第191話 嵐のようなワンナイト
「……ごめん、もう一回言ってくれる?」
「はい。明け方頃、お連れのバージル様を緊急逮捕したと警察署の方からご連絡がございました」
翌朝。バージルが朝帰りどころか朝になってもまーだ戻ってきてないことに呆れつつモーニングサービスを頼んだ俺は、とびっきりのブレックファストが乗せられたカートと共にとんでもない伝言を運んできたホテルマンに、ほっぺよりも先に顎を落とさせられる羽目になった。
「それは何時頃のことですか?」
「八時三十七分でございます」
現在、十時過ぎ。うんそうか、あれかな? お客様の睡眠を妨げてはならないみたいな気遣いかな?? 現実逃避気味にバターたっぷりのチーズ入りオムレツを口に運び、口の中で蕩ける濃厚な卵黄のお味とバターの風味、チーズのトロトロ具合を堪能しながら、俺は果汁100%ザクロジュースの炭酸割りをお行儀悪く啜る。
「現在、警察官二名がゴルド様の任意同行を求め一階ロビーでお待ちになられておりますが、如何なさいますか?」
「待たせちゃっていいんだ? というか、おとなしく待ってるんだ?」
「ホテル・パリウッドはいつだって最高のおもてなしをお客様にお約束致します」
キラリと輝く白い歯で笑う爽やかなイケメンホテルマンにチップを少しばかり多めに進呈し、朝食を終えた俺はしょうがないなあ、とため息を漏らした。一体何をやらかしやがったんだ、あの色ボケハゲは。
◆◇◆◇◆
「何か申し開きは?」
「坊ちゃん、本当にすまねえ! だけど時間がねえんだ! 頼む! このままじゃビビが大変なことになっちまう! 一刻も早く助けに行かねえと!」
「アタシからもお願いするわ~! お説教は後あと!」
「なんであなたまでここにいるんですかねえ??」
実年齢が十六歳でも外見が十一歳児なので完全にバージルの子供扱いされてしまった俺だったが、なんとか俺の方が主人だってことと、このナリでも十六歳なんで一応は成人済みなんですよーってことを説明し、警察署の方で詳しい状況説明を受けること一時間ほど。
結構な額の保釈金を支払いバージルを解放してもらおうと留置所に行くと、檻越しに鬼気迫る勢いで詰め寄ってくるバージルと、何故か昨日乗ったタクシーの運転手のオネエさんが捕まっていた。あ、これハリウッド映画とかで観たことあるー。
「はあ……とりあえず保釈金はふたり分払うから、何があったのかちゃんと説明してねバージル」
「あら~! アタシまでここから出してくれるのォ? ゴルドちゃんってばやっさし~!」
「すまねえ坊ちゃん! 行くぜアルジュリーナ!」
「合点承知よお~!」
「いや、俺も行くからね?」
そんなわけで、警察署の駐車場に移動させられていたオネエさん、本名アルジュナさんことアルジュリーナさんの辻馬車に乗り、俺たちは一路……どこに向かってるのかを問い詰めたところ、バージルが昨夜何があったのかを語り出した。
なんでもパリクシブが世界に誇る、建物も音楽も踊り子たちも美麗なストリップ劇場をこれでもかと満喫した彼は、そのまま歓楽街に数多立っている街角の娼婦たちのうちのひとりを買い、彼女の部屋でしっぽり朝までお楽しみだったそうな。
そんで、眠るまでの暇潰しと言ってはなんだがたまたま彼女の部屋に沢山立てかけてあった絵を見せてもらったところ、ドンピシャでDoHのイラストに使えそうな幻想的な絵が多かったため、一夜を共にした女への情も相俟ってか、彼女をスカウトすると言い出したらしい。
ピロートーク中の男なんて宇宙一信用できない相手にいきなりそんなこと言われても困るだろうに、と思うが、生活苦で金のために仕方なく娼婦をやっているというそのビビなる十代後半の少女は『そうなったら素敵ね』と結構乗り気だったそうだ。
