第23話 健気で善良()な清純派桃髪シスタ-
「迷える子豚……失礼、子羊よ。女神教の教会へようこそいらっしゃいました。本日はどういったご用件でしょうか?」
「寄付の話をしたいので、偉い人を連れて来てくれ」
「まあ、寄付を。それはよい心がけです。女神様もお喜びになられるでしょう」
さて、気を取り直してビジネスの時間だ。前回はちょっと心の闇が漏れすぎてしまった感があるので、教会で荒んだ心を浄化してもらおう、というわけではない。これもローザ様のお兄様支援作戦とやらの一環である。
信仰に貧富の差はなく、女神様の前で全ては平等、と謳う女神教の教会が、下町にデーンとそびえ立っている。この世界では世界的に信仰されている大手宗教、女神教のブランストン王国支部。ヴァン君のところに嫌々ながらも表面上は愛想よく顔を出したその帰り、道すがら用事を済ませに来たのである。
そしてのっけから人を子豚呼ばわりしやがった、ド派手なピンク色の髪の毛をした清純そうなシスターは、名前をモモというらしい。ヴァン君いわく『すっげえいい子』だそうだが、いきなり人を子豚呼ばわりしてくるような失礼極まりない態度を取ってくる辺りこいつも大概だな。
まあヴァン君の前では猫でも被っているのだろう。イケメンの前でばかりいい顔をする女というのは珍しいものじゃないし。本人はついウッカリ失言してしまった、とでも言わんばかりの態度だが、謝罪するわけでもなくはわわと笑って誤魔化そうとしている辺り、髪の毛の色同様、人間性も奇抜で非常識らしい。
「これはこれは、ホーク・ゴルド様ではございませんか。お噂はかねがね」
そんな外見の可愛らしさだけが取り柄の桃髪シスターに呼ばれ、教会の偉い人がやってきた。噂というのも碌なものではないだろう。なんせ、かつてゴルド商会に寄進・寄付を募りに来た女神教の教徒が、父に寄生虫だの泥棒だのとボロクソに貶され、叩き出すように追い返されたという因縁があるらしいからな。確かにいきなり家に見知らぬ宗教家がやってきて、金を寄越せと言い出したらそりゃあ気持ち悪いし、怒るだろう。前世でも現世でも、カルト宗教というのは気持ち悪いものだ。
まあ、女神教の場合は孤児院を経営したり、下町やスラム街で炊き出し活動を行うなどの人助けに繋がる活動はしているようだが、それでも軽く調べてみた限りでは上層部の方は結構ズブズブらしく、ある意味予想通りとも言える。まあ今回に限っては、その方がありがたいのだが。
「女神教、ブランストン王国支部、支部長のゴーツク様ですね?」
「ええ、ええ、よくご存知で。いかにも私が女神教13使徒がひとり、ガメツ・ゴーツクと申します。本日はどういったご用向きで?」
「寄付・寄進・援助・融資。言い方はなんでも。要するに、お金の話をしに」
「それはそれは。女神様もさぞあなた様の善行をお喜びになられるでしょう。ではこちらへ」
見た目こそ、いかにも善良で優しそうなお髭の神父様、といった風貌だが、あきらかに裏ではあくどいことしてますよ感マシマシの法衣姿の老人に案内され、応接室へと通される。他人の体型に関して俺がどうこう言う権利はないと解っちゃいるのだが、まず神父様なのにデブという時点で胡散臭い。
女神教は清貧を尊び、住み込みで生活している神父やシスター達は質素な生活をしているらしいのだが、その中に小太りの老人がいたらあきらかに浮く。絶対こいつ粗食とかしていないだろうなーと一目瞭然すぎて、笑うわ。ソファも質素、テーブルも簡素。いかにも僕ちゃん達は清貧です!と主張せんばかりの質素な部屋だが、恐らくはこれも対外的なアピールなのだろうな。どうでもいいけど。
「用向きだけを手短に伝える。今後しばらく、当家は毎月教会に金貨七枚を寄付するつもりがある。そのうちの五枚を使って、下町一帯で炊き出しを行って頂きたい。ただし、ゴルド商会の名前は出さずに」
「ふむ、売名目的ではない、と?」
「ああ。ゴルド商会の名前を出さないことを条件に、更にあなた個人宛てに追加の金貨を三枚、都合十枚の金貨を寄付する用意がある。無論、あなた宛ての三枚は表沙汰にはしない」
