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第195話 真夏の夜のティンクル・ドリーム

「こうしてお会いするのは初めてですね。子豚部部長のピクルス・ブランストンと申します」


「その婚約者、ゼロ公爵家長女、ローザ・ゼロと申します。子豚部の副部長を務めております。お会いできて光栄ですわ」


「ミントと申します。ブランストン王立学院で教師を務めております。この度はお会いできて光栄です」


「そう堅くならずとも大丈夫だよ。今日の僕はバカンスを楽しみに来ただけの、ポーク・ピカタ君の知り合いの暇なおじさんだからね。気軽にログと呼んでくれ」


青い空、白い雲、白い砂浜、青い海。夏休み真っ盛りの真夏日、俺たち子豚部の面々はミント先生の引率の下、ブランストン王国の玄関口と名高い港町ハワイアムに来ていた。ハワイアムは帝国への定期便や諸外国からの船を受け入れる巨大な港町であり、庶民的なリゾート地としても毎年大勢の海水浴客が集まる海辺の観光地でもある。


せっかく部活を立ち上げたのだから、合宿のひとつでもしないと! という俺の発案により、一泊二日の夏合宿が開催される運びとなったわけだが、なんと奇遇にも、たまたま、カガチヒコ先生とクレソンを護衛に伴いハワイアム観光に来ていたローガン・ヴァスコーダガマ王兄殿下とバッタリ遭遇したので、せっかくだからとランチをご一緒することにしたのである。


いやー偶然ってすごいね! まさかこんなところでお忍びバカンス中のローガン様……もとい、ログおじさんに奇跡的な低確率で出くわすとは思わなかったよ! 僕ビックリしちゃったー!


「なあホーク、こんなところで遊んでいていいのか?」


「いいんですよ先輩。むしろ、遊んでないと不自然でしょう?」


「それはそうかもしれんが」


「あんま気にしない方がいいですよ先輩。ピクルス様やローザだって、先輩が必要になったらその時はちゃんと呼ぶでしょうし」


「……そうだな、命令されてもいないのに、出しゃばって首を突っ込みたがる騎士など従者失格か」


水の抵抗が少ないから、という理由でビキニ姿のゴリウス先輩を、トランクスタイプの海パンを穿いたヴァン君が慰めている。このふたり、共に彼女持ち同士のためか、はたまた貴族絡みで苦労した人生を送ってきた者同士シンパシーでも感じているのか、結構仲がいいみたいで、仲よくつるんでいる姿は思春期男子らしくて実に微笑ましい。


「おうご主人! さっさと乗るぞ!」


「ヒャッホー! そう来なくっちゃ!」


かくいう俺も学校指定の水着ではなく、トランクスタイプの海パンを新調しており、クレソンもついさっき売店で買ってきたばかりの真っ赤な水着がオレンジ色の毛皮に眩しい、というか、暖色ギラギラすぎて目に悪い。


浜辺のお洒落なカフェレストランでローガン様とカガチヒコ先生、それにピクルス王子とローザ様with護衛として来ている王立騎士団の団員さんたち(第三王子派)が楽しいお喋りに興じているのを尻目に、俺たちはサーフボードをレンタルして波乗りを楽しむことにした。


といっても俺はまだひとりじゃ波に乗れないので、今回はクレソンのボードにふたり乗りさせてもらっているのだが。臨海学校の時にゴリウス先輩に教えてもらって結構頑張って練習したとはいえ、あれから数ケ月経っているのだ。さすがに体が忘れてるって。


「オラ! しっかり掴まってろよ!」


「うひゃー!?」


身長2mオーバー、体重150kg前後もあるようなクレソンが乗れるサーフボードなんかあるのかと疑問にお思いのそこのあなた、獣人たちが普通に生活しているこの世界の文化水準を舐めちゃあいけない。