しかし、ここで問題がひとつ。彼女には多額の借金があった。別の国で稼いで返す、なんて言い張ったところで、国外逃亡を企てているようにしか思われないのはまあ無理からぬところ。そんなわけで、朝もはよから彼女のアパートに押し寄せた借金取りとバージルが言い合いからの殴り合いになり、咄嗟にぶちのめしてしまったと。そのビビとやらにパストラミ社の連絡先が書かれた名刺を進呈し、一時的にホテル・パリウッドに避難させて匿うべく連れ出したと。
まあ、そこまでは解る。解らないのは、道中何故か知らんがいきなり借金取りの仲間が大勢押し寄せてきて、バージルを抹殺しビビを拉致せんと襲ってきたらしいことだ。よっぽどタチの悪いところから金を借りてたのかねーと思いきや、まさにその通りだった。ただし、タチの悪さの方向性が少し違ったが。
「簡単に言うと、坊ちゃんの大嫌いな痴情のもつれって奴でさあ」
ビビなる女性がかつてパリクシブ美術学院に通っていた頃、パステラというルームメイトがいた。天才的な油絵の才能を持つパステラは、若き天才少女と持て囃され、華やかな芸術の都で脚光を浴び、栄光を掴み、この世の春を謳歌していた。そんな派手好きで遊び人のパステラは何故か、地味で質素で貧乏臭いビビととっても仲よしだったそうだ。肉体関係まであったらしい。
天才画家としての名声をほしいままにし、油絵一枚で金貨数百枚を稼ぐようになったパステラと、才能があっても売れない貧乏学生のままだったビビ。しかしふたりはそれでも仲よくやっていた。パステラはどれだけ夜遊びや男遊び、時に女遊びを派手に繰り返しても、必ず最後はビビのボロアパートに帰ってきたそうだ。
ビビもそんなパステラのことを、心のどこかで憎んだり嫉妬したりしながらも、若き天才少女と持て囃され、チヤホヤされる彼女が何故かは分からないが自分なんかを好きになってくれたことへの後ろ暗い喜びや一抹の優越感のようなものを抱え、真逆とも呼べるふたりの少女画家たちの学生生活は、どこか歪でありながらも充実したものであったという。
だが、そんな生活も長くは続かなかった。遊び人のパステラが、本気の恋に落ちたのだ。相手はパーティーで出会ったビット・ウィーンなる有名な彫刻家。ハンサムでユーモアがあって、優れた才能とでっかい鑿とかなりの名声を持つ若き天才彫刻家にパステラはもう夢中。ビットの方もそんなパステラに満更ではなかったらしく、ふたりは順調に交際をスタートさせた。
悲劇が起きたのは、そのビットとやらが『アタシの大親友なの!!』とパステラに紹介されたビビにまで粉をかけてきた矢先のことだ。
「なんかもうその先はいいや。大体察した」
「そう思うでしょう? ですがね、実際んとこもうちっとだけ複雑な事情がありやして」
ある晩アパートメントにやってきたビットに無理矢理襲われかけたビビは、死に物狂いで抵抗し、彼を燭台で殴り飛ばしてしまった。幸い一命は取り留めたものの、名声も資産も持つ若き天才彫刻家に暴行を加えてしまったことは紛れもない事実。まして相手は肉体関係まで結んだ親友パステラの恋人なのだ。
全てに絶望して途方に暮れる彼女の前に、帰宅したパステラが現れる。何もかも全て終わりだ。そう悟ったビビに対しパステラが提案した言葉は、彼女にとって予想外に過ぎる言葉であった。
『なーに? ビットの奴失敗したの? なっさけないわねー! まあでもいいわ! 許してあげる! 可愛い可愛いアタシのビビ! 大丈夫よ! アタシはアンタのこともコイツのことも、平等に心から愛しているんだもの! アタシたち、三人で幸せになりましょ? アンタはアタシのモノ! アタシはアンタのモノ! アタシの男もアンタのものよ! ねえ、いいでしょう? 愛しているわビビ! アタシの人生にはアンタが必要不可欠なのよ! ウフフフフ! アタシが結婚しても子供を産んでもお婆ちゃんになっても、アンタが隣にいてくれなきゃなーんの意味もないんだから! アンタとアタシとそれからコイツと、三人で幸せな生活を送りましょうよ!』