「ほお?」
毎月金貨三枚。一年で三十六枚。なんの労力もなく得られる小遣い稼ぎとしては、結構な額だ。こちらが端から裏のある話をしに来たことを察したのか、ガメツ神父の顔付があきらかに変わる。伊達にカルト宗教で支部長の座にまで昇り詰めたわけではないのだろう。事前調査通り、裏のある人物だったようで、それまでの優しそうなお爺さんの演技はどこへやら。
名前通りのがめつい強欲ジジイめいた表情を浮かべ、値踏みするように俺を見下ろしている。こんな時、護衛として、また相手にナメられないようにするためのデコイとして、本当にクレソンは優秀だ。扉の前に立っているオリーヴの軍人然とした態度も、有効に働く。ほんと、便利なふたりだよな。手放してしまうのが惜しくなるが、ないものねだりを始めてもしょうがない。
「いかがでしょう。悪いお話ではないと思いますが」
「確かに、そのようですな」
ちなみにこの炊き出しは、ヴァン君親子に定期的に食事を摂らせるためのローザ様の策である。妹からとはいえ、あるいはまだ十歳の妹からの援助だからこそ、一度に大量の金貨を受け取ることには抵抗があるだろうから、彼ら母子にはあくまで生活費だけを渡し、こうして教会を通じて間接的に彼らを支援しよう、というのがローザ様の考えらしい。正直思うところがないわけでもないのだが、俺はただの使いっ走りだから上から言われた通りに動くだけだ。
そして教会に毎月寄付する金貨十枚は、当然ローザ様が次期公爵の権限で公爵家から捻出した金であり、ゴルド商会の懐は銅貨一枚痛まないどころか公爵家に貸しを作ることができる。教会も寄付を受けつつ支部長は小遣い稼ぎをすることもできてニッコリと、ローザ様のお父上以外は誰も損しない、三方よしの素敵な作戦というわけだ。
仮にもし、妹さんから金貨の仕送りをもらっているヴァン君が『俺達にはお金があるのにお金のない貧しい人達向けの炊き出しをもらってしまうのは気が引ける』などと辞退したらどうするのだろうか、という疑問をローザ様にぶつけたところ、『その発想はありませんでしたわ』などと言い出したので、しょうがなく俺の方で『ヴァン君達が食べに来ないのなら炊き出しを続ける意義もないだろうから必然的にそのおこぼれに与れる貧しい人達が損をするだけなので、是非君には炊き出しに参加してほしい』と説得することで事なきを得た。物は言いようだ。
「公爵家絡み、ですかな?」
「耳聡いな。黙秘する。ああ、俺がこうしているのは父上もご存知だから、安心してくれて構わない」
「ふーむ」
公爵家で起こった、跡取り息子が無適合者だったので貴族籍を剥奪の上廃嫡されて追放されちゃったよ事件。どれだけ公爵が隠蔽しようとも、人の口に戸は立てられない。そしてこのジジイはしっかりとその内部情報をキャッチしているようだ。そりゃ自分達の教会がある下町に、話題のヴァン君母子が秘密裏にとはいえ引っ越してきたのだ。気にもなるだろう。ピンク髪のシスターがどこまで利用されているのかは知ったことではないが、少なくとも彼女がヴァン君と仲よくなったことについても何か作為的なものを感じてしまう。
「出所不明金について、あれこれと痛くもない腹を王家や警察に詮索されるのは、こちらとしても些かよろしくないのですがねえ」
「寄付、寄付と常日頃から浅まし……失礼、熱心なお前らがそれを気にするのか?俺『達』が求めているのは、あんたがこの話に乗るのか、乗らないのかという返答だけだ。乗らないと言うのであれば、俺はただそれを伝えるだけだから、別にどちらでも構わない」
公爵家とゴルド商会の弱味の一端を握った、と判断するか、あるいは公爵家とゴルド商会の両方に恩を売れる機会を得た、と判断するか。あるいは表面上その話に乗ったように見せかけて、裏では実は……と善人面の下であくどいことを考えているのが手に取るように伝わってくる聖職者の爺さん。ここまで露骨に腐敗した教団幹部、みたいな態度を取られると解りやすくていいが。
