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第210話 ミスティカル・トライアングル

秋晴れの海を軍艦が行く。他の船が大海賊時代みたいな帆船(ただし飛空艇由来のオーパーツ技術をふんだんに使用)を現役で使っている世の中を、どこかヴィクトゥルーユ号に似たデザインを持つ鋼鉄の戦艦が綺麗な編隊を組んで悠々と航行する様はさながら自衛隊トリップもののようだ。


「どうだホーク! 我がマーマイト帝国の誇る海の精鋭たちは!」


「普通に凄いんじゃないですかね。件の水上バイク (この世界に自動車やバイクはないが、自転車=バイシクルはあるのでこの名前に収束したらしい)の時も驚きましたけど、帝国だけ科学技術進みすぎなのでは?」


実際凄いと思う。さっきから海の大型魔物たちが寄ってくる度に主砲の一撃でいとも容易く撃退しながら、堂々と海の上を風もなしに進む戦艦の甲板では白いタキシードにパナマ帽をかぶった陛下が上機嫌でシャンパングラスを傾けており、海軍将校さんたちも楽しい楽しい立食パーティの真っ最中。


陛下の側近である馬獣人のキャロブさんは陛下が留守の間城を預かっているためお留守番なので、今回同行しているのはもうひとりの側近、牛獣人のビルベリさんの方だ。クレソンに匹敵する巨体を特注の高級そうなスーツに窮屈そうに押し込み、ノンアルコール飲料を飲みながらさりげなく……さりげ……当人はさりげないつもりで陛下の後ろに控えている寡黙な姿はお仕事モード中のオリーヴを彷彿とさせる。


今回この艦隊の総指揮を執っているのは海軍将校のキューヴァリヴァ元帥……あの悪役令嬢っぽいリンダ嬢のお父上らしく、恰幅がよくお髭が立派な威風堂々たる軍人さん然とした偉丈夫だったのだが、出航前に軽く挨拶したのだが『娘が度重なる無礼を働いてしまい、真に申し訳ございません』みたいに平身低頭されてしまってちょっと焦ってしまった。


「そうであろうそうであろう! ほれ、もっと俺を褒めるがよい!」


そういえば最近気付いたのだが、陛下の本質は自慢したがりとか見せびらかしたがりというよりも、褒められたがりのようだ。褒め称えろ、ではなく褒めろ、と要求してくることからも、その片鱗が窺える。恐らく忌み子として幼い頃から両親にも誰にも似ない黒毛と紅眼を理由に不吉だの気持ち悪いだのと隔離され、誰からも褒められもせず何をやっても認められず、人の輪から石を投げられ追いやられ続けてきた影響なのかもしれない。


誰かに自分の努力を認められたい、その成果を褒められたいという欲求は、人間としてごく自然に持ち合わせていて当然のものだ。俺の知るイグニスという男は自尊心の擬人化、ゴーイングマイウェイの権化、歩く何様のような男だが、ひょっとしたらまだ幼かった頃は周囲になんとかして自分の存在を認めさせたくて努力を重ねては裏切られ続けてきたりしたのだろうか。


いや、実際ただの想像だけれども。でも、『自分にはこれだけのことができるのだ! どうだ凄いだろう!』と主張したがりの目立ちたがりの言動から滲み出る、『だから僕のことを無視できないだろう?』みたいな寂しがりの側面は確かに感じ取れるものだから、あながち的外れではないのかも。


「いや、実際凄いと思いますよ。何ですかこの技術力。見様見真似でこれだけのものを再現するとか半端じゃないと思いますね。そのうち宇宙船とか大陸間弾道ミサイルとか普通に自力で開発しそう」


「まさしく、その通りだとも! まだ試作段階だがな、いずれは陸海空軍に続き、宇宙軍も結成したいと思っておったところよ! そのため世界各国から優れた学者や技術者を金に糸目は付けずに引き抜きまくっておる故な! そなたもウカウカしておったら、俺がひょいと追い抜いてしまうやもしれぬぞ? ん?」


