第197話 ターミブーター(スリム)
事が事なだけに、一連の事件の関係者である師匠とイグニス陛下とローガン様には大急ぎでザックリ話を通しておき、ローガン様にはマリーの保護を、ローリエとカガチヒコ先生には万が一の時のためにゴルド邸に残って父さんと母さんの護衛をお願いし、街に買い出しに出ていたオリーヴとバージルをヴィクトゥルーユ号で拾って魔王が封印されているという異国の地に向かって全速前進中の現在。
「警告。我々は時間警察、GoHのエージェントです。違法な時間渡航、歴史改竄は重罪です。ただちに停止してください。繰り返します」
「『正しい歴史』なんぞクソくらえじゃボケェ!! あと名前が若干DoHと被ってるんだよォ!!」
俺たちは魔法少女としか形容しようのない、生身で空を飛ぶコスプレ美少女集団の攻撃にさらされていた。
パトカーを想起させる白黒の衣装に身を包み、パトライトめいて赤く発行する乙女チックな杖を手にヴィクトゥルーユ号に可愛げの欠片もないえげつない攻撃魔法をぶっ放してくるカラフルな髪色の魔法少女たち。えーと、なんだ? タイムパトロール的な連中に、小型クリーン核爆弾で攻撃を加えるがシールド魔法のようなものでことごとく防がれているのがムカつく。
「おいおい!! なんだってんだあいつらは!!」
「俺が知るかよ!! 俺がいた未来にゃあんな連中いなかったぞ!!」
「たぶんそれよりずっと先の未来から来たんじゃないかなあ!!」
恐らくだが、チート転移者が世界をメチャクチャにした後で、俺たちが月を地球に落下させて更にメチャクチャにしても、それでも人類は滅んでいなかったのだ。一度は文明崩壊レベルで世界中がシッチャカメッチャカになろうとも、そのまま細々と繁殖を続けた人類が未来で復興し、時間警察なんてものが設立されるまでに繁栄したのだろう。
つまり、幼女魔王がチート転移者を召喚してこの世界がメチャクチャに壊滅するってのは、このまま進んだ先の未来における正史になってしまったわけだ。ところが近未来の俺たちが余計な横槍を入れて、それを捻じ曲げようとしている。つまり、悪役なのはこっちってわけね!
なるほどなるほど。正直解らないことだらけだけど、こうしてわざわざ未来からタイムパトロール的なものが送り込まれてくるってことは、ここでキッチリ魔王を討伐してしまえば、俺たちが死んだりクレソンが片腕と片目を失くしたり地球が滅んだりする未来は消失するわけだ。だってそうだろう? 歴史を変えられたくないってことは、歴史は変えられるって証明しているってこと。これはやる気が出てくるじゃあないの!!
「迎撃用にアティックウォーカー2号機を自動操縦モードで出撃させま」
「シェリー!! 迎撃は俺がやるから目的地への到着優先でかっ飛ばして!!」
「了解致しました。多少の揺れが生じますので皆様手近な何かにお掴まりください」
「わわわ!?」
「うう……この一大事だというのに、自分が情けない!!」
「おい、大丈夫かよ?」
ヴィクトゥルーユ号にあまり乗り慣れていないバージルは慌てて近場の壁に手を突き、船酔い体質のオリーヴはまさかの宇宙船にも酔ってしまって、気持ち悪そうにしているのを未来から来たクレソンが介抱している。こちらのクレソンはコクピットの床にドッカリと仁王立ちし、ヴィクトゥルーユ号の周辺を飛び回る魔法少女たちを腕組みしながらモニター越しに睨みつけていた。
「曲がりなりにも連中が時間警察を自称しているのなら、あくまで狙いは未来から来たクレソンの排除と俺たちの記憶を消して全てを忘れさせることだろう!! ここで俺たちを殺してしまったら、それこそ歴史が変わってしまうわけだからね!! だったら律義に応戦しているよりも、さっさと歴史を変えてしまって連中の存在する未来を抹消してしまった方が早い!!」
「なるほど。では、全速力で参りますよ!!」
「これ以上こちらの警告を無視する場合、武力行使に出ざるを得ません。最終警告です、ただちに逃走を中止し投降してください。こちらはGoH、正しい歴史の守護者です」
古代文明の超科学で急加速するヴィクトゥルーユ号に対し、未来の超科学でそれに追走してくる見目麗しい魔法少女たち。畜生、解っちゃいたけど未来人相手の戦争なんて分が悪いにもほどがあるだろ!!
「敵機、古代モリソンズ文明産の小型宇宙船と断定。強制信号停止術式弾の使用を許可。総員、撃てェ!!」
「回避ィ!!」
恐らく一発でも掠ったら即座に船とシェリーが強制シャットダウンされるであろう緋色の魔法光線が自動追尾式に青空を飛び交い、なんかのロボットアニメめいた変態軌道でグリングリンそれを回避するヴィクトゥルーユ号。こういう時、イチイチ説明台詞っぽい口調で攻撃の内容を教えてくれる創作物の世界は便利だな……じゃなくて!!