俺の傍らで腕を組んで仁王立ちしている、一目見ただけでそのヤバさが理解できるであろう巨漢の筋肉達磨の山猫獣人、クレソンをチラっと見上げる爺さん。私人殺しに抵抗ありません、みたいな怜悧な眼差しで扉の前で一部始終を見守っている山犬獣人のオリーヴの視線も、交渉事には便利だ。いかつい顔をしていても、どこかお人よし感の滲んでしまっている温厚なバージルとは違って、このふたりは外見的にも内面的にも本当に重宝させられるんだよな。惜しいな、本当に。
「よいでしょう。そちらの申し出を受け入れます」
「ならば、契約書にサインを。こちら、契約を破れば命に関わるタイプの報いが自動的に発動する類いの闇属性魔法がかけられた契約書ですが、よもや女神教の使徒たるあなた様が嘘を吐いたり契約の内容を違えたりすることはないでしょうから、問題はないでしょう?契約通りにして頂ければ、なんの変哲もないただのサインにすぎないわけですからね」
ほんと、闇属性魔法って便利ね。あくどいことなら大体闇属性魔法でできてしまうのだから。今回俺が用意したのは、サインした人間が契約を破ると死んでしまう契約書だ。サインをした人間が違う人間に命じて間接的に契約を破らせたとしても、問題なく命令した側と実行した側の両方に死の呪いが発動するという、大変便利な逸品である。どこまでアバウトなんだ魔法。
「……ガキが。あまり女神教をナメるなよ?」
「無属性魔法、無適合者。三百年前の宗教戦争をもう一度繰り返してみるか?ゴルド商会としては、戦争特需で儲けられるのならそれでも構わんぞ」
暗に公爵家のみならず、王家も一枚噛んでいる、と匂わせてやると、爺さんは舌打ちしてソファにふんぞり返った。清らかな聖職者の演技を投げ出すのが早すぎやしませんかね?
「まあ、そう怒らないでくださいよ。お互い自分の利益のためだけに生きている者同士、仲よくしません?お金で買える友情って俺、素晴らしいと思うんです」
「ほざきやがれ。美人のおねえちゃんならまだしも、テメエみてえな可愛げのカケラもねえクソガキと仲よしこよしなんぞ、俺は御免被るね」
本性丸出しで悪態を吐きながらも、紙一枚の契約書を隅から隅まで眺め、表も裏も満遍なく確認し、ついでに光属性の魔力も込めて、隠し文字が浮き出ないかなどを念入りに確認してから、爺さんサラサラと羽根ペンでサインを書き込む。ちなみに偽名を書き込んでも無駄だゾ。
「はい、では確かに。後出しジャンケンで不興を買うような卑劣な真似はしませんからご安心ください。別に騙したりはしませんよ。騙す意味もありませんので」
「ふん、どうだか」
「それでは契約成立ということで、今後は毎月、月初めにゴールドボア商店という名義でゴルド商会の息のかかった人間から、直接あなたのところに持ち込まれますので、どうぞよしなに」
「おう、分かった分かった。分かったからとっとと出てけ、クソガキ。二度と俺の前にその不愉快な面出すんじゃねえぞ。俺は野郎が嫌いなんだ」
「奇遇ですね、俺は女が嫌いですよ。男嫌いと女嫌い、仲よくやっていきましょう。あ、妖しい意味じゃありませんのでご安心ください」
「それを言うのがあと一秒でも遅かったら攻撃魔法をぶっ放してたぞ、おい」
割かしというか当然というか、彼には嫌われてしまったようだが、俺は彼のような利益や損得勘定で動いてくれる人間は嫌いじゃない。感情論だけで理解できない行動に走るようなヒステリックな人間だったら炊き出しの話だけして、裏金の話は出さなかっただろうし。
無事に交渉を終えた俺が、クレソンとオリーヴを伴い教会を後にしようとすると、出入り口のところで先ほど出会ったばかりの、ピンクのド派手な髪色をしたシスターが声をかけてきた。
「あの、あなたは女神様を信じますか?」
「神様がいるのは知ってるよ。性別が女かどうかまでは知らんが」
「それは、どういう?」
「さあ?」
なんせリアルに異世界転生しちゃったからな、俺。そんな所業、神様でもなければ不可能だろう。だけどもし本当にいるのだとしたら、せめて説明やチートのひとつでも欲しかったところなのだが。俺はどうしてここにいるのか、なんのために、誰のためにこの世界に転生させられたのか。分からないことだらけだからな、ほんと。