第208話 恋する乙女はハイパームテキ!!
「おおロミ子! どうしてあなたはロミ子なのだ?」
「ジュリエッ太! それはあまりにもご理解とご配慮に欠けたお言葉ではありませんか? あとその台詞はよくバルコニーから庭にいるロミ子に直接問いかけていると誤解されがちですが、実は夜会で何も知らず恋に落ちた相手が実は家ぐるみで対立しているモンデギュー家の人間であり、なおかつ過去にはロミ子の友人を侮辱し殺したジュリエッ太の従兄弟のティボル子をかたき討ちとして殺したロミ子その人であると知ったことで世の理不尽を天に嘆く独白いわば独り言なのですよそれはそれとして愛してる!」
「俺もだ! 特に深い理由や事情はなく、ただ単に思春期にドハマりしたお耽美作品の影響で男装しているだけの、ちょっと痛い眼鏡をかけた俺女で……いいのか?」
「ええ、勿論! 先程は偉そうにああ言いましたけれど、わたくしも実はただ倒錯的な個人の趣味で人前で女装をすることに何か熱いものを感じるだけの童顔男子なのです! 男装女子だけどLではないあなたと、女装男子だけどGではないわたくし……きっとこれは運命の出会いだったのですわ! 愛してる!」
所変わって体育館。教会の皆さんによる微笑ましいハンドベルの演奏会や、俺たちのまあ学生レベルだよねって感じの合唱が終わり、舞台の上では男装したローザ様と女装したアルくんによるロマンチックなラブロマンスが繰り広げられている。
特にジュリエッ太役の男装したローザ様のハマりっぷりはかなりのもので、彼女が登場する度客席からは黄色い悲鳴が上がり、A組が体育館入り口の物販コーナーで売り捌いているブロマイドは飛ぶように売れている。例年投票によって選ばれるという一番文化祭で素晴らしい活躍をしたクラスに贈られる優勝カップ(返却制)は一年A組で決まりかなってぐらいの大盛況。
女装男子ロミ子役のアルくんも元が乙女ゲーの攻略キャラかな? って感じの細身のイケメンなので女装をしていても違和感がなく、そちらのブロマイドも女子や一部のウケ狙いでの購入を装いつつ実は目がマジっぽい感じの男子を中心にいい感じに捌けているようだ。目覚ましヒバリ役のピクルス様のブロマイドの売れ行き? 言うまでもない。
「ホークちゃーん! ホークちゃんの歌すっごいよかったよー! 待っててね! 今からパパが投票券を6割方買い占めて、ホークちゃんたちのクラスを一位にしてあげるから!!」
「あなた??」
「じょ、冗談だとも! うむ!」
「よろしい。ホークたちの歌、とーってもよかったわよ」
体育館を出ると、父さんと母さん、それにふたりの護衛をしているオリーヴが待っていた。
「ありがとう父さん、母さん。それにオリーヴも」
「礼を言われるほどのことではない。練習の成果を出せたのならば何よりだ」
「うん。お陰様でね」
C組の屋台で買ってきたであろうチョコバナナをオリーヴの手から受け取り、親子三人+オリーヴでチョコバナナをかじりながら雑談に興じていると。
「お兄様ー!」
ゴリウス先輩に引けを取らないレベルでいかつい、ラガーマンめいた屈強な男子高校生とベッタリ腕組みしながら、ご満悦のマリーが鼻息も荒く歩いてくる。その背後に控えるのはハイビスカス。三人で学院内をひとしきり散策してきた後なのだろう。
「押忍! お義兄様のクラスの出し物、素晴らしかったです!!」
「ありがとう。そう堅苦しくならなくてもいいよ?」
「お、押忍!! ありがとうございます!!」
彼の名はディル。わざわざうちの文化祭に来るためにヴァスコーダガマ王国から一時帰国したマリーが連れてきた、噂の彼氏君だ。というか、文化祭よりも彼氏君を家族にお披露目することの方が、本来の目的なのだろう。腕まで組んじゃってまあ、ラブラブ真っ盛りってわけだ。人生初の彼氏ってんで浮かれる気持ちも解らなくはないが、正直舞い上がりすぎな気もする。
学園ではヤールギュレシ部の部長を務めているという彼は、耳と尻尾だけが虎の半獣人で、野獣めいた粗暴そうな風貌とは裏腹に、口を開けば堅物の生真面目君といった感じの好青年だ。実家の養鶏場を手伝いながら学園に通っているらしく、わざわざ手土産に新鮮な卵を持参してきたのが記憶に新しい。
しかしまあ、なんだ。正直こういう空気、苦手なんだよな。演技過剰の朝ドラみたいなわざとらしいぎこちなさというか、大袈裟でオーバーリアクションなホームドラマごっこというか、そういうコントめいた変な緊張感的な? テレビ番組だったら速攻でテレビを消すかチャンネルを替えるレベルの、オタクくんの大嫌いな居心地最悪空間って感じ。
自慢の彼氏君をようやく家族に紹介できてご満悦のマリー。ガチガチに緊張しながらも、居心地が悪そう、という程でもなく、一生懸命彼女の家族に好かれようと頑張っている彼氏くん。そんな彼氏くんとマリーを微笑ましげに見守る、若いっていいわねえ、と言わんばかりの母。そして、娘の彼氏にどう接してよいのか判らずぎこちない父さん。