「科学技術の発達は日進月歩ですからねえ。期待していますよ、イグニス様」


だからなのか、陛下は俺に何かを見せびらかすのが好きだし、それについて褒めるとまるで頑張って描いた絵を親に見せて褒められた時のような喜び方をする。逆に、はいはい、と雑に流されても怒らないどころかむしろ喜ぶ。わざわざそんな風に自分の価値を示さずとも、別にあなたの友達をやめたりしませんから大丈夫ですよ、みたいな空気が伝わっているからかもしれない。それはそれとして褒めるととても嬉しそうに喜ぶので、俺もついついその気になって小さな子供をそうするみたいに褒めてしまうのだけれど。


「……なんだ、張り合い甲斐のない奴だなそなたは。もっと焦ったり、存外に負けず嫌いな可愛いところをさらけ出してくれてもよいのだぞ?」


「だってアレ、俺が努力してどうにかこうにかしたものじゃなくて、ただ運よく死蔵されていたものを発掘しただけですもん。きちんと一から試行錯誤してこんなにも凄い戦艦を造り上げた陛下や帝国の技術屋さんたちと違って、ただのラッキーで懐に転がり込んできただけの代物を使ってるだけなんだから、そもそも同じ土俵にすら立てないでしょ」


「意外と謙虚、いや卑屈なのか?」


「いやー、それほどでも」


この世界に来てから必死に苦労して鍛え上げたなけなしの魔法とか、カガチヒコ先生に虐待めいたスパルタ指導をしてもらってなんとかようやくそのほんの触りの部分だけでもモノにできたキヌサダ流剣術みたいなその辺りの分野ならともかく、誰かに与えられただけの借り物の力でドヤってイキってる勘違い主人公の痛々しさは、こちとらよ~~~く知ってるからねえ。これまでに読んだり観たりした全ての反面教師の皆様に、ありがとうの気持ちを伝えたい (煽りではありません)。


実際、前世であんだけオタク文化に触れてなかったら、今頃自分がどんな勘違い有頂天天狗野郎になっていたのかを想像するだけでおっそろしいもん。もうなってるって? ほっとけ!


「陛下! 霧が!」


「おお! ついにお出ましというわけか!」


報告に来た将校さんの言う通り、いつの間にか艦隊の前方には濃い霧のようなものが立ち込めていた。まるでそこだけ雨が降っているのが遠目に見える真夏の入道雲と夕立のように、右も左も後ろも快晴なのに、前方だけが薄暗い不気味な、暗雲と霧に包まれている。『待ってました!』とばかりにウッキウキのところすみません陛下、俺、なーんにも聞いてないんですけど??


「陛下、説明!」


「うむ、実はだな!」


ここ帝国領海には古くから『魔霧の三角地帯』と呼ばれ恐れられている不思議な海域があり、よくその近隣で船が行方不明になるという怪奇現象が多発しているとかで、魔物の仕業だとか亡霊の仕業だとか、色々云われてきたそうだ。


お陰で事情を知っている帝国の船乗りさんたちは決してこの海域に近付こうとはせず、また以前、具体的には先帝時代にそんなのただの眉唾モノの噂だろうということで、当時の帝国海軍が調査のため意気揚々と乗り込んだものの、三隻の調査船が全て行方不明になり、追跡調査のため派遣された海軍の船が更に三隻行方を絶ったという苦い実績があるのだとか。


「たかだか一度や二度の失敗ぐらいで尻込みしてしまった臆病者の父には解き明かせなかった魔霧の三角地帯の謎、せっかくだから試運転がてら余が直々に解明してやろうと思うてな! なあに、怯えることはないぞホーク! 我が無敵艦隊の前に、些末な魔物や怪奇現象如き恐るるに足らずよ!」


上機嫌で最高級キャビアや新鮮な白子などが贅沢に盛られたクラッカーを口に運びながら、シャンパングラスを傾ける陛下。この人、いっぺんぐらい張り倒しても許されるのでは??