ゴリウス先輩の使っている人間用のサーフボードより一回りデカい獣人用のサーフボードを華麗に乗りこなし、大波の上で一回転宙返りまでキメて着水するクレソン。バシャー!! っと飛沫が盛大に飛び散り、猛暑日に相応しいギラギラ強烈な日差しに照らされ小さな虹がかかる。ほんと、脳筋めいた風貌とは裏腹に、なんでも器用にこなせるね君は。


「ホークっちー!」


「やっほー! せんぱーい!! ヴァンくーん!」


「リンドウさん! あまりスピードを出し過ぎると危ないですよ!?」


「大丈夫大丈夫! あたしの運転テクを信じなさいっての!」


クレソンとふたり乗りサーフィンを楽しんでいると、最近マーマイト帝国で開発され輸入されてきたという水上バイクに似た乗り物を軽快にかっ飛ばすリンドウと、その後ろで牽引されているバナナボートにミント先生と三人で密着して乗っているメルティさんとメアリが楽しそうにこっちに手を振ってくるので振り返しておいた。


一番後ろに乗っているミント先生は大声でリンドウに注意を促しているが、リンドウの方は初めて乗る水上バイクもどきが楽しくてしょうがないのか、どこ吹く風でかっ飛ばしているようだ。


「せっかく来たんですから、あいつらみたいに楽しまなきゃ損ですって」


「うむ、これもまた青春の一ページかもしれんな」


完全貸し切りで護衛の騎士さんたちが厳重に警備している浜辺のカフェレストランから露骨に目を逸らしつつ、自身も開き直ってサーフィンを楽しんでいたゴリウス先輩がしみじみ呟く。目線の先がバナナボートの上でとんでもなく揺れまくっているミント先生の巨乳に釘付けになっている件については、見て見ぬふりをしてあげるのが武士の情けだろうか。


対するヴァン君はデレデレゴリラと化した先輩とは真逆に、爽やかスマイルを浮かべてみんなに大きく手を振り返している。この辺りの半裸の女体に対する執着心の違いは、さすがは主人公だよな。


「あっはっは!! 楽しいわね乗り物! 気に入ったわ! またやりに来ようかしら!」


「もう! 笑ってる場合じゃありませんよリンドウさん! 先生、ちょっぴり怖かったんですからね!」


「そーなの? 意外ー! ミント先生っておっとりしてるけど胆が据わってるから、てっきり怖いもの知らずなんだと思ってたし!」


「ねーねーみんな!なんかチラシもらったんだけど見てよコレ!ミス・ハワイアムコンテストだってー!」


「何それ? 闘技大会みたいなもん? だったらあたしが優勝をかっさらってやろうじゃないの!」


「違うよー! 一番可愛い水着の女の子を決める大会なんだってー!」


「何それ面白そう! うちらみんなで出よーよ!」


「出ません! 一応私たちは遊びに来ているのではなく、部活の合宿に来ているんですよ! そんないかがわしい催しに出たと学院側にバレたら、もう二度と生徒たちによる自主的な合宿なんてさせてもらえなくなるかもしれませんから絶対駄目です!」


「でもココ見てよセンセー! 特別審査員長、マーリン・アクアってコレ学院長センセーじゃね?」


「あらほんと! よくやるわねあのスケベジジイ!」


「……何やってるんですか学院長ー!!」


潮騒を掻き消すようなミント先生の叫びが青空に吸い込まれていく。そんなわけで抵抗するミント先生を三人がかりで説き伏せて四人はミスコンに参加することになり、ヴァン君とゴリウス先輩はそれを応援することにしたらしく、一同は浜辺に特設されたミスコン会場の方へ。


ミスコンに1ミクロンも興味ない俺は引き続きクレソンと一緒にサーフィンを楽しんだり、疲れてきたので休憩がてら何故かこの世界でも普通に売られていたビン入りのラムネを飲みつつ海岸沿いを散歩したり、そこでやっていたホットドッグの大食い大会に飛び入り参加したクレソンが謎の大食い美少女を蹴散らして優勝したりと思いっきり夏を満喫する。