「うう!! 気持ち悪い……!!」
「吐くなら便所で吐いて来いよ!!」
幸いにもブリッジは重力制御によりどれだけ船が超高速で変態機動しても天地が逆様になったり洗濯機の中の洗濯物みたいに振り回されたりはしない。多少揺れるが本当にその程度だ。さもなくば絶賛乗り物酔い中のオリーヴが大変なことになっていただろう。
「ええいしょうがない! バージル、オリーヴを頼む!」
「合点で!!」
このまま放置しておくのも可哀想だが今更転移魔法でゴルド邸に送り返してあげられるほどの余裕もない、というか試しに転移魔法でゴルド邸への転移門を開こうとしたら、まるで通せんぼするみたいに転移門に真っ黒な障壁が張られてしまい、通れそうにないのだ。間違いなくヴィクトゥルーユ号の周囲を羽虫みたいに飛び回っている魔法少女たちの妨害工作だろう。
鬱陶しいこと極まりないが、魔法術式が損壊させられ魔法の使用そのものを妨害されないだけでもよしとすべきか。しょうがないのでオリーヴには睡眠魔法をかけてやり、グッタリと意識を失った山犬の引き締まった体をバージルが軽々と抱き上げ医務室に走っていく。
「目標、第三魔王城跡到達まであと77秒!!」
「第三って言った!? ええい、今は突っ込んでる場合じゃないか!! 総員出撃準備!!」
「いつでも行けるぜェ!!」
「俺が言おうとしてたこと先に言うんじゃねえよ!!」
タイムパトロール魔法少女たちとの熾烈なチェイスを繰り広げながら、やがてヴィクトゥルーユ号の眼前にいかにも魔王のお城っぽい禍々しいシルエットの寂れた廃墟が見えてくる。こんな時でなければゆっくり観光するのもよかっただろうに。やがて残り数百メートル地点にまで迫ったところで、ヴィクトゥルーユ号から無数の小型クリーン核ミサイルが何十発とその廃墟に向けて発射された。
◆◇◆◇◆
「全弾撃墜なさい。一発たりとてあの城に落としてはなりません」
隊長格の魔法少女から発せられた命令に、了解、と応答する魔法少女たちが、それぞれに色の異なるカラフルな魔法光線を発射し精密にクリーン核ミサイルを撃墜していく。空中に炸裂する爆炎、爆炎、爆炎と雲の弾幕。
「やりましたよ隊長!! 全部撃ち落としてやりました!!」
「へっへーん!! ザマーミロってんだノーコン野郎ども!!」
「敵機、更に加速!!」
「どうやら一旦宇宙に逃げようとしているようですね。逃してはなりません、なんとしても歴史を改竄せんとする時間犯罪者たちを逮捕するのです」
「でも隊長、ワープされちゃったら手の出しようがありませんよ?」
「バカねーあんた! そのための時空間トンネル妨害装置でしょーが!」
「お喋りはそこまでです。全くあなたたちと来たらいつもいつも」
「いっけねー! まーた隊長のお説教が始まっちまったぞ!」
軽口叩きまくりのキャッキャウフフした雰囲気とは裏腹に、魔法少女たちはよく統制された軍人のように一糸乱れぬフォーメーションで、彼女らを撒かんとグングン加速していくヴィクトゥルーユ号を追尾して第三魔王城跡から離れていく。
◆◇◆◇◆
「潜入成功! 急ごう!」
「おう! モタモタしてっとあいつらが戻ってきちまうかもしんねえかんな!」
遠ざかるヴィクトゥルーユ号と魔法少女たちを見送り、俺たちは立ち上がる。そう、あの何十発とばら撒かれたミサイルはあくまで囮。敵さんの意識がそちらに向いている間に、ヴィクトゥルーユ号の保管庫にあった光学迷彩機能付きの大型シートにみんなで包まり、非常口から飛び降りたのである。
分の悪い賭けであったがシェリーがジャミング装置を最大出力で稼働させてくれたお陰か幸い気付かれることなく反重力魔法を使って無事着地に成功し、後は遥か上空でミサイルが連鎖的に爆発させられていくのを見上げながら、走って第三魔王城跡まで駆け込んだというわけだ。
魔法少女たちを引き付けるためのデコイになってもらってしまったシェリーたちには申し訳ないが、連中があくまで正しい歴史の守護者を名乗るなら、殺されることはあるまい。
何故なら『正史』になってしまった未来においては、バージルもオリーヴもそしてシェリーも、あるべき死に時と死に場所が既に定まってしまっているからだ。どうせ後で死ぬんだから今殺しちゃっても同じでしょ、とはさすがにならないだろう。ならないよね?
「走りながら魔王討伐作戦を伝えるから、よく聞いて」
さて、のんびりしている暇はない。未来の俺が送ってくれた魔王城攻略マップを参考にしながら、サクサク魔王の封印されている玉座まで辿り着く。道中ちょっと寄り道をして何故か宝箱に入って置かれていたお宝をいくつか回収してしまったのだが、迷惑料ってことで多少はね??





