第221話 ゴルジンと魔法のランプ
お父さんらしい趣味といったら何を思い浮かべるだろうか。ゴルフとか、釣りとか、あるいはパチンコや車などを想像する人もいるかもしれない。ブランストン王国でもゴルフや狩猟などは貴族の嗜みとして長らく愛されているようで、うちの父もたまに接待ゴルフなどに出かけることがある。昔はもっぱら接待する側だったようだが、今はされる側になったらしい。
『ホークちゃんとゴルフがしたーい!』というパパの要望で俺も一度接待ゴルフに顔を出したことがあるのだが、結果は散々だった。このホーク、自慢じゃないができることを数え上げた方が早いぐらい不器用な筋金入りの運動音痴なので、魔法なしで初めてのゴルフに挑んだ結果、まともにボールを打つこともままならず、第1ホール第一打から八回連続空振りという暴挙をやらかした際にはヨイショのしようがあまりになさすぎて、接待する側のおじさんたちが半泣きになっていたぐらいには酷い有様だった。
なので、それ以来ゴルフをする際には魔法で身体能力を補強して挑むようにはしている。お陰で天才児だのプロ級の腕前だの、さんざっぱらお世辞の言い甲斐もありそうな腕前を装うことはできたのだが、ズルしてゴルフしている身なので、喜びよりも後ろめたさの方が先立ってしまうのだ、どうしても。とはいえ父さんは俺と一緒にゴルフができてニコニコ嬉しそうだし、父さんの機嫌がいいと接待ゴルフに駆り出されているおじさんお兄さんたちも助かるだろうから、一種の親孝行、社会貢献だと思おう。
ちなみに狩猟の方は魔法込みで楽勝だった。ゼロ公爵とパパの『個人的なお付き合い』が縁で狩猟が許可されるシーズンになると何度か一緒にお出かけしたことがあるのだが、魔法や実戦のいい訓練になったよ。頂いた命はきちんと公爵家お抱えの料理人さんに調理してもらって、美味しく食べたりもした。どうやらローザ様は遊び半分に命を奪うハンティングというスポーツが嫌いらしく、誘ったが一緒に来てくれなかったと寂しそうにしていた公爵の後ろ姿は記憶に新しい。
ゴルフも狩猟も、どちらかというと趣味というよりは社交の延長だよなあと思う。好きでやっていることというより、やらなければならないため必然的に触れる機会が多くなり、半ば趣味と思ってやっているだけ、というお父さんも珍しくはないのだろう。実際俺なんかがそうだしな。パストラミ社の社長として接待ゴルフを是非、なんて言われても反応に困るから毎度丁寧にお断りしているけれど、断れない相手に誘われたらさすがに断れないだろうし。
そんな中でイーグルパパの純粋な趣味と呼べるものはたぶん、骨董品集めだ。
「これはスオンタックの鏡。鏡に向かって何か質問をすると、質問者の意図を汲み取って、適当に耳触りのいいおべっかを並べ立ててくれる」
「わあ碌でもない」
「試しにやってみようか。鏡よ鏡、この世で一番可愛い男の子はだーれだ?」
『それはホークお坊ちゃまでございます。いよっ世界一の色男! にくいねこの天才児! まさに時代の寵児だ革命児! ゴルド商会の未来は安泰ですぜ旦那!』
「おお! まさしくその通りだ! では、この世で一番ハンサムな美男子は?」
『それもホークお坊っちゃまでございますとも! ホークお坊ちゃまの前ではどんな美男子も霞んでただの引き立て役にしかならないこと間違いなしでございます! 憎いねこの! ヒューヒュー!』
「……とまあこのように、質問者にとって都合のいいことばかり捲し立てるものだから、使用者によっては次第に鏡中毒になって周りの人間の客観的な正論に耳を貸さなくなり、結果鏡の言う都合のいいお世辞ばかりに強く依存してしまうようになるので、呪いの鏡として多くの悲劇を生んできたという忌まわしい逸話を持っている」
「なんでそんな鏡をわざわざ買ったの??」
「そこはほら、商売敵とかムカつく貴族連中なんかにお近付きの印として贈り付けてやるためにだな、フッフッフッフ!」
「わあ悪い顔してる!」
ゴルド邸には地下室がある。主に地下牢とか拷問部屋とか宝物庫とかだ。宝物庫にはパパが長年買い集めてきた骨董品の類いが収蔵されており、今日はその虫干しがてらお宝というよりは呪いのアーティファクトめいた代物を、パパの管理下で見せてもらっているのであった。
「これは面白いぞ! ブレクソンゲンの妖精小瓶だ!」
「ただの空っぽの小瓶にしか見えないけど、なんか変な魔力を帯びてるねそれ」
「さすがの慧眼だねホークちゃん! この小瓶は人間ひとりを妖精サイズに圧縮して中に閉じ込めておくことができるんだ。この小瓶の中に入れてフタを締めておく限り、食事も睡眠も排泄も必要なくなるし歳も取らなくなるから、歴史上口に出すのも悍ましい、人間の業の深さを物語る狂気に満ちた逸話を幾つも生み出してきた傑作魔道具だよ」
「見た目は女児向けの玩具みたいで可愛いのに効果がえげつないなおい! なんなの? パパは呪いのアイテムを集めるのが好きなの?」
「そうさな。パパは人の欲望や業が詰まったものが好きなのかもしれない。如何に偉大な王であろうと、卑しい奴隷であろうと、歴史に名を残す英雄だろうが聖人だろうが悪女だろうがなんだろうが、所詮人間一皮剥けば中身は一緒なのだと実感できる胸糞エピソードなんかがね、こう、好きなのだよフフフ!」
