」


「俺のワガママに付き合ってもらう形になってしまったのだから、気にすることはないよ」


「いえ、そんな! 元はと言えば、俺がお義兄さんをお呼び立てしてしまったわけッスから!」


「いいからいいから。若いんだし、遠慮せず食べなよ。これから先もマリーと付き合っていくつもりなら、こういう店や食事に慣れておいて損はないと思うよ」


学生服は素晴らしい。なんせドレスコードのある店にも堂々と胸を張って入れるぐらいだからな。ましてヴァスコーダガマ王立学園の制服ならば誰もケチはつけんだろうさ。


それにだ。VIP個室だから大学生みたいな巨漢の彼が、小学生みたいなチビの俺にペコペコかしこまっているところを周囲から奇異の目で見られずに済むというのは結構ありがたい。王族専用飛空艇で空港に乗りつけた瞬間、ローガン様のお忍びプライベート飛空艇だってのに目敏い人間たちに目撃されて、スーパースターでも来日したのかってぐらいのとんでもない大騒ぎになってしまったからな。


いや、ローガン様は押しも押されもせぬこの国の英雄、スーパースーパースターだったわ。じゃあ俺って何? 超大物セレブが同伴している謎の超絶美男子? と思ってしまったけれども俺の面もこの国じゃかなり割れてる方だから平気か。ローガン様のお陰で予約もなしにこんな超豪華ホテルに泊まれて、初日は支配人直々にホテルの重役たちをゾロゾロと引き連れて挨拶しに来たぐらいだもんな。俺も出世したもんだ。


テーブルマナーもへったくれもなく四苦八苦しながら難儀している様子のディル君にちょくちょくやり方を教えながら、オリエンタルな砂漠の国の、とっても美味しいエスニック料理に舌鼓を打つ。食後のデザートと蜂蜜生姜入りのミルクティーが運ばれてくる頃には、彼の緊張も若干ほぐれたようだった。


「それで? わざわざふたりっきりで相談したいことというのは?」


「はい……お義兄さんは、アル・ハ族とゼエタ族についてご存じでしょうか?」


「天命のつがい体質についてのことかな?」


「さすが、ご存じでしたか」


『実は昨日、ローガン様に教えてもらったばかりなんですよ!』なんてことはおくびにも出さないようにしつつ、訳知り顔で頷いておく。ディル君は虎耳をペタンとさせて、随分と深刻な表情だ。そりゃそうだろう。『いつよそのゼエタ族の女/男に心変わりするかもわからないような男に、大事な娘/妹をやれるか!』とふたりの交際に反対する身内が出てきてもおかしくはないだろうからな。


「お義兄さんのことですから、もうとっくにお調べになられているでしょうが、俺はアル・ハ族です。そのことは、祖父に教わりました」


そもそもアル・ハ族が何かも知らなかった俺を相手に、罪人が告解をするかの如く、彼は重々しげに言葉を絞り出す。そして語り始めた。あるひとりの、数奇なアル・ハ族女性の人生を。

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