第215話 え?牢トラップダンジョン?
次回からサブクエスト消化的な何かが始まります
パスティーッシュ牢獄。それは、世界最大にして最悪の巨大地下迷宮監獄。一たび飛び込めばたちまち強い海流に呑み込まれて溺れ死ぬか、そんな海流の中を悠々と泳ぎ回る危険な海の魔物たちに食われるかの二択しかない危険な海に周辺を囲まれたパスティーッシュ島に建造されたその監獄には、世界中から送られてきた凶悪犯たちが大勢収容されている……というのも今は昔の話である。
何故なら数百年前に時の王が、『そんな連中わざわざ生かしておく理由がなくね?』と気付き、パスティーッシュ牢獄をパスティーッシュ処刑場としてリニューアルオープンしたからだ。元々世界各国から本国には絶対置いておきたくないが野放しにもできないという凶悪犯を引き受けるための施設であったその島で、多くの重罪人たちが日帰り公開処刑見学ツアーによる公開処刑ショーによって面白おかしい方法で処刑され、その尊厳を生前死後諸共踏み躙る滑稽な死に様は、血生臭い熱狂と共に数多の観光客たちを強く強く魅了したという。
そんなわけで、かつて島流しの代名詞だったパスティーッシュ牢獄送りは、死刑の代名詞へと意味合いが変わった。しかし時代の変遷と共にパスティーッシュ牢獄もやがて閉鎖され、長らく放置された末に、今では怨霊系の魔物がひしめく冒険者向けの迷宮ダンジョンへと様変わりしているのだとか。
そんなパスティーッシュ牢獄に、最近妙な異変が起きているらしい。なんでもダンジョンマスターとでも呼ぶべき強大な魔物が地下迷宮監獄の最奥に棲みついてしまい、怨霊系の魔物たちが活性化して、変な方向に凶悪になってダンジョン内を徘徊しているのだとか。
そして一度魔物や罠に捕まってしまった冒険者たちは、揃いも揃って……エロい目に遭って帰ってくるのだという。
うん、ちょっと意味が解りたくない。下心ありきで女冒険者三人組を誘って乗り込んだ男冒険者三人組の六人パーティが、男女平等という言葉の意味を身をもって味わわされた挙げ句に全員口にするのも憚られる程酷い有様で帰ってきたとかいう、朝から読むにはちょっとセンシティブが過ぎるニュースが掲載された朝刊を折りたたみ、俺はモーニングプレートの片隅で艶々と艶めく半熟ゆで卵にフォークをぶっ刺す。
なんだろう、爽やかな朝が台無しだよ!
記事によればなんでも事態を重く見た冒険者ギルドがパスティーッシュ牢獄攻略とダンジョンマスターの首に莫大な褒賞金をかけ、大金に釣られた冒険者たちがこぞって挑戦しては返り討ちにされ身も心も汚されちゃって泣きながら逃げ帰ってきては診療所に駆け込んでいるそうだが、生きて帰ってこられるだけまだマシなんじゃないかなー、うん。男は皆殺し、女は捕らえて苗床とかザラだもんなその手の業界じゃ。
そんな危険でちょっとエッチなトラップダンジョンに俺たちが挑むことにな……らないよ。だって別に、わざわざ潰しに行く理由がないもん。ブランストン王国やマーマイト帝国やヴァスコーダガマ王国内に出現して大変だってんなら協力するのも吝かではないけれど、遠い遠い行ったこともない外国の話だし、今のところ被害はダンジョン内だけで収まっている。
まあダンジョンマスターが外に出てきたり地下を掘り進んだりして領土を拡大してやろうとか、世界をエロく征服してやろうみたいな野望に目覚めたのなら話は別だが、自分の城に閉じこもってささやかな我欲を満たしているだけならそれを邪魔する必要もないしね。被害に遭った冒険者たちだって誰ひとり命までは奪われていないようだし、自分から乗り込んでいって返り討ちに遭っているだけなんだから自己責任でしょ。
幸い被害に遭った冒険者たちの体内からハラワタを食い破って現れた魔物がモンスターパニックを引き起こしているというわけでもなし。女神だって舌の根も乾かないうちにまーた厄介事や問題事を持ち込んだりはしないだろうと信じたい。それに、銘々にそれぞれの望むチートを体得した今のみんながいれば、何かあっても対処はできるだろう、という精神的余裕もある。とはいえ楽観や油断や過信は禁物だが。
「どう? 大丈夫そう?」
「ああ。現状、嫌なものは特に感じない」
「ご主人の考え過ぎだったんじゃねェかァ?」
「だったらいいんだ。杞憂に終わってくれるならそれに越したことはないからね」