その後パステラに闇属性魔法で拘束されたビビは、気絶から回復したビットと三人で夜通し朝までお楽しみ……をされる前になんとか光属性の魔法で反撃し、一瞬の隙を突いて大慌てで逃げ出したそうな。以後ビビは大学に顔を出すこともできず、パステラからもビット・ウィーンからも逃げ隠れしながら、さりとてこの国と画家になるという夢を捨てることができずに、歓楽街の裏通りで名前を偽りヒッソリと暮らし始めたらしい。だが間を置かずして彼女の元に、した覚えのない莫大な借金の返済を催促する借金取りが現れるようになった。
金貨千枚。実に1000万円相当の借金などした覚えのない彼女は『何かの間違いだ!!』と懸命に訴えたものの、借金の証文に押された判子は間違いなくビビ自身のもので。彼女は静かに悟ったそうだ。『パステラの仕業に違いない』と。
「それはまたなんというか、結構予想外な感じ……。つまりは、襲ってきた借金取りの連中ってのが、そのパステラとやらの息がかかった人間ってことか」
「間違いないでしょうね! パステラって言ったらこの国では知らない子がいないぐらい有名な学生画家よ! 最近妙に荒れてるって噂だったけど、まさか男も女もとっかえひっかえしまくりの彼女にそんな過去があっただなんて、なんだかロマンチックだわ~! あ~ん素敵! アタシも一度でいいからそんな燃えるような熱愛に包まれてみた~い!」
「そういや、なんであなたまで一緒に警察に捕まってたんです? しかもその様子からすると、事情を知らずにバージルに協力してたんですよね?」
「フッフーン! アタシってばいい男にと~っても弱いのよね~! それも、ちょっぴり危険な魅力を漂わせたスリル満点の殿方が大好物なのよっ!」
「いやいやいや! 単に朝帰りの客を狙って道端に停まってるところにバッタリ出くわしただけだろ!?」
「わかってないわね~バジィちゃんってば! そういう偶然の出会いを、人は運命って呼ぶのよ!」
アパートを離れ通りに出たところで偶然客待ちをしていたアルジュリーナさんの辻馬車にビビとふたりで乗り込み、ホテル・パリウッドまで向かう道中。借金取り軍団の乗った馬車数台を相手に早朝の大通りでアクション映画さながらの銃撃戦を派手にやらかしたバージルとビビとアルジュリーナさんは、通報を受けて駆け付けてきた警察に逮捕され留置所へ。なお借金取り軍団の馬車はまんまと逃げおおせた模様。
男性房に入れられたふたりとは別室の女性房にぶち込まれていたビビさんとやらはしかし、俺がホテルで惰眠を貪っている間に『迎えに来た』というパステラとその配下の黒服どもに連れ去られ、バージルとアルジュリーナさんはヤキモキしながら俺が来るのを今か今かと待っていたそうだ。部外者であるアルジュリーナさんがいる手前口には出さないが、こんなことになるならバージルにも転移魔法をちゃんと取得させておくべきだったかもな。帰ったら護衛のみんなを集めて、魔法のお勉強会でもやるか。
「ふたりとも! パステラの屋敷が見えてきたわよ!」
「おう! 待ってろよビビ! 今助けに行くからな!」
「まあ、頑張って」
馬車に乗ったまま突っ込む気満々のアルジュリーナさん。普段はあれだけ厄介者のように扱っている神剣クサナギソードに手をかけ、既にやる気満々のバージル。深々とため息を吐く俺。やたらハイテンションでノリノリのふたりを前に、『めんどくせえ……』と顔では思っていても口には出さない辺り、俺も成長したなあ。