父さんにはマリーに対する引け目や負い目がある。マリーの側はもうとっくに赦して気にしていないようだけれども、あるいはだからこそ、父さん自身が自分のことを許せない。だから、娘との距離を測りかねているのだ。もちろん相手の男の値踏みはしっかりしているが、それで今のところは問題なしと判断した途端、今度は複雑化した感情との折り合いを付けなければならないわけで。
「ディルくん、だったかな? せっかく遠路はるばる来てくれたのだから、色々見て回るといい」
今のは父さんの台詞じゃないぞ。俺の言葉だ。
「ありがとうございます! その、よければお義兄さんも一緒に」
「はは。何、そう気を遣うことはないよ。付き合いたてのカップルの邪魔をするほど、野暮ではないつもりだからね。安心するといい、この国では君の容姿をとやかく言う人間もいないさ」
「お、押忍! すんません、俺、こんなんで……!」
なんか妙にキョロキョロしてるなーと思ったので助け船を出してみると、俯きがちに口ごもってしまう彼氏くん。そうなんだよなあ、彼、色白のデブこそが豊かで美しく、色黒のマッチョは貧しさの象徴とされるヴァスコーダガマ王国では、全くモテないであろう褐色のガチムチなんだよな。
たぶん、デブではないけどお尻とお胸はしっかり豊満で、色白で金髪のマリーと付き合うことについて、周囲からやっかみ混じりにとやかく言われることも少なくはないのだろう。特に、ブランストン王国式の平均的な美醜感を持っているであろううちの家族が何も言わないから、あるいは何も言われなかったからこそ、余計に気になってしまったのかもしれない。
そりゃあ、幼い頃からあの国の価値観で育ってきた彼がいざ外国にある留学生彼女の実家に行ってみたら、とんでもない豪邸に住む絶世の美男子 ()な金髪色白デブの義兄と、色は黒いがやっぱり金髪デブのべらぼうにハンサム ()な父親という、とんでもないキラキライケメン親子 (ヴァスコーダガマ王国基準)が出てきたわけだから、そりゃ自分の容姿に引け目を感じようものだ。
「お兄様!!」
「い、いいんだマリーちゃん! その、自分が勝手に落ち込んじゃっただけだから! あの、その、ありがとうございますお義兄さん! 俺、嬉しいッス! お義兄さんみたいな綺麗な人にそんな風に言ってもらえたの初めてで!」
綺麗、という言葉にズッコケてしまいそうになるのを堪えたら、代わりにハイビスカスが吹き出した。こらこら、外国の価値観を自国基準で一方的に笑うんじゃないよ、と言いたいところだが、俺もギリギリだったので何も言えない。だってなあ、こんなチンチクリンのチビデブ捉まえて綺麗って、おいおいって感じなんだもん。俺、ブランストン王国人で前世日本人だし。
嬉しそうに俺の手を両手で掴んでブンブン握手する彼氏くん。そのせいで腕を組んでいることができなくなってしまい、ふくれっ面のマリーと微笑ましげにそれを見守っている母。無表情なオリーヴの陰に隠れて……隠れ……あれでも隠れているつもりで成り行きを見守っている父。
「何かしらこの敗北感……! こうなったら思いきって、わたくしも太ろうかしら??」
「いやいやいや! やめとけってお嬢!」
「でもっ! あっちの国では太っている方が喜ばれるのよ? それに、その方がディルも嬉しいでしょう?」
「え? あ、うん! それはそうッスけど……」
そしてそこは正直に答えちゃうんだ彼氏くん。確かに下手に取り繕って露骨なお世辞を言うよりは誠実かもしれないけれども。というかいつまで握ってるんだ俺の手。マリーの視線が段々きつくなってきてるじゃないか。実の妹からのジェラシーとか勘弁してほしいんですけど??
「決めましたわっ! わたくし今日から、ディル様のためにふくよかなレディを目指しますっ! 負けませんわよお兄様っ!」
「いや、なんで俺……」
以前ヴァスコーダガマ王国で (俺が)ナンパされた際に、ナンパ男たちに『お前じゃねーよ!』扱いされた時のこと、実はまだ根に持っているのだろうか。
「そうと決まれば、早速行きましょうディル様! これまでダイエットのために我慢していた美味しいもの、いっぱーい食べてやるんだから!」
「わかったよ。それじゃあお義兄さん、お義父さんお義母さん、オリーヴさんも失礼します!」
「おいおい、本気かよお嬢ー!」
プンスコしながら彼氏くんの手を取り、屋台村に向けて足早に去っていくマリーと、そんなマリーに引きずられるように連行されていく彼氏くん。マジかよ、と頭を抱えつつその後を追うハイビスカスが立ち去り、残された俺たちは食べ終えたチョコバナナの串を片手に顔を見合わせる。
「随分とまあ、逞しくなったものだ」
「そうよ? 恋は女を強くするんだから」
「強くというか、強かにというか」
「まあ、なんでもいいんじゃないかな。あの子が楽しそうにしているのなら、それで」
「違いない」
この学院で独りぼっちのイジメられっ子しているよりも、ああしてヴァスコーダガマ王立学園に留学して、彼氏まで作って笑顔で戻ってきたのだから、結果としては万々歳だろう。今なら昔自分をイジメていた連中に遭遇しても、笑顔で嫌味を言うぐらいのことは余裕でできそうだもんな。そのまま強く逞しく生きろよマリー。お兄ちゃんは別に、お前が幸せならデブになろうが全然構わないからな。