なんだろう、ちょっとパパの心の闇を感じる。まあ、本当は怖い童話とか昔話の本とか好きそうだなぐらいに思っておくことにするか。あまり深く突っ込むと深淵を覗き過ぎて落っこちることになるかもしれないし。馴染みの馬喰相手に種付け用の牡馬を手配しようとしていたバージルの時もそうだったけど、不用意に人の心の闇に踏み込むのは得策じゃないもんな、うん。
その後もとある王族を根絶やしにした不幸を招く青いダイヤとか、幾つもの国を滅ぼしたという不運を招く赤いダイヤとか、所有者が次々と衰弱死していると噂のちょっとエッチな呪われた裸婦画とか、一度履いたら死ぬまで脱げないと評判のガラスの運動靴なんかを見せてもらっていると、不意に古びたランプが棚から転がり落ちてきた。落っこちた拍子にカランとフタが外れたので両方拾い上げて中を覗き込んでみるも、どうやら中身は空っぽらしい。
「これは? 魔人が眠るランプとかそういう?」
「よく知ってるねホークちゃん! そうなんだよ、実はこのランプには古の魔神が封印されていて、擦ると出てきてなんでも願いを叶えてくれるという触れ込みだったのだが、どうやら眉唾だったようでね。しょうがないのでカレーを入れるのに使ってみたのだが、使い辛かったので洗わせてしまっておいたんだ。こんなところにあったのかこれ」
「カレー用にするにはちょっと先が細すぎない?」
「そうなんだよ。途中で具が詰まってしまってね。全くとんだ欠陥品もあったものだ」
埃をかぶっていて酷く汚らしかったので、浄化の魔法をかけてやると新品同様にピカピカになる。ピカピカになったことで逆に金メッキっぽさというか、安っぽい子供騙しのパチモン感がメチャクチャ出てきてしまったのだが、それでもなんか凄まじい魔力量を感じるのですがそれは。
「パパ、これちょっと借りてもいい?」
「借りるも何も、パパのものはぜーんぶホークちゃんのものだよ! 好きなものを好きなだけ持ってってくれて構わないからね! ただ、実際かなり危険なものが多いから、持ち出す前に一言相談してくれるとパパ安心だけど」
「はーい、気を付けまーす」
「うんうん、ホークちゃんは素直ないい子だね。それにしても、それを見てたら久しぶりにカレーが食いたくなったな。今日の晩飯はカツカレーにでもするか」
「わーいカツカレー! ホークカツカレーだーい好き!」
「おお! そうかそうか! それじゃあとびっきり美味しい最高のカレーとカツを作るよう料理長に言い付けておこう!」
危険を承知でこんなもん蒐集してるんだから、酔狂も大概だなこの親父。どれもキッチリ封印処置はしてあるみたいだから、ウッカリしない限り実害はなさそうだけど、こんな危険物がゴロゴロ転がってる宝物庫の上で今まで生活してたのかと思うとあっぶねー! って気持ちになるので、後でちゃんと対策しとこ。
◆◇◆◇◆
「ねえシェリー。このランプちょっとスキャンしてみてくれない?」
「おや、随分と珍しいものをお持ちになられましたね」
部屋に戻り、ランプをテーブルに置いてスマホを取り出しシェリーに呼びかける。彼はスマホの画面の中で何故か麦わら帽子に軍手姿でこちらに背を向けてしゃがみこんでいたが、どっこいしょ、と立ち上がるとくるっと一回転半していつもの執事服に戻った。なんだろう、バーチャル家庭菜園でもやっているのだろうか。
「知ってるの?」
「ええ。古代人がまとめた世界面白ヘンテコ魔道具大百科によるところの、魔法のランプですね。中には魔神が封印されており、呼び出した者の願いを無償で三つまで叶えてくれるという大変お得な品にございます」
「何そのランプより興味深い本。ちょっと読んでみたいかも」
「かしこまりました。では、後程可読性データに翻訳して魔道具大百科フォルダを作成しその中にコピーしておきますので」
「でもさあ、このランプ壊れてるのかなんなのか知らないけど、昔パパが試した時は何も出てこなかったらしいよ? こんなに魔力が渦巻いているのに不思議だね」
一見するとただの古い空っぽのランプなのだが、目に魔力を凝らしてよく見てみると、ランプの中で魔力が銀河みたいに渦巻いているのが視認できる。
「恐らくお父様は正式な呼び出し方を存じ上げていらっしゃらなかったのでは?」
「正式な呼び出し方なんてあるんだ」
「左様にございます。かつて時の権力者が、自分以外の誰かがこのランプを手にして自分を脅かすことのないよう、魔神に呼び出す際の方法を変えるよう願い、以後は一子相伝にてその魔神の呼び出し方を先祖代々伝えてきたとのことで」
「へえ。でもなんで君たちはそんなことまで知っているんだい?」
「ホッホッホ。我々はありとあらゆる英知を蓄積し続ける人類支援/管理/補助プログラムにございますれば。ささ坊ちゃま、そんなことよりも魔神を呼び出す方法をお知りになりたいのではございませんか?」
なんだろう、露骨に話を逸らされてる気がするのは俺の気のせいだろうか。
シェリーに促されるまま、まず左手の中指でランプを持ち、右手でランプの腹を指示通りに三回擦る。持ち手の辺りからまっすぐ押し込み、弧を描きつつ上側に引いて今度は下へ。そのまま再び弧を描いて初期地点に戻る。まるで傾けた8の字を描くように。なるほど、わざわざ中指で持った上で、結構ややこしい撫で方を三回も繰り返さないと駄目なのか。こりゃ確かに言われなきゃ判らないだろうな。
言われた通りにすると、ランプの先端からモクモクと虹色の煙が噴き出してきて、やがて人の形に集まったその中から、見上げるような巨体のランプの魔人が姿を現した。