「シェリー、あの霧の解析はできる?」


「そこそこ強力な闇の魔法を検知致しました。恐らくは何者かの強烈な怨念が生み出した呪いの類いでございましょう。生命反応は……残念ながら。恐らく、生存者はなきものと思われます」


「風の魔法や件のクリーン核ミサイルとやらで吹き飛ばしたりはできんのか?」


「難しいでしょう。あれは恐らく『霧に触れた者を幻惑し幽閉、ないしは憑り殺す』類いの概念。外部から鮮烈な光の魔法で根こそぎ浄化してしまうのが、最も手っ取り早い解決手段であるかと」


スマホのカメラを霧に向け質問すると、あっさりスキャン結果が返ってきた。背後からしゃがみこんで俺の頭にズシっと顎を乗せてきた陛下も、画面の中の万能電脳執事シェリーを覗き込み口を挟む。


「海軍さんたちがあの霧に触れてしまっても大丈夫?」


「数時間程度であれば問題はないかと。内部に取り込んだ者の生命力を徐々に吸収する効能を帯びているようですが、少なくとも数日に渡り霧の中を彷徨い続ける、といったことさえしなければ、多少衰弱する程度で済むはずでございます」


「うーむ、事前にネタの割れておるオバケ屋敷など怖くもなんともなさすぎてつまらぬ、と言いたいところであるが、余に付き従う兵らをむざむざ危険にさらすわけにはいかぬ、か」


「陛下、シェリーの話聞いてました?? ここから光の魔法で浄化するなり光の魔法をエンチャントしたミサイルを撃ち込みまくるなりしちゃえば数十秒で片付く話なんですけど?」


「それこそつまらぬではないか! せっかく海路はるばるここまで来たのだぞ? 大した怪異でなかったとしても、せめて中に何があるのかぐらいはこの目で確かめて帰るのが心霊スポットに対する礼儀というものであろう!」


折角ここまで来たのにそんな呆気ない幕切れでは物足りないと、俺にヘッドロックをかけながら左右に揺れて駄々を捏ねるイグニス陛下。子供かお前は! と言いたいところだが、うん、まあ、確かにその気持ちは解らないでもない。そんな建物に入るのが嫌だから外から火をつけて解決しようとするシナリオブレイカー気質の探索者みたいな真似、正直無粋ではあるよね。


いや、レベル65536ぐらいで適正レベル70ぐらいのダンジョンに乗り込んでいくような図々しい真似もそれはそれでどうなの? と思わなくもないけどさ。少なくとも陛下の言うように、きちんと内部にお邪魔して敵さんのご尊顔を拝むぐらいはしないと凄い・失礼にあたる可能性も……。


いやダメだろ! ちょっとチート能力持ってるからって調子こいてる痛い奴にはなりたくないってさっき言ったばかりじゃないか! ひょっとしたら一目見てしまっただけで発狂不可避の邪神なりなんなりが潜んでいるかもしれないし……いやでもシェリーが『そこそこ強力』って言いきっちゃったしなあ……。


「陛下、いかがなされますか!」


「うむ! 通信機を寄越すがよい!」


俺を前後に揺さぶりながら自分は左右に揺れていることに飽きたのか、陛下がキューヴァリヴァ元帥から通信機を受け取り全艦に向けてチャンネルを開く。


「さあ、待たせたな我が愛すべき同胞諸君! いよいよお楽しみの時間だぞ! 全艦、全速前進だ! これより我らは作戦行動に入る! 魔霧の三角地帯なぞ何するものぞ! 我が領土に在りて、この我の目を盗みコソコソと海賊行為に及ぶような不逞の輩、その一切を誅すべし! 手柄を立てる時は今! 全艦、我に続けえい!!」


うおおおお!! とそれなりに離れた位置からでも聴こえるぐらいに、編隊を組む五隻の戦艦全てから野太い歓声が上がる。陛下、見た目も実力もかなりのものだけれど、何より声がいいからなあ。こんな力強い声で自信満々に演説されちゃあ、そりゃあ兵隊さんたちも扇動のされ甲斐があるってもんだろう。