朝から油滴る山盛りのこんがりベーコンをチーズと蜂蜜がとろけるパンケーキに乗せて頬張るクレソンの横で、優雅にスクランブルエッグをフォークで口に運ぶオリーヴが得たチート能力は、危険察知。いわゆる嫌な予感とか、妙な胸騒ぎとか、虫の報せの超凄いバージョンみたいなもの。身に迫る危険を本能的に察知し、毛が逆立つとか嫌な臭いがする、みたいな感じで凶兆を先読みしてくれる、とっても便利な力だ。
そのオリーヴが『行くべきではない気がする』とも『行かなくてはならない気がする』とも感じ取らなかった時点で、今回の一件は放置して大丈夫案件であることは確信できた。ので、わざわざ首を突っ込みに行かなくてよさそうだ。うんうん、よかったよかった。野郎だらけのエロトラップダンジョンチャレンジとか誰得すぎるし、かといってローリエに一緒に来てくれとか口が裂けても言いたかないし。
「しかし、命ではなく尊厳を奪うことに特化した仕掛けで外敵を防ぐ要塞とは。牢獄とは奥深いものにござるな」
「単純にとんだバカヤローが作ったってえだけの可能性もありやすがね。いっぺんぐらいは観光に行ってみてえ気もしやすが」
ちょっとした幸運を招き寄せる体質になったバージルも、普段と変わったところは特にないので大丈夫なんだと思う。相変わらず欲望に素直なのはとても君らしいな。
「ところで、今日の割り振りってどうなってるんだっけ?」
「主殿の護衛が某にござる」
「旦那の護衛が俺だぜ」
「屋敷の警備が俺だな」
「あっしは休みで」
「ん、オッケー。それじゃあ今日は、父さん母さんとオペラを観に行くことになってるから、先生は袴じゃなくてスーツに着替えてね。クレソンも、その格好じゃダメ。ちゃんとスーツに着替えること。で、オリーヴは屋敷に残って警備よろしく」
「げェ!? スーツもオペラも堅ッ苦しくて嫌ェんだよ! オリーヴ行かせて、俺が留守番でいいだろご主人よォ?」
「ダーメ! そろそろクレソンも、どんなに退屈でも居眠りしないように我慢する訓練しなきゃ」
露骨にげんなりするクレソンに、皆がちょっとした笑いに包まれていると、コンコンと食堂の扉がノックされる。
「失礼致します。坊ちゃま、奥様がお呼びでございます」
「食べ終わったらすぐに行くって伝えて。あと、ドレス似合ってるよ」
「かしこまりました。……恐縮です」
現れたのはいつものメイド服姿ではなく、淡いコーラル色のドレスに身を包み、髪型もアップにして青髪に映える銀細工の髪飾りを付けたローリエだった。母が外出する時は、大抵メイド長である彼女が侍女兼護衛として同行してくれるのでとても助かっている。今日は行き先がオペラということで、母に着替えさせられたのだろう。
海外留学してしまったマリーの代わりというわけではないが、母はローリエを着飾らせるのが結構好きらしく、以前もジャパゾン式の茶会に招かれ着物を着ることになった際には、恥じらう彼女にも着物を着せて楽しんでいた。ローリエの羞恥心って、結構意外なところで発揮されるんだよね。え? そこなの? みたいな。恐らくそういうところがギャップ萌えみたいなものを世の男性諸氏に感じさせるのだろう。
「ああしてっと、メイド長もかなりの別嬪さんだってえのがよおっく分かりやすねえ」
「うむ。女は化生と言うが、化粧と着こなしだけであれほどの逸材を覆い隠すとは恐れ入る」
ローリエが退室した途端、ヒューっと口笛を吹いたのはバージルだ。普段はメイド長として目立たぬよう、控えめに控えめに努めているが、ああして思いっきりお洒落をさせられていると、年頃の女性なのだなあと実感する程度には、なかなかの美人であることは間違いなく。
「それじゃあ俺、母さんのところに行ってくるから。今日も一日、安心・安全第一でよろしくね」
「うむ。任されよ」
「行ってらっしゃい。楽しんでくるといい」
「そんじゃあっしも、部屋に戻りやすかねー」
配膳を任されている別のメイドに後片付けを任せ、ひらりと椅子から飛び降り食堂を出た俺の後を、カガチヒコ先生ととっても面倒臭そうなクレソンがついてくる。
「ほらほら、そんな顔しないの! 頑張れたらご褒美に、帰りにクレソンの好きなテリヤキバーガーとフライドポテト、いーっぱい買ってあげるから!」
「いや、ガキじゃねェんだからよォ、別にご褒美なんぞ……ははーん? さてはオメエが食いてェだけだな?」
「バレたか! 先生は何バーガーにします?」
「ふむ。まだ秋の新メニューに手を出しておらぬ故、悩ましきところにござる」
他愛もない会話をしながら、朝の日差しが差し込む廊下を歩く。窓の外は秋晴れの快晴。日差しは強そうだが空気は左程暑くはなく、長袖が丁度いい頃合いかもしれない。今日も絶好の、お出かけ日和になりそうだ。