そうこうしているうちに、いつしか水平線の彼方に沈みゆく夕日が海を鮮やかなオレンジ色に染めていた。なおミスコンの結果は、ミント先生が優勝したらしい。



     ◆◇◆◇◆



「今日はとても有意義な時間を過ごせたよ。ありがとうホーク君」


「いえ。たまたまバッタリ行楽先で知り合いのおじさんに出くわしただけですから、俺が礼を言われる筋合いはありませんよ」


「ええ、そうでしたわね。仰る通りですわ」


ピクルス様とローザ様、ローガン様の楽しい楽しいとりとめのない雑談タイムも終わり、高級ホテルに宿泊するローガン様御一行とはそのまま別れ、俺たち子豚部はブヒ、もとい部費でも人数分の宿泊費が賄える程度には安い庶民向けのコテージへ。もちろん、ピクルス様のお付きの護衛の騎士さんたちも同行している。


「ともあれ僕らは大きな切り札を得ることができた」


「手札は常に多く持っておくに越したことはありませんものね」


切り札とは、持っていることに意味があるもの。一度切ってしまったら、もう後には引けなくなる。こちらにはとっておきの切り札があるぞ、と思わせ、相手を牽制する。無論、切るべき時に切らなければ意味はないのだが、これ見よがしに見せびらかしても却って逆効果。使い方次第で剣にも盾にもなるそれを、生かすも殺すも後は彼らの才覚次第。


夜の浜辺で花火を楽しむ子豚部のみんなをコテージの窓から眺めながら、俺たちはしばし三人で冷たいナイトドリンクを楽しむ。午後いっぱいかけて彼らが何を話したのかは知る由もないが、実のある話し合いになったのなら何よりである。


「こうして遠くから見ていても、綺麗だね、花火」


「美しく咲き誇るのはほんの一瞬だけ。けれど、その美しさは楽しい思い出として、いつまでも美しいまま心の中に残る」


神妙な顔で、やけにポエミィなことを語り始めるふたりの横顔は、いつまでもガキっぽい俺なんかよりも、よっぽど大人に見えた。王族関係者ってのは、本当に大変なんだな。前世で同い年で死んだ時の俺なんか、このふたりの1/10も自分の未来や将来について真剣に考えたことはなかったもん。


権力争いとか、命の危機なんてものとは無縁に、ふたりが平和に笑って暮らせる日々が来ればいいのにな、と思う。


「見ているだけでなく、実際にやってみれば、もっと楽しい思い出になると思いますよ」


俺の口から出てきた言葉とは思えない台詞が、するっと出てくる。心の底からそう言えるようになっただけでも、俺も大人になったのかもしれないね。そしてそれはきっと、このふたりのお陰でもあるのだ。この世界に転生して最初にできた、俺の同年代の友達。


「そうだね、そうかもしれない」


「せっかくですから、わたくしたちもやりましょうか、花火」


ニッコリ笑って立ち上がったピクルス様が、ローザ様の手を取りエスコートする。そんな姿も堪らなく絵になる、十六歳の美男美女ふたり。


「ほら、行きましょう?」


「はい」


ローザ様に差し伸べられた手を、自然に取る。ローザ様を真ん中に三人手を繋いで、俺たちはコテージを出た。エアコン型魔道具で冷えた体に、生温い夜風が心地よく絡む。夜の砂浜の、ビスケットのような焼けた砂の匂いと、潮の香り。色取り取りに輝く手持ち花火の光と、みんなの楽しそうな歓声に、潮騒が耳たぶをくすぐり。


「おーいみんなー! まだ花火残ってるー?」


「いっぱい残ってるよー!」


「早くおいでよー!」


「暗いから足元に気を付けてくださいねー!」


こんな何気ない幸せが、みんなで笑って過ごせる毎日が、いつまでも続けばいい。いや、続けられるように頑張ろうと、俺は、そう願った。

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