士気高揚は十分を通り越してむしろ過剰のレベル。煽るだけ煽ってから今度はさっさと光属性魔法の適合者に砲弾や銃剣へ光属性魔法をエンチャントするよう指示する陛下に従い、キューヴァリヴァ元帥の命令が指揮系統を経て末端まで下されていく。無駄も隙もない訓練された迅速な動き、さすがだ。


「さあ仕上げだぞホーク!」


間もなく魔霧に接敵するぞ、といったところで、再び通信機を手にした陛下がそのイイ声を辺り一帯の海域へと高らかに響かせる。


「黒炎よ! 我が覇道を照らせ! 同胞たちよ! 恐るることは何もない! そなたらの目指すべき導きの火は、常に我が背に在りて消えず! いざ、出撃ィ!!」


ごう!! っと船団の先頭を往くこの軍艦の甲板に設置された櫓に、陛下の象徴たる黒炎が灯る。ごうごうと天を焼かんばかりに燃え盛るそれは、霧の中にあっても、どれほど遠くからでも、さぞやよく見えることだろう。同時に黒い火の粉が潮風に乗り散布され、五隻の軍艦にうっすらと赤黒い光のヴェールのようなものを纏わせる。なるほど、闇と炎の防御結界か。


それを見た海軍の猛者たちが、うおおおおお!! とさっきよりも更に大歓声を轟かせて各自盛り上がっている。陛下コールでも湧き起らんばかりのスーパーハイテンションだ。立食パーティを終えて仕事に戻った将校さんたちも、軍服の上からエプロンを着けて給仕を務めていた士官さんたちも、皆一様に背筋を伸ばして陛下に最敬礼をしている。


「なるほど。光で守るのではなく、あえてより強力な闇を纏わせ外部からの干渉を弾くとは。さすがはイグニス陛下でございますな」


「出陣前の激励みたいなのも兼ねてるんでしょ。実際、かなり有効な手だと思うよ」


黒炎帝。数ある陛下の異名のうちのひとつだ。この黒き炎は敵を焼き尽くす恐ろしいマップ兵器であると同時に、戦場で散って逝った味方の魂を弔い火葬する浄火でもある。たとえその身朽ち果て魂だけになろうとも、冥府すら焼き尽くさんとする我が黒き炎がそなたらの帰るべき場所を照らす灯火となり道標とならん、と。


戦って死ぬことは誰しも恐ろしい。だがたとえ死んでしまったとしても、戦場に迷えるそなたらの魂は必ずや余が祖国帝国に、そなたらの家族の元へと連れ帰り、帰るべき場所へと送り届けてやろうとも、と力強く約束してくれる陛下の姿は、そんな死への恐怖感をほんの少しだけ薄れさせてくれるのだろう。


イグニス様は、全ての臣民を愛していると言った。その言葉に嘘偽りなく、自らに付き従い、この艦隊に搭乗している全ての兵士たちを、陛下は愛しているのだ。だからこそひとりの取りこぼしもなく、その亡骸までは能わずとも、ひとりひとりの誇りと魂を糧に燃え続ける黒炎を天高く掲げ、最後の最後まで気高く歩み続けると誓うのだと。


あー、うん。そんな風にされちゃったら、兵士さんたちだって陛下に心酔するに決まってるよなあ。ほんと、凄いカリスマ性だ。夜伽の相手が三年先まで埋まっているというのは伊達や酔狂ではないのだと、しみじみ実感させてくれる。まさに帝王だな。少なくとも俺には、陛下みたいな抜群のカリスマ性はどう頑張っても出せそうにないや。


「さあ、いよいよだぞホーク! お楽しみはこれからだ!」


ニカっと笑って俺を担ぎ上げ、そのまま右肩に座らせてブリッジに向かう陛下と、それに背筋をまっすぐ伸ばし付き従う海軍さんたち。この帝国、安泰すぎる。